広域管理ってどんな職場?
誘導されている新入団員達は、皆、上の階へと上がっていくのに、私が誘導されたのは地下だった。
地下に降りると、用具庫や資料庫の横に『広域管理』という部屋があった。
鉄製のドアは薄汚れていて、なんだか寂れた感じがする。
お爺ちゃんがドアを開けると、そこで待っていたのはオリアーナだった!
「オリアーナ?なんでいるの?」
私の問いかけに、オリアーナはにっこり笑った。
「私も騎士団広域管理の所属なので。これからもよろしくお願いします。アンネッテ嬢」
まさか先輩に護衛されていたなんて!
「では、改めまして自己紹介を。私がここの責任者のベルツです」
そうお爺ちゃんが言うとオリアーナがびっくりした顔をした。
「そのお名前を先に名乗られるのですか?」
「隠していても仕方がない。では、正体を見せますかな」
お爺ちゃんはのんびりとした口調でそう言った後、上着を脱いだ。
すると、その下には体型補正のための分厚いベストを着ていた。
そのベストはお年寄りの体型を作るためにお腹の辺りはぽっちゃりに見えるように綿が入っていた。
騎士団のジャケットを脱ぎ開襟シャツ一枚になったお爺ちゃんは、先程までのぽっちゃりした体型とは違い、筋肉質な引き締まった体型をしている。
そこに、先ほどとは違う騎士団の制服を着用し直して、目の前で白髪頭のカツラを取って引き出しに仕舞い、更に顔からマスクを剥いだ。
そして、こちらを振り返った。
そこに居たのは、先程のお爺ちゃんとは別人の50代くらいの端正な顔立ちのオジ様だった。
「私が、騎士団副総長のベルツだ。ここは広域管理部と言って、表向きは地下の古い書類や備品を管理したりする部署で、左遷された人が入る所だと思われている」
その説明を聞いて、先程の会場での失笑の意味がわかった。
新入団員が、いきなり左遷部署に配属になったから、『あいつは何をしたんだ?』の失笑だったのだ。
「今のは表向きの話だ。でも実際は、要人の警護や、スパイ活動が中心で、場合によっては複数の名前を使い分けてもらう。だが、新入団員にそこまでは求めない」
そう言って、ベルツ副総長はニヤッと笑った。
「君には、皇太子殿下の警護を命ずる。まず、偶然を装って皇太子殿下に近づく。そして正体がバレないように常に側にいて護衛するんだ」
今の話を聞いて疑問が湧いた。
皇太子殿下のそばに正体不明な女性が常にいるなんて出来ない。そもそも近づく事さえ無理だ。
無理難題すぎやしない?
「入団早々、大抜擢だよ。ハハハハ」
ベルツ副総長は大きな声で笑った。
「ベルツ副総長。何故悟られてはいけないか説明が抜けてます」
オリアーナが相変わらずの無表情で言った。
「そうだ、そうだ。そこを説明しないといけない。今日、式典に参加した皇太子殿下を見て気付いた事はあるか?」
質問を投げかけられて、今日の事を思い出してみた。
「……皇太子殿下の護衛が極端に少ないですね。そういえば近衛兵を引き連れてませんでした。……側近を数人連れていただけでしたね」
「そこだよ。近衛兵を連れて歩かない。皇太子殿下は自分の剣の腕に絶対の自信を持っているから護衛を拒んでいる。その上『開かれた王室にしたい』と、改革を望まれているが、ちょっと危うい所もあってね」
きっと辛い思いや痛い目に遭ってないんだろう。
「それを、危惧しているのが……ダンプド公爵様?」
オリアーナを私の所に派遣したんだからきっとそうに決まっている。
「流石!勘がいいね。グラファント名誉総長の秘蔵っ子なだけある」
「え?グラファント先生って、名誉総長なんですか?」
「あ!それは秘密だと言われていたんだった!まあ聞かなかった事にしてくれたまえ」
そこまで説明した後、副総長は私の前に紙を出した。
「この紙に見覚えは?」
見せられた紙には私の署名がしてある。
間違いなく、私の筆跡だ。
「この紙をもう一度、よく見てくれるかな?」
副総長に促されて、私は紙を手に取った。
それは誓約書で、決まりや禁止行為について事細かく書かれている。
紙のサイズは通常通りなのに、規約は1から100まで記載されているから、文字が小さすぎる。
虫眼鏡が必要なくらい小さな字で書かれている。
あの時、初めの部分だけ読んで、すぐに署名した書類だ。
その書類をじっと見て、無言になった。
読む気が起きない……。
「読む気が起きないだろう?では、ヒントを。第62あたりから声に出して読んでみてくれ」
「62.入団後は上官の指示に従い、シェリル・コーラブルとして、生活し、それに伴う任務については、拒否せずに従う。63.任務についての守秘義務を破った場合、憲法第5条の違反となる。…」
文章を声に出してみた。……シェリル・コーラブル?何これ?
それに憲法?
「最後のあたりを読めばわかるが、情報漏洩をしたり、命令違反をすると、勤務内容が極秘なだけに、もしかしたら牢獄行きか……または、命の保障はない」
副総長は、楽しそうにそう言った。
「これって、名前を偽って別人として皇太子殿下に近付くと言う事なんですよね?」
騎士の仕事は、街中を巡回したり、立場を偽らずに要人の警護にあたったりするんだと思っていたけど、まさかこんな仕事が待っているとは!
その質問には答えてもらえず、無言の笑顔で返された




