敵に回したくない相手
その時、
「待って!その方は、レオン・アンデル侯爵令息よ!」
と叫び声がして、1人の女性がこちらにやってきた。
前回レオン様が侍らせていた女性達だ。
騎士になるためには、一度見た人の顔は忘れないようにしないといけないと先生から言われて訓練しているので、基本的に人の顔は忘れにくい。
この方は前回と同じ様な髪型ですぐにわかった。
「どうして?レオン様をどこに連れて行くのですか?レオン様は、そこにいるアンネッテ・グリーグ子爵令嬢に婚約破棄を宣言したからもう無関係なはずよ!」
また人混みから声がして、一人の女性がこちらに来た。
この女性も婚約破棄の場にいた方だ。
「ユーベル伯爵様、ごきげんよう。レオン様は何をしたのですか?」
女性の一人がレオン様を見て、文官様に聞いた。
「この者は、私の待ち合わせ相手であるグリーグ子爵令嬢に狼藉を働いた。だから、憲兵に突き出す」
文官様は冷静に言った。
「そんな!何かの間違いよ!レオン様は私と婚約するために、グリーグ子爵令嬢に婚約破棄を宣言したのよ?」
と一人が言った。
「違うわ!レオン様は私と婚約するために、無理矢理婚約させられていたグリーグ子爵令嬢との婚約を白紙にしたのよ」
「レオン様のお相手は私よ!みんなの前で婚約破棄をしたのは私のためよ」
次から次へと、未来の婚約者だと女性達は口にする。
もはや混乱していて何がなんだかわからない。
すると、文官様が大きな声を出した。
「君達!」
その声で全員が黙った。
「ここにいるレオン・アンデル侯爵令息は、君達のうち誰かと婚約するために、公衆の面前で婚約破棄を宣言したと?」
語気を強めてユーベル伯爵が言うと、全員がそれぞれ肯定した。
「最低な奴だ!このような奴は貴族の恥晒した!すぐに連れて行け」
その声でユーベル伯爵の侍従達はレオン様をどこかへ引きずっていった。
「レオン様!」
女性達が、悲しそうにレオン様を見送った。
「さあ、君達は今の事を忘れるんだ」
そう言った後、ユーベル伯爵はこの様子をヒソヒソと話しながら傍観していた女性達の方に向いた。
「ここにいる皆様も嫌な思いをされたでしょう!今日は皆様、そちらの会場で行われている『ケクランのドレスショー』にいらっしゃったはず」
奥の庭園に向かっていたはずなのに、一連のゴタゴタのせいで沢山の人がこのオープンスペースに留まっていた。
「そんな楽しい気持ちを取り戻していただくために、ここにいる方々皆様に、後日、ケクランのハンカチをプレゼントします」
すると歓声が上がった。
「さあ、私の侍従にお名前を教えてください。私は怖い思いをしたご令嬢を送り届けますので。皆様、今日という日をお楽しみください」
侍従の一人が走って列の先頭のご婦人の元に行った。
それを見届けてユーベル伯爵はエスコートのために私に手を差し出した。
「早く、手を取ってください。そしてすぐにこの場から離れましょう」
小さな声で促されて、差し出された手を取った。
そして、我先に名前を告げるためにとユーベル伯爵の侍従に群がる女性達を横目に、目立たないようにそっと移動した。
私達が立ち去る時、チラッとレオン様のお取り巻きの女性達を見た。
先程のレオン様のお取り巻きをしていた女性達の元には、『ケクランのドレスショー』のためにこの場にいたであろうお母様くらいの年齢の女性が側に行って、落ち込む彼女達を慰めている。
「悪い夢から早く覚めなさい」
と優しく言っている声が聞こえた。
「マダム、ありがとうございます。あの外見や、甘い言葉に騙されていたのかしら?」
「きっとそうよ。さあさあ、泣かないで元気を出しましょう」
マダムに励まされる女性達を横目に、早足でローズガーデンを後にした。
なんだか釈然としない……。
なかり遠くまで来たのでチラッと振り返ると、あの女性達はまだあの場で悲しそうにしていた。
馬車まで来ると、オリアーナは馬車の扉を開けて待っていた。
やっぱり早い。どうやって先回りしたんだろう?
「あのご令嬢達にはちゃんと報酬が支払われますから心配無用です」
私が女性達を見ていた事に気がついたようで、馬車に乗った途端にそう言われた。
「あの女性達は、ハニートラップだったの???」
驚いて文官様を見たが、私の質問には答えずにニコニコと笑った。
肯定しないけど、否定もしないのね……。
じゃあ彼女達は仕事として私を馬鹿にしていたって事??
なんか納得できない。
かなり外見を馬鹿にされた気がする。
先程のレオン様を見て思ったのは、多分レオン様は一生罠に掛かった事に気付かぬまま生きていくのだろうと言う事だった。
罠だったとはいえ、綺麗な女性達にチヤホヤされて、私との婚約破棄に女性達が立会い、そのせいで不利な婚約解消の書類が出来上がり、そしてそれを何とかしようと私を襲った。
しかもその場にも女性達は現れて、「私と結婚するために婚約を破棄した」と次々と泣き崩れるのだ。
もう、名誉も家名も全て地に落ちてしまった。
アンデル侯爵様はこの瞬間からもう貴族社会では生きていけないだろう…。
敵に回すと怖いってこう言う事なのかな…。
私にはまだ実感が湧かなかった。




