60.酔っ払いに理性はありません
私で遊ぶのに飽きたのか、ウィルはまた別の知り合いと飲み始めた。
バカ騒ぎはまだまだ続いていて、私もウィルから少し離れた場所でラナと他の面々と杯を重ねていった。
「楽しんでる?」
お酒と食事を楽しんでいると、ラナの知り合いで前回私にも親しく話してくれたロイという男性に声を掛けられた。
「ええおかげさまで。みんないっぱい飲ませてくるから酔っちゃった」
「うん。結構顔赤くなってる。かわいい」
「ホント? 恥ずかしい。暗くてもわかるくらい?」
「恥ずかしがることないよ。目も潤んでとても魅力的だ」
「完全に酔っ払いの顔ってことね。ちょっとお水飲もうかしら」
「ロイ、あんた程度の男じゃこの子はなびかないよ」
「いやうんびっくりするくらい手応えないねレーナって」
ラナに茶化すように言われてロイが苦笑する。
アルに似たようなことで散々口説かれてきたせいか、この手の軽い誉め言葉にはすっかり免疫ができてしまっている。
おかげさまで変に照れてしまうこともない。
「ロイてめぇ、レーナにちょっかい出したら殺すぞ」
聞こえていたのか、ウィルが離れたところから口を出す。
「え、なに、もしかして二人デキちゃってる?」
「ばかね、もっと早く気付きなさいよ」
「俺の女宣言とかウィルかなりマジじゃん」
「ウケるよね」
ウィルに睨まれても全く堪えた様子のないロイが、ラナとこそこそ楽しそうに言い合う。
すっかり酔っぱらった頭でそれを聞いて、なんだか少し嬉しくなってしまった。
「あいつレーナがちょっかい出されてたら別の島にいてもスッ飛んでくる勢いだよ」
「うわーやりそう。たぶんなんかソナーみたいなのついてる」
「こわっ」
「聞こえてんぞてめぇら!」
「ていうかちょっかい出されて嫌だったら私が自分で返り討ちにすればいいのでは?」
グビッとビールを飲み干してから言うと、ラナとロイがギョッとした顔で私を見た。
だってわざわざウィルの手を煩わせるなんて嫌だ。
海賊島までの一ヵ月で体力もほとんど戻ったし、剣だって島に入ってすぐ扱いやすいレイピアを新調したのだ。
身に降りかかる火の粉は自分である程度払いのけることが出来る。
「もう私元気いっぱいだもの」
「それもそうか」
回復したことをアピールするようにウィルに言うと、彼はあっさりと頷いた。
ラナたちがなんだこいつらという顔で私たちを交互に見比べる。
私が戦えるということをそういえば二人とも知らないんだっけ、とまともに働いていない頭でそんなことを思う。
「おもしれぇ、やったろうじゃん」
背後から知らない声が聞こえて、振り向くより先にその誰かが私の腹に腕を巻き付けてきた。
「ちょっとなによあんたら」
ラナが声を低くして凄む。
私の背後にいる男は、余程でかいのか睨みつけるラナの視線が高い。
「あなた誰?」
なんとか首を上に向けて問うと、見たこともない下卑た顔の男がいやらしく笑った。
「今からお前を犯す男だよお嬢ちゃん」
うんざりするくらい安っぽい言葉を吐いて、私の頬をねっとりとした手つきで撫でた。
「ラナ、知ってる人?」
構わずラナに視線を戻すと、彼女は男を睨んだまま首を振った。
「さぁね。見たこともない。ド素人だろ」
「おいおい姉ちゃん、ヴァレンツ海賊団を知らねぇってのか?」
「あ、俺知ってるかも。最近暴れまわってる新人さん達だよね」
ロイが軽い調子で言って、「ほらそこのそいつと、あとそいつとそいつとそいつ」とその男の仲間と思われる男たちを指さしていく。
その男達は得意げな顔でわざわざ一歩前に出て、ニヤニヤ笑いながら力を誇示するようにそれぞれの得物に手を掛けた。
「んでぇ? このお嬢ちゃんに手を出したらどうなるって?」
挑発するようにウィルに向かって背後の男が言う。
ウィルは不愉快そうに顔を歪めるだけで何も答えなかった。
「怖くてビビっちまったか? 威勢がいいのは強い奴がいない時だけかよ」
「ああそうだな。怖くてちびっちまいそうだぁ」
「てめぇなめてんのか!」
余裕綽々な態度が気に食わなかったのか、新人海賊がいきり立って銃を取り出した。
瞬時に周囲が殺気立つ。
これは明らかなルール違反だ。
こんな大勢がいる場所で銃を構えるなんて頭が悪すぎる。
大方どこぞの船を襲って手に入れたものだろう。
気が大きくなってこんな馬鹿な真似をしているのだろうが、安物の銃では誰に当たるか分かったものではない。
男の仲間たちはニヤニヤ笑うばかりで止めようともしない。
この島のルールも知らないで乗り込んで来た、本当の新人たちばかりらしい。
「素直にこの女を置いてくなら逃がしてやる」
そのまま動かないウィルを見て、足が竦んでしまったとでも思ったのか男がまた下卑た笑いを浮かべる。
「なかなかいい女だよなぁ」
「ひっ」
べろりと耳を舐められて全身に鳥肌が立つ。
「てめ、」
「ぎゃあっ!」
ウィルが動くより先に剣を抜いて男の腿を串刺しにする。
私の腹から手が離れた瞬間くるりと剣を回し、銃を持った指を切り落とした。
その間一秒にも満たなかっただろう。
周囲が呆気に取られたようにシンと静まる中、剣についた血を振り落として鞘に納める。
「あ! ここで問題起こしたら追放なんですっけ!?」
思い至った瞬間慌ててラナに問う。
「へっ、いや、」
戸惑い言葉に詰まるラナに、ウィルはなんとも言えない顔で半笑いになっていた。
これはどう解釈すればいいのだろう。
「てめぇ何しやがるこのアマ!」
気を取り直したのか、新人とその仲間たちが私に殺到してくる。
判断を待っている暇はなさそうだ。
酔いで鈍った頭で考える。
「えーいもう一人やったら一緒か! 船長あとで反省します!」
「いやいいけどよ……」
言っている間にどんどん切り倒していく。
新人たちはそんなに強くもないがまったく弱いというわけでもなく、リハビリには丁度よかった。
あっというまに決着がついて、ふぅ、と息をついて地面に転がって呻く海賊たちを見下ろす。
致命傷は外しているけれど、しばらくは暴れまわることは出来ないだろう。
あーやっちゃったなぁ、と叱責される覚悟でウィルに視線を向けると、なんだか笑いを堪えたような顔をしていた。
おや? と思った瞬間広場が大歓声に包まれた。
戸惑ってキョロキョロしていると、ウィルが完全に笑いながら近づいてきた。
「お疲れ」
「あれ、これはもしや怒られない流れ?」
「喧嘩売ってきたのがあっちだからな。買った方はお咎めなし」
言いながら私の耳を自分の袖でゴシゴシと乱暴に拭ってくる。
「わぁいやったぁ!」
「おまえホント海賊に染まってきたな……」
追放されないらしいという事実に喜んでいると、顔見知りたちに口々に褒められてさらに嬉しくなる。
ラナも呆れ交じりに褒めてくれて、宴会会場はさらに盛り上がることとなった。




