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7.一晩明けて、朝

翌朝、妙にすっきりとした気分で目が覚めた。

窓からは朝日が差し込んでいる。

昨日のことは全てハッキリと思い出せる。前世の記憶も含めてだ。


船内は快適な温度で、体の隅々まで気力が張り巡らされている感じがした。

かび臭い毛布をはいで、おもむろに腹筋運動を開始する。


とにかく、どんな展開が待ち受けていようと対処できるだけの力を温存しなければならない。

それには体力と筋力を保つのが一番だ。


腹筋を終えて、今度はベッドを降りて腕立て伏せに取り掛かる。

ゆっくりと上下動を繰り返していると、ぽたりぽたりと汗が落ち始めた。

今日はいつもより多めにいけそうだ。

婚約発表会がめちゃくちゃになったせいで、昨夜の夕飯すらまともに食べていない。だというのに身体の調子は不思議と悪くなかった。

絶望メーターが振り切れて、脳味噌のリミッターみたいなものが吹っ飛んでしまったのかもしれない。


唐突に、ドアが勢いよく開いた。

腕を九十度ほどに曲げた中途半端な状態で固まる。

ぎこちなく視線を向けると、思いっきり不審者を見る目で海賊が私を見下ろしていた。


「……なにやってんだ」

「ちょっ、ちょっと気分が悪くて」


慌てて床に伏せて儚げな声で言うと、「ああ」と男が納得顔になった。


「酔ったか。あとで薬持ってこさせるから待ってな。つか具合わりーならベッドだろ普通」


しょうがねぇな、と呆れた声で近寄ってくる。

そしてなんてことない動作で私の身体を軽々持ち上げると、そっとベッドに横たえさせた。


「昨日も思ったけど、見た目より重いなおまえ」


ちょっと怪訝な顔で失礼なことをさらっと言ってのける。

けれど具合が悪い振りをしているため、文句も言えず歯噛みするにとどめた。


男はすぐに部屋を出ていった。

特に用はなかったらしいから、逃げていないか様子を見に来たのだろう。


ドアがきっちり閉まったのを確認してすぐに起き上がった。

上手いこと船酔いと勘違いしてくれたようだが、危なかった。鍛えているのを見られたら警戒されてしまう。

ホッと息を吐いて、伸びをする。

とりあえず朝の筋トレはここまでにしておこう。すっかり気分が削がれてしまった。

ストレッチを入念にして、身体をほぐすことにしよう。

そう決めて裸足のまま床に立つ。


と同時に再びドアが開いた。

海賊が戻ってきたのかと思って身構えたが、そうではないらしい。


若い男だった。少年と呼んでも差し支えないくらいの。


「うわっ! ごめんなさい!」


一度開いたドアが、慌てた声と共に勢いよく閉められる。


誰だあいつ。なんだったんだ今の。

首を傾げながら腕組みしようとして、下着姿のままだったことにようやく気付いた。


「ひぇっ」


慌てて床に放置されたままの着替えをひっつかんで、急いで着込む。

ズロースやらシュミーズやらでブラとパンツだけよりは露出少な目だったが、この時代の貴族令嬢にしてみれば裸同然の格好だ。

それを見られたのだから、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。


というかあの人攫い、この格好で倒れている女を見て眉一つ動かさないってどういうことだ。

さっきの男の態度が思い出されてイラっとする。

本当に女としての価値はどうでもいいらしい。

ムカムカしながらも身だしなみを整えていく。

海賊に渡されたのは簡素なワンピースだったから、着替えに時間はかからない。

悔しいことにあの男の見立て通り、サイズはぴったりだった。

胸が少し余るのが切なかったが、最低限の布地のみで構成されたその服は、前世の時に着ていたものに近くて、足首までの裾のわりに動きやすかった。


寝乱れた髪を手櫛で整え、何とか体裁を保つのに成功した頃に、今度はきちんとノックが聞こえた。


「……どうぞ」


気まずさを押し隠して返事をすると、おずおずと開けられたドアの隙間から、アッシュブロンドの頭が遠慮がちに覗いた。


「も、もう大丈夫ですか……?」

「ええ。見苦しいところを見せてごめんなさいね」


まだ熱の残る頬を押さえながら言うと、私よりよほど赤い顔をした少年が、目を逸らし気味に部屋に入ってきた。

どこかあどけなさを残したその顔は、海賊らしからぬ人の好さを感じさせた。


「あの、これ」


目を合わさないまま差し出された手に、薬の袋と思われるものが握られている。

あの男は約束通りに酔い止めを手配してくれたのか。

驚いて一瞬反応が遅れる。


「……ありがとう」


受け取って礼を言うと、少年の顔が嬉しそうにパッと輝いた。


「朝食が出来たので案内するように言われました! どうぞ食堂へ!」


ハキハキとした口調もやはり想像する海賊らしさとは縁遠いもので、なんだかすっかり毒気を抜かれてしまう。


これもあの男の作戦なのだろうか、と警戒しようとしたが、それすらも馬鹿馬鹿しく感じられてくる。


だって窓の外は、抜けるような青空だ。

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