62.翌朝
翌朝目覚めて、まず目の前にウィルがいるという状況にびくりと身体が跳ねた。
次いで腕の中に閉じ込められていることに気付いて赤面した。
身体中がだるいことに気付いて、昨夜のことを思い出して恥じ入る。
けれど今まで女の人のところに行っても夜中のうちに帰ってきていたからウィルが、隣で安らかな寝息をたてていることに幸福を感じた。
しばらく眺めたあとで、くうとお腹が鳴った。
今更ながらお腹が空いていることに気付いて、ウィルを揺り起こす。
「んあ、なんだよもっかい……?」
寝ぼけた声と共にぬっと腕が伸びてくる。
「ばっ、違うってごはん! お腹空いたの!」
それを躱してべちっと裸の肩を叩いた。
しばらくくだらない攻防を続けたあとで、ようやく朝食をとりに食堂に降りていく。
見回しても知った顔はどこにもいない。
どうやら他の船員たちはいつもの宿に泊まっているらしい。
「どうして私たちだけこっちに?」
「惚れた女の喘ぎ声を他の男に聞かせる趣味はねぇ」
なるほどと気付いて顔が赤くなる。
「それにおまえ今自分がどんな顔してるかわかってんのか?」
「顔?」
赤いということならよく分かっている。
両頬を手の平で押さえながら聞くと、ウィルがにやっと唇を吊り上げた。
「いかにも事後ですって感じの気怠い顔してる」
「うそぉ!」
慌てて両手で顔を覆う。そんな痴女みたいな顔、人様に見せられない。
「あーたまんねぇ。戻ったらもっかいやるか」
「やらないし!」
照れ隠しに勢いよく正面に座るウィルの肩をどつくと、本気で痛かったのかウィルが顔をしかめて呻いた。
部屋に戻りウィルの誘惑を躱し、身嗜みを整えて海賊島の繁華街へと繰り出す。
ラナが教えてくれたお手入れ用のクリームやら動きやすい服やらを買い込んで、遭遇した船員達と昼食を取ることにした。
雰囲気で色々察せられたのか、からかわれて気まずかった。
こっちは動揺してしどろもどろだというのに、ウィルは涼しい顔をしていてまるで他人事だ。むしろ慌てる私を見て楽しんでいる節さえある。まったく腹立たしい男だ。
そうやって遊び歩くうちにあっという間に夜になった。
明日からは必要物資の買い出しが待っている。
そうやって慌ただしく日常を送り、船の修理を終えて再び海へ戻った。
ちなみにあの新人海賊たちは、殺されはしなかったが一日中島の中心部に吊るされて、この島を出入り禁止になったらしい。
海賊っていうのは吊るすことが大好きな生き物のようだ。
船に戻ると、またきっちりいつも通りに慎み深い生活が始まった。
たまにこっそりキスをするくらいで、ウィルはぱったりと手を出さなくなった。
そういうことをしたいのが自分だけかと思うとちょっと悔しい。
恨みがましい目を向けても、ウィルは笑うばかりだ。
だからといって浮かれて船内の空気乱す気もなく、大人しく真面目に気ままな海賊生活を送る。
もちろん寝る部屋は別々だ。
「大人ってやーね」
「面子保つために必死なんだよ」
夜の訪問時に、平気な顔をしているウィルに言うと彼は苦笑した。
それからしばらく他愛のない話をして、そろそろ寝ようかという時に。
「敵襲!」
部屋の外から聞こえる声に顔を見合わせる。
即座に立ち上がって武器を手に甲板へと走り出す。
騒がしい日々が再開して、またいつもの関係に戻っていく。
それも案外悪くはなかった。