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6.私は海賊のモノになったらしい

驚いて硬直していると、男が先に動いた。


「ほれ」

「ひゃっ」


軽い掛け声とともに何かが私に向けて放られ、そのままばさりと落ちた。


「やる」

「え、なに、なんですのこれ」

「着替え。ちょっと探したがサイズ合いそうなのそれしかねーわ」

「きがえ……?」


言われて足元に落ちたものを見れば、シンプルなワンピースが三着ほどと、庶民向けのシンプルな下着が数セット。


「安モンだがな。まぁお嬢様の趣味じゃねぇだろうが我慢してくれ」

「いえ、あの、はぁ……」

「戦利品の中に紛れてた。ちゃんと洗濯もしてあるやつだと思う」

「これに着替えろと……?」

「ああ。今着てたのは悪いが売っ払うぜ。相当高く売れそうだ」


そう言って、脱ぎっぱなしにしていた私のドレスを拾い上げ笑う。


「これも」


言葉と共に大きな手がこちらにのびて、思わずビクッと身体に力が入る。

その反応に構わず、筋肉質な腕が耳を掠めていく。


ぱちん、と小さな音がして、髪の毛がするりとほどけて落ちた。

髪飾りが外されたのだと、気付くのと同時に彼の腕が再び耳を掠める。


「このネックレスも」


首筋に硬い指先が触れた。

留め具を外すつもりなのだと解かったが、身体は固まったままだった。


「上等な宝石ばっかだ。嬢ちゃん、どこの豪商の娘だ?」

「……もう、勘当されたから関係ありませんわ」

「お、それマジだったの? てことは婚約破棄も?」

「大マジです」


喋っている間にも、あちこちにつけられたアクセサリーが外されていく。

その度に指先が皮膚に触れて、慣れない感覚にいちいち小さく身体が跳ねてしまうのが悔しかった。


「んじゃヤリまくりの病気持ちってのも」


続けて問われて目が泳ぐ。口から出まかせにしてもひどい嘘だ。

それでも興味を無くしてくれるのならば肯定するしかない。


「……ええ、もちろん」

「ぶっは」


またも盛大に噴き出した男が、追い剥ぎを中断して耐えられないとばかりに笑いだす。


「はっ、はは、無理すんなって、……っぶふ」


完全に馬鹿にした笑いで、剥き出しの肩をポンと叩かれる。

ビキッとこめかみに青筋が浮いたのは不可抗力だ。


「……ふ。嘘が下手すぎるわおまえ」


ようやく笑いを収めた男が私を正面に見据えて言う。


「ほら、」


大きな手の平が私の頬を覆う。

ぴくっ、と肩が揺れた。

するりと頬を撫でた手が、首筋へと這っていく。


「ぃ、やっ、」


ぴりっと弱い電流が走り抜けるような感覚があって、思わず目を瞑りそうになるのをこらえた。


「……こんっな純情な反応するアバズレがいるかよ」


至極愉快げに目を細めながら、私の反応を楽しむようにうなじに触れ、耳元で囁く。

からかわれている屈辱よりも、男の手が、声が、不快でないことへの戸惑いが大きかった。

触れられているところに熱が集まっていくのがわかる。馬鹿みたいに頬が熱い。

男性への免疫がなさ過ぎて、どんな反応を返すのが正常なのかわからない。


「くくっ」


笑いの余韻を残し、男の手が長く伸びた髪を梳くように動いて、離れていく。


「頭のてっぺんから足の先までよく手入れされてるってのに、わざわざ捨てる理由はわからねぇが」


硬直したままの私の手を取って、瞼を伏せる。


「俺が拾ったんだ。もう返さねぇ」


ちゅ、と小さな音を立てて指先に口づけが落ちる。

キザな仕草だが、やけにサマになっていた。

海賊流の占有の印かなにかだろうか。

わからないが、妙に胸が騒いだ。

宮廷でどこぞの貴族のボンボンが、社交辞令で似たようなことをしてもなんとも思わなかったのに。


「……攫った、の間違いではなくて?」


やられっぱなしなのが悔しくて、ほんの少しだけ反抗してみる。

挑発的なセリフに、男は気分を害すでもなく、笑みを深くしただけだった。


「……なんのためにこんなところまで連れてきたのです」


返事がないのに焦れて、ストレートに疑問をぶつけてみる。

とりあえずレイプ目的ではなさそうだというのはもうわかった。

ならば余計に分からない。無知なお嬢様をからかうためだけに連れてきたとでも言うのか。


「明日説明する。今日はもう遅い。寝な」


嫌味のない声と笑みで言って、ポンと頭に手を置かれる。

どこか子供扱いを受けているようでムッとする。

それが伝わったのだろう、男が吐息だけで笑った。


「あ、そうそう」

「ちょっ、なに、」


思い出したように言って、男の腕が私の身体を抱き込んだ。


「やっ!」


私の太腿を大きな手が這う。

いきなりなんなの、やっぱりそういうつもりだったの、と混乱して硬直する私をよそに、その手がゴソゴソと太腿を探って、すぐに身体ごと離れた。


その手にある物に気付いて目を瞠る。


「ああっ!」

「これは物騒だから没収な」


ニカッと豪快な笑みを見せて、レッグホルスターのナイフを手の平でくるりと回して見せた。

ドレスを脱いだ時点で丸見えだっただろうソレの存在に、今更思い至ってがくりと力が抜ける。

冷静なつもりでいても、実のところ相当にテンパっていたらしい。

唯一の武器を、隠すどころか忘れているなんて。


「かっ、返して! ……くださいっ」

「やなこった」


精一杯下手に出てみたが返答は素気無く、ナイフはあっさり懐にしまわれた。

あれがなくては逃げ出すチャンスなんてもういくらも作れない。

なけなしの可能性でも、ゼロよりマシだったものが本当にゼロになってしまうのだ。


「おとなしくしてりゃ悪いようにはしねぇ」

「完全に悪者のセリフじゃない!」

「ふはっ、それもそうだ」


何を言っても返してくれるつもりはないらしい。

思わず唇を噛んで睨みつけると、男はニマッと笑って、懐から奪ったナイフとは別の何かを取り出した。


「かわりにこれやるからいい子にしてな」


手の平に落とされたものは、棒付きの砂糖菓子だった。


「こっの……!」


今度こそ完全に子供扱いされているのだと解って、思わずお菓子ごとこぶしを握り締めた。


「そんじゃまた明日な」


ひらひらと手を振って、私が何か言い返す前にさっさと部屋を出ていく。

どこか飄々とした背中を憤然と見送って、無駄に力んだ身体から力を抜いて肩を落とす。

握りしめた安っぽい砂糖菓子を、ポイッとベッドに放り、そのまま倒れこむように崩れ落ちた。

埃とカビの匂いがひどかったが、気にしている余裕はなかった。


ノロノロと背中に手をやって、コルセットの紐を解く。

ホッと呼吸が楽になって、もぞもぞと下着姿のまま薄っぺらい毛布に潜りこむ。

身体を休めると、パーティ会場からずっと張りつめていた精神が、少しずつ緩んでいった。


あの男は本当になんなのだろう。

海賊であるらしいということ以外何もわからない。


マイペースで強引で、犯罪者だというのに後ろ暗いところを感じさせない。どこかカラッとした性質の男。

ここの船員達もそうだ。

誘拐事件なんて私にとっては一大事だというのに、日常のほんの一幕みたいな反応をしただけだった。


また明日、とあの男は言った。

明日私は一体どうなるんだろう。

何をされるんだろう。

動きの鈍り始めた頭でなんとか考える。


目を閉じると、急激に眠気が襲ってきた。


どうなるにしても、疲れすぎているせいか、何故かもうあまり悪い想像は浮かんでこなかった。

けれど明日からは本当は悲惨な日々が待っているのかもしれない。


それでも今は、ただ深く眠りたかった。


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