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9.ゆるキャラポジションかもしれない

なんとか完食して一息つく。

船員たちはとっくに食べ終わってそれぞれくつろいでいた。

正面に視線を戻すと、船長の男が口を開いた。


「うまかったか」

「いえまったく」


うっかり素直に食い気味で答えると、ドッと笑いが沸いた。

怒られるかと思ったのに、「だよな」と同意の声と深い頷きがあちこちに見られる。

船長も笑うのみで、貴族の小娘に馬鹿にされたなんて怒りはこれっぽっちもなさそうだ。


「そういや名前聞いてなかったわ。なんてんだ」

「…………レーナ」


自分で拉致ってきたくせにどんだけ興味ないんだとムカつきながらも、子供時代の愛称を答える。

彼らは国に属するものではないが、レジーナの名前はあの国ではそれなりに有名だ。用心に越したことはない。


「レーナ。俺はウィルだ。名前でも船長でも親分でも好きなように呼んでくれ」

「はぁ……」


疑うでもなく自らも名乗り、ウィルは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「みんな聞け!」


演説でも始めるみたいに大音声で注目を集めると、騒がしかった食堂内が静まった。

よく通る声だった。こんな状況でもなければ、素直に聞き惚れていたことだろう。


自分に注目が集まったのを確認すると、今度は私に立つようにジェスチャーで示した。

なんだかよくわからないながらも渋々立ち上がる。

みんなの視線は私にも注がれた。


「こいつはレーナだ。昨日も言ったがこの船の花だ。潤い要員だ」


紹介内容に緊張する。

どう聞いても性的な隠語なのだ。

やはりそうなのだろうか。だからってこんな明るいうちから大勢の前でそんな宣言しなくてもいいのに。


「いいかあくまでも目の保養だからな。ちょっかい出すのも触るのも禁止。話しかけるのくらいはいいが見ての通りお嬢様だからビビらせんなよ。基本は見るだけにしとけ」

「……はい?」

「うぃーす」

「握手とかもだめ?」

「だめだ」

「匂い嗅ぐのは?」

「俺が気持ちわりーから却下」

「つうか船長が触んのはいいのかよ」

「ったりめーだろ俺の戦利品だ」

「横暴だ!」

「んなクソ船長海に落としちまえー」

「お? やるかこのヤロウ」


船員たちのやり取りに呆然とする。

昨日あれだけ警戒していたのが馬鹿らしくなるくらいの内容だ。

花と言っても実際はおさわり禁止、眺めるのと喋るのだけ、なんて。

完全に拍子抜けだ。


しかもそれに対する文句や不満はそんなにないらしい。

なんなんだこの集団は。


アラン以外はみんな立派に成人しているように見えるのに、性欲というのがないのだろうか。

それともそんなに私に女としての魅力がないのだろうか。


別に襲われたいわけではないのだが、ここまで対象外と見なされているとなると、少し落ち込む。

女としての自分の価値の低さに、思わず眉根に皺が寄った。


確かにウィルが言う通り貧相な身体だとは思うが、特殊性癖持ちにすら響かないのだろうか。

その割には「花」扱いされる程度には問題ない容姿らしい。


確かに派手な顔をしているとは思うし、瞳の色はこの世界にめったに存在しない深緑だ。

髪の色も銀に近い鋼色で、あまり見かけない。

口うるさい母に言われて手入れだけはしっかりしていたから、それなりに人に誇れるほどのものではある。

そういうものは女としての魅力というものとはまた別物なのだろうか。

ひとり密かに落ち込んでいると、何を勘違いしたのかウィルがポンと肩を叩いてきた。


「安心しろ。がさつでむさ苦しいが気のいい奴らだ」

「いえあの、」

「むさ苦しいのはあんたもだろが」

「一番がさつなのはお頭だろー」

「ちゃっかり触ってんじゃねーよ」

「うるせーなぶん殴るぞ。話は以上! さっさと朝の仕事に取り掛かりやがれ!」

「へいへい」

「船長も働けよー」

「サボんなよ!」


ガタンガタンと椅子やテーブルを鳴らしながら、船員たちが口々にウィルの悪口を言って食堂を出ていく。

去り際に私に笑顔を向けたり手を振ってくる者もいて、戸惑いつつもぎこちなくそれらに返す。

「ヒューゥ!」

女子高生のように黄色い歓声を上げながらニコニコしている男性の姿は、少しシュールだ。

小さく手を振り返すだけでもテンションが上がるらしい。なんだか珍獣かマスコットの気分だった。


アランとウィルのみになった食堂で、「騒がしくて悪かったな」と苦笑いでウィルが言う。


「慣れない船旅で疲れるだろう。お前の仕事はあとで伝えるから、とりあえず部屋に戻って休んでろ」


部屋までついてってやれ、とアランに命じてウィルも食堂を出ていく。


仕事。

なんだろう。


「それじゃ行こうか」

「……ええ」


釈然としないまま、にこっと笑顔で言うアランに頷く。


部屋までの道順は覚えていたけれど、案内を断る気にはなれなかった。

アランの笑みには邪気がなく、昨日からの波乱万丈人生の唯一の癒しだった。


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