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どこの使用人か検討がつきました

「魚のお礼に僕が火を消すから」

そう言うと、男性は指笛を吹いた。


その音で犬は立ち上がり茂みの中に消えて行ったが、どこに行ったかわからなくなっていた馬が戻ってきた。


男性はすごい速さで馬に乗ると、

「すぐ戻るから待ってて」

と言ってどこかに行ってしまった。



しばらくすると男性はバケツを持って戻ってきた。

そして湖の水を汲むと、焚き火にかけた。


「これで消火したよ」

得意げに男性は言ったがまだ煙が出ている。


「まだよ。煙が出なくなるまで水をかけないと、、山火事になったら困るわ」

私は男性に指示をして何回も水をかけてもらった。


そして、煙の出なくなった木を念のため水につけてもらった。これで焚き火の痕跡が無くなった。


「君は物知りだね」

男性は感心して私を見た。

「そっ、そんな事ないわ。護衛に教えてもらったのよ」

男性はまた笑顔を見せた。


「これは、今日のお礼。すっごく楽しかった」

そう言って男性がくれたのは、小さな木彫りの猫で、革紐がついたネックレスだった。

小さな猫なのに、目にはちゃんとガラス玉が埋め込まれている。


「かわいい猫の木彫り。ありがとう。大切にするわ!」

今まで領民と共に過ごしてきた私にとって、素朴な贈り物は馴染み深くて嬉しかった。


「もしも、本当に困った事があったら、コレを持って法務省に行くんだ。それでもダメならコレを王都の自由の塔に乗せるんだ。貴族令嬢に困ったことなんてないかもしれないけどね。でも、もしもそんな事があったら僕の雇い主が助けてくれるよ。」

男性はそう言うと口の中で何か言って帰って行った。


きっと、さようならって言ったんだろう。


犬も馬も元気いっぱいだったのに、それとは対照的におとなしい人だった。


そういえば、私は頭からすっぽりマントを羽織っていたから、顔は見られてないはず。

だから、貴族かどうかなんて相手にはわからなかったかもしれないわね。

でも、マントの裾からスカートが少し出ていた。それは隠せないから、どのみちバレてしまったと思う。


そう考えながらマントを脱いだ。


顔を見られていないからシェリルの失態は晒されない。

それにあの使用人はきっと誰にも何も言わないわ。


私は馬に乗ると、荘園へと戻った。

マントは湖にしばらく浸けて、匂いを消してから、びしょびしょになった物を持って帰った。


戻るなりオリアーナに、

「なんだかシェリル様から魚の匂いが……」

と言われたので、

「先日と同じように焚き火の跡を見つけて消火したせいよ。きっとその焚き火は魚を焼いた後だったのね。消火活動にはマントが邪魔で脱いだら風に飛ばされて湖に落としてしまったの。

拾うのが大変だったわ」

と、誤魔化した。


「その、手の怪我はどうしました?」


「あの。焚き火を消す時に消えきっていない火の粉がかかったの」


「腕を見せてください。……赤くなっているだけですから、数日軟膏を塗れば治りますね」

と言って男性と同じ軟膏を塗ってくれた!


「ありがとう。明日も頑張るわ」

嘘をついているのが後ろめたくて急いで部屋に戻った。



それから部屋に戻って、今日もらった木彫りの猫を眺めた。

犬を連れているのに猫のペンダントトップをくれた事がなんだかチグハグな感じがして一人で笑った。


あの使用人は信用できるタイプの人だ。

法務省で見せるといいと言っていたわよね。


夕食の後、図書室で法務省の本を見た。

法務省のエンブレムは猫のモチーフだった。

その昔、鼠がもたらす疫病根絶のために鼠捕獲の猫を飼う事にした法律に起因していると書いてある。


別の本には、猫の置物やオブジェ、アクセサリーを持って法務省の受付に行って持ってきたものを言うと、それは救済を求める合図になると書いてあった。


なるほど。だから法務省に木彫りの猫を持っていくといいって事なのね。


あの男性は、「僕の雇い主が助けてくれる」って言っていた。

今の法務省大臣は…エンリケ公爵様。


地図を見ると、エンリケ公爵家の荘園も近くにあった。

あの男性はエンリケ公爵家の使用人なのかもしれない。


なんとなく安心した私は、貰った猫のモチーフを旅行鞄に仕舞った。


もう一つ言っていた事はなんだったのかな?

この置物を王都の自由の塔に乗せる…??

何があるのかな。そんな機会も無いとは思うけど。

そう考えながら寝てしまった。



次の日、朝起きるとなんだかみんなバタバタしていた。


「今朝、エンリケ公爵様から先触れが届いて、もうしばらくでご挨拶にいらっしゃるそうです。

シェリル様も、お着替えしませんとね」

そう侍女に言われて、社交用のドレスを着せられ、ここ数日はブーツで過ごしていたのに、ハイヒールを履く事になった。


エンリケ公爵が来るという事は、あの男性も侍従としてくるかもしれない。

なんだかソワソワして落ち着かない。


そうだ。靴擦れがまだ治ってないのに…我慢しなきゃ。


シェリルのキャラクターは天真爛漫な可愛い子。

馬で10分の湖のほとりで、一人本を読んだり刺繍をするちょっとだけ好奇心があるけど純真な子。


シェリルとして人前に出ないといけない日がくるのだから、今日が本当の本番だ。


私はフフフっと可愛く笑うと、侍女を見た。

「いつもありがとう。せっかく公爵様がいらっしゃるんだから私にも出来るおもてなしはないかしら?」


使用人達はシェリルの事を手のかからない純真な子だと思っているようで、

「シェリル様は何もなさらなくても大丈夫ですよ。いつものように笑顔でおもてなししてくださいね」

と言われた。



そして、エンリケ公爵様がいらっしゃった。

エンリケ公爵様は、少し背の曲がった優しい雰囲気の線の細い男性だった。


エンリケ公爵様の侍従は昨日の男性とは全く違う、ガッチリとしたいかにも護衛という感じの人だ。

顔は見られてないとはいえ、用心に越したことはない。

私の正体がバレなくてよかった。


荘園の入り口で、ビアンカ様と、グラファント夫人と私でお出迎えをして、サロンにご案内をした。


「お久しぶりです。相変わらず姉妹で仲良しですなぁ。」

エンリケ公爵様はそう言って、ビアンカ様とグラファント夫人を見た。


「エンリケ公爵様もお元気そうで何よりですわ。私の元に行儀見習いに来ているシェリルを紹介させてくださいませ」

そう言われて私は一歩前に出た。


「はじめまして。シェリル・コーラブルでございます。」

私はカーテシーをした後、小首を傾げてみせた。


「これはこれは可愛らしいお嬢さんだ。」

ここから、皆様で楽しいお茶会が始まった。


30分くらいが経った時だった。


「おや。もうこんな時間だ。今日、我が別荘で簡単なパーティーを行おうと思っておりましてな」

そう言って招待状を4通テーブルに置いた。


「小規模なものですから気負わずいらしてください。ここに参加していない方の来訪も大歓迎です。最近では、あの噂の未亡人がシモンズ侯爵の所に長期滞在していると聞いておりますよ。では、準備がありますからこれで失礼しますよ」

楽しそうに笑うとエンリケ公爵様は帰って行った。


遠ざかる馬車を見ながらビアンカ様は

「オリアーナがいる事がバレていましたわね。」

と言った。 


オリアーナが『噂の未亡人?』なんだか触れてはいけない所だ。とりあえず聞かなかった事にしよう…。


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