61.今夜の宿は
熱狂的に盛り上がった宴会の中で、隙あらば私に飲ませようとする人たちをウィルが身体を張ってガードしてくれる。
「チッ、キリがねぇ。抜けるぞレーナ」
「あはは、うん!」
イラつき始めたウィルと強引に抜け出して、広場から遠ざかる。
喧騒から抜けると夜の闇は静かで、すっかり酔いが回って火照った頬を冷やしてくれた。
しばらく並んで歩いていると、足がもつれてよろけ、ウィルの身体にぶつかった。
「わっ、ごめん」
「ったく酔っ払いめ」
「いっぱい飲んじゃった」
呆れるウィルにえへへと笑うと、短く嘆息した後にウィルが足を止めた。
「つかまってろ」
「へ? きゃっ!」
くるりと視界が回って、気付けばお姫様抱っこの態勢になっていた。
「これでいいんだろお嬢様」
不安定な体勢に、とっさに首に縋りつくと、ウィルがにやりと笑って歩き出す。
初めてまともに抱き上げられたことに動揺しながらも、どさくさにまぎれてしっかり抱き着く。
恥ずかしかったが嬉しさの方が勝っていた。
重かっただろうに、宿の手前で降ろされるまでウィルは文句も言わず私を運んでくれた。
「あれ、なんかいつもより豪華だね」
「そうだな」
私が首を傾げながら言うと、ウィルが他人事みたいに頷いてさっさと宿帳に記入を済ませた。
そのまま案内された部屋に行き、ウィルも一緒に中に入る。
「ほれ、そこがシャワー室になってるから。よーく洗い流して来いよ、さっきクソ野郎にベタベタ触られてたろ」
「あ、うん、そうね……ウィルは広場に戻る?」
「なんでだよ。部屋で待ってるから安心しろ。ったく、他の男に気安く触らせてんじゃねぇよ」
「ごめん、酔っぱらって警戒が緩んでたみたい」
少しぼんやりした頭で、なんか変だな? と思いつつもウィルに促されてシャワー室に向かう。
言われたとおりに丁寧にシャワーを浴びて、部屋に戻るとウィルがのんびりとお酒を飲んでいた。
「終わったか。俺も入ってくるからその辺のもん飲んでゆっくりしてろ」
「え? うん」
言って入れ違いでウィルがシャワー室に入る。
自分の部屋のシャワー使えばいいのに、と不思議に思いながら大きなベッドに腰掛け、私のために買っておいてくれたのであろう冷たい水のボトルに口をつけた。
十分ほどでウィルが出てくる。
濡れた髪をかき上げる仕草が色っぽくて、思わずどきりと心臓が鳴った。
「ね、ねぇ、どうして今回はこんないいところなの?」
「前んとこは壁が薄いだろ」
動揺を誤魔化すように問うと、ウィルがさらりと言って疑問符が浮かぶ。
そんなの今に始まったことではない。いままで散々オンボロの安宿に泊まってきた。
もしかしたら私のことをまだ病み上がりだと思って気を遣ってくれているのだろうか。
「もう身体は痛くないのか」
「え? うん。切り傷はほとんどふさがったし、撃たれたとこもたまに少し痛いかなーってくらい」
「そうか」
やっぱりそうだ。心配してくれてるんだな。
そう思うと嬉しい反面、まだ腫れもの扱いなのかと残念でもあった。
「さっきワイアットと話してたんだが」
ウィルが何気なく私のすぐ隣に腰を下ろして再び心臓が大きく跳ねる。
「う、うん」
「あんだけ動けるならもう大丈夫だろうと。許しが出た」
「うん……うん?」
なんの? と隣を見上げると目が合った。
じっと見つめられて思考が止まりかける。
「覚悟は出来てんだろうな」
言って私の腰を抱く。
それでようやくなんの話かわかった。
わかった瞬間パニックに陥る。
「うわ、ちょ、ま、かく、覚悟は、できてるけど、」
焦って噛みまくるのを、宥めるように頭を撫でながらウィルが苦笑する。
雰囲気は台無しだった。
「今日、だとは、思わなくてその……ていうか何度もう大丈夫って言っても手をだしてくれないから、やっぱ私じゃ興奮しないのかなーって思ってた、から」
「あほ」
しゅんとしながら言い訳のように言うと、ウィルが頭をごつっとぶつけてきた。
「ドクターストップかかってたんだよワイアットから」
「ええ……気まずい……」
「あと船員の総意で船の中でいちゃつくなって」
「ああ……」
「破ったら海に落とすとか言いやがって」
俺船長だぞ? とぼやくのに少し笑って、ようやく肩の力が抜ける。
「そんでさっきあのアホ共皆殺しにしてただろ」
「いやいや殺してませんけど?」
せいぜいこの島で悪さが出来ないように身体の一部をちょっとずつ切り取っただけだ。
あとの制裁はこの島の古参メンバーがやってくれるらしい。
ラナが嬉しそうに言っていた。
ちょっと怖い。
「それ見てもういいってよ。好きにしろって」
「ふおぅ……」
「そんで船でギシギシやられるのは勘弁してほしいからここで思う存分やってこいって」
「ひぇぇ……」
「……おまえいつもの勢いどうしたんだよ」
珍妙な声が出るばかりで身動き一つ出来ない私に、ウィルが笑いを漏らす。
「いやだって……今まではほら、ダメ元っていうかぶっちゃけどうせ抱いてくれるわけないよねって思ってたから強気に出れたわけで……実際セックスしますよって改めて言われたらほら……ね?」
「照れてんのか」
「そうよ!」
当たり前のことを聞かれて両手で顔を覆いながら歯を食いしばる。
恥ずかしくて穴があったら今すぐ埋まりたいくらいだ。
「レーナ」
呼ばれて顔を上げる。
ちゅっと音を立てて、合わさった唇がすぐに離れていく。
一瞬のことで完全に反応が遅れたが、病室以来のキスに動揺する。
「照れてるだけなら遠慮しねぇからな」
言って優しくベッドに押し倒される。
「いやあのお手柔らかにお願いします……」
「約束はできねぇなぁ」
強張る身体をものともせずに、着ていた服がはがされていく。
その顔は嬉しそうで、緊張はしていたけれど、怖くはなかった。