沢山の料理を前に
本日3回目の投稿となります
声の主を見ると、なんと皇太子殿下だった!
皇太子殿下は私を見て笑った。
今日の皇太子殿下はハチミツ色の髪の毛を長く伸ばしていたのか、腰まである艶やかな髪を三つ編みにしていた。
服装は他の貴族の男性同様にちょっとかしこまった時の貴族服だ。
公式行事のオールバックの髪型とは違い、親しみやすい感じの雰囲気だ。
今日の格好は皇太子殿下としてはラフな普段着なのかもしれない。
私の側に来た皇太子殿下は、背は高いが、その圧倒的なオーラです更に大きく見えた。
人のざわめきの様子から、皇太子殿下は今しがた到着したようで、会場に入るなり一直線にお料理のコーナーに来たようだ。
これは絶好のチャンスだ!
「はじめまして、皇太子殿下。私はコーラブル伯爵家シェリルと申します」
にっこり笑ってカーテシーをした。
「今からお料理を選ぶのですが、どれも美味しそうですから迷ってしまいまして」
そこまでいうと、私はわざと恥ずかしそうな素振りをした。
「実は私、大食いなんです。それが恥ずかしくてあまり人前で食事をした事がないんです」
小さな声で恥ずかしそうに呟くと、皇太子殿下は楽しそうに笑って私を見た。
今、皇太子殿下は女の子の恥ずかしい秘密を聞いたから(私にとっては恥ずかしくない事だけど)、ちょっと気が緩んだわね。
ここでなんとか誰にも邪魔されずに話を続けないと!
私は少し困ったような素振りを見せた。
「では、私と同じ料理をお皿に乗せればいい」
なんと、驚いた事に皇太子殿下から提案してくれた!
それを聞いた侍従が料理を取り分けるためにお皿を持って待機したが、皇太子殿下は自分で選びたいからと侍従を下がらせた。
そして自らお皿を持ってお料理の前に立った。
侍従まで下がらせて自ら料理を選ぼうとしている皇太子殿下の様子を周りは固唾を飲んで見守っている。
しかし、護衛がいない皇太子殿下は無防備に見えるため、取り入りたい貴族やお嬢様方が押し寄せた。
その様な方々をそう簡単には近づかせないために侍従や護衛が全て静止したので、邪魔が入らない。
私の思惑通りになった。護衛の方々、ありがとうございます!!
完全に皇太子殿下と私、2人の空間になった。
侍従の方に心の中で感謝をしながら、私は皇太子殿下に小首を傾げて微笑みかけたが、皇太子殿下はこちらの様子を気にする事なく料理を見ている。
「何から選ぼうかな…」
皇太子殿下はそう呟いた後、キッシュを取ると、自分のお皿と私のお皿に乗せた。
そして次々と料理を選ぶと、自分のお皿と私のお皿にものせていく。
皇太子殿下が自ら料理を取り分けているので、それを見た人達は「そんな恐れ多い事をあの小娘はさせている!」
と初めは私に聞こえるように陰口を言う人が大勢いたが、沢山の料理を乗せられていくお皿を見て、「あれは皇太子殿下の親切心なのか、はたまた嫌がらせなのか」とザワザワしだした。
皇太子殿下に取り分けて頂いた料理は、大皿に山盛りになった。
これくらい、騎士団の練習をしていたら普通に食べ切れる量だ。
何を皆ザワザワしているのかしら?
……そういえば、シェリルの訓練の際、ビアンカ様が「レディの食欲は小鳥くらいだから人前では一口しか食べないように」と言われていた。
あらためて大皿を見ると、普段の私なら食べ切れる量だけど(むしろ足りないくらい)、もしもいつものペースで食べたらこの締め付けが厳しいドレスがパンパンになって破けてしまうかもしれない…。
どうしようかな、と悩んでいると、周りの貴族達は私が困っていると思ったらしい。
「残したら不敬罪に問われるわ」
とか、
「レディが食べ切れる量ではないから、きっと何かの罰よ」
とか、囁き合っているのが聞こえる。
たしかに、この荘園に来てから出される食事の3倍の量がある。
もしかして、社交界で知られていないレディ(を装っている)である私への洗礼か…。
またはレディの食事量を知らないのか…。
とはいえ、いつもヘルシーな料理を少ししか与えられていない私は食べ物に飢えていた。
なんとかこれを食べたい。
でも、この量は『シェリル』としては食べれない。
その時、一組の女性の聞こえるかわからないような小さな話し声が聞こえた。
「ねぇ、もしかしてあの子、皇太子殿下の毒見係なんじゃない?だって女の子に食べ切れる量ではないし、立食の場合は自ら取り分けて毒見に食べさせるのが1番確実だもの」
「確かにそうね。毒見をさせるならそれが1番確実よね。じゃなきゃ皇太子殿下自らお料理を取り分けないわ」
人よりも耳の良い私は、ご令嬢達のヒソヒソ話も全て聞こえる。
なるほど!皇太子殿下は私を毒見と勘違いしたのね。
その作戦で行こう。
この際、皇太子殿下が何を考えてこんなに料理を取り分けたか、なんて考えない。
私は山盛りの料理を全部食べる決意をして、
「皇太子殿下に取り分けて頂き恐れ多くも、毒見としてお先に頂かせてもらいます」
と言うと、まずは白身魚のマリネから頂いた。
「美味しゅうございます!このお魚、大変新鮮ですわ」
と私の言葉を聞いた皇太子殿下は、私に続いてマリネをお召し上がりになった。
「本当だ!これは美味しい!コーラブル嬢は魚が好物なのか?」
と聞かれた。
「なんでも好きですわ」
そう答えると皇太子殿下は笑った。
その時、ビアンカ様が視界の隅に見えた!
「ビアンカ様!」
私は人前でこのお料理を平らげていいかわからなかったので、ビアンカ様に助けを求める事にした。
私の呼ぶ声を聞いて、ビアンカ様はこちらにいらっしゃった。
「まぁ!皇太子殿下、お久しぶりですわ」
山盛りの料理がのったお皿を持つ皇太子殿下と私を見て、ビアンカ様は何も言わずににっこりと笑った。
「ばあや、久しぶりだね。こちらのコーラブル伯爵令嬢は、ばあやの知り合い?」
「ええ。シェリルは遠方に嫁いだ姪の子なんですよ。今は行儀見習いとして我が家の荘園に滞在していますが、なにぶんまだマナーが分からない事が多くて」
そう言って、粗相があった場合のフォローを入れてくれた。
「そうなんだ。じゃあ、しばらくで領地に帰るつもり?」
と私に話を振られた。
「いえ。まだしばらくはビアンカ様の所に滞在させていただくつもりです。差し当たって、今は皇太子殿下の毒見係という大役をになっておりますしね」
そう答えて、肩をすくめてクスッと笑った後、ミートローフを口に入れた。
「まぁ!美味しいですわ」
私の言わんとする事がわかったビアンカ様はフフフと笑った。
「私が君に料理を取り分けたのはそのためじゃないよ。君が『沢山食べる』って言ったからさ。」
皇太子殿下は慌てて毒見役をさせていると言う状況を否定した。
「いえ、お気になさらず。誰かが行わないといけないなら、私でも大丈夫なはずですわ」
その答えの後、次は野菜のマリネを口に入れてにっこりと笑って見せた。
「ハハハ。君は楽しい人だね。毒見のお詫びに明日、馬の遠乗りに行かないか?」
横座りでの遠乗りは遠慮したい!どうしよう…。我慢して頑張るしかないか…。
「喜んで!是非お供させてください」
私は嬉しそうにはしゃいで見せた。
「ところで。コーラブル伯爵家の領地は、ここみたいな牧草地帯?それとも街中?」
皇太子殿下の質問に冷や汗が出てきた。
どう答えよう。
…沢山の貴族の中で1番知名度が低いのは小さな農地を持った貴族のはず…。
かと言って農地だと言うと特産品を聞かれるわ…。
牧草地帯が1番無難かも。
「コーラブル伯爵家は遠方の小さな牧羊地帯が農地となっております」
私の答えを聞いた皇太子殿下は、うんうんと頷いた。
「それなら、きっと馬も上手に乗りこなせるだろう?しかも、牧羊地となれば腕前は相当なものだと思う。
明日は山間部に遠乗りに行こう!」
そう言って楽しそうに笑った。
それを聞いたビアンカ様は驚いた顔をして、
「殿下、森の中をドレスで進もうとしますと、枝にドレスの裾が絡まる事がありますわ。ですから…湖沿いとかがオススメですよ」
と行き先の変更を提案した。
「たしかに山間部に行くのにドレスでは無理があるな。でも、日常的に馬に乗っているなら乗馬用の服くらいあるだろう?」
皇太子殿下は何としても山間部に行きたいらしい…。
「そうですわね。ございますが…皇太子殿下の御前に出れるような代物ではございませんから…」
私の代わりにビアンカ様が難色を示した。
私としては、山間部の方が邪魔が入らないと思うから都合がいい。
こんなに公衆の面前で行き先を相談していると待ち伏せされる可能性があるもの。
でも、ビアンカ様は可愛らしい服装で送り出したいらしい。
それがシェリルの設定だものね。
そう考えながらも絶え間なく料理を口に入れる。
「服装なんて何でもいい。無いなら、すぐに服を用意させる」
その言葉でビアンカ様は譲歩を決めたようだ。
「わかりました。シェリルは乗馬服を持っていますからご心配には及びませんわ。それに腕前も一流ですしね」
皇太子殿下とビアンカ様のお話に区切りがついた様だ。
「私、明日を楽しみにしています。差し当たって本日は毒見を続けさせて頂きますね」
そう言ってキッシュを食べて見せた。
「これでお皿の全種類のお料理の毒見が終わりました。どのお料理も大変美味しゅうございました」
一口ずつ毒見をして、まだお料理が沢山のっているお皿を持ったまま、私はカーテシーをした。
「では、一旦下がらせて頂きます。他の参加の方々も皇太子殿下とのお時間を希望しておりますから、是非この後もお楽しみください。それから毒見が必要になったら、是非ともお呼びくださいませ」
そう言って、ゆっくりと皇太子殿下から離れた。
皇太子殿下の顔をたててお皿の料理を全部平らげる、といのはシェリルとして出来ない事だし、かといってお料理がまだ沢山のったお皿を下げてもらうとエンリケ侯爵様に対してのマナー違反になる。
私が退いた事によって沢山の貴族が皇太子殿下に押し寄せた。




