56.本当の気持ち
大きく息を吐いて、ウィルが真っ直ぐに私の目を見た。
「俺は清廉潔白とは言えない人間だ。その上いつ死ぬかもわからない。国では大罪人だし死人扱いだ。それを覆す気もないしこれからも海賊を殺し続けるだろう。ヒーロー扱いされてる海軍も楯突くなら躊躇なく殺す。悔い改める気もない」
指を絡めるように繋いだ手に視線を落としてウィルの言葉が続く。
「そんな状態でおまえの気持ちを受け入れることが怖かった。弱みを晒すことになるからな。それにおまえを抱けば間違いなく執着することになる。レジーナ。おまえは未来の王妃だった。いずれ国に返してやらなきゃならなくなるかもしれない。そうなった時に素直に引き下がってやれなくなる。だが何もしないうちならきっと笑って見送ってやれる。そう思っていた」
心臓がドクドクと脈打っている。
ウィルは真剣な顔で話しているのに、私の頭は大混乱を起こしている。
これはなんだろう。ウィルは今、何の話をしているのだろう。
「……それって一度でも抱いたら手放せなくなるって言ってる?」
気持ちを落ち着かせるために都合のいいように言い換えて冗談交じりに返すと、笑ってくれるかと思ったのに真面目な顔で真っ直ぐに私を見た。
「そうだ」
「えっ、」
「抱いたらもう泣いていやがっても離してやれない。命を晒すほどの危険に遭遇しても逃がすことも出来ず一緒に死ぬことを選ばせる。弱みと見做しておまえが狙われるくらいなら攫われるより先におまえを殺すだろう。大罪人の情婦と罵られおまえが傷付こうと関係ない。俺に抱かれたことを後悔して逃げようとしたら縛り付けてでも手元に置き続ける。そうなるのが分かりきってたからおまえと距離を置いた」
畳み掛けるように言われて呆然とする。
頭がクラクラして、これは現実なのかと頭が麻痺したような感覚がした。
私が死にかけていたのは事実で、これは死の間際に見る幻覚なのではないだろうか。
それくらいに現実味が薄かった。
「……心臓バクバクしすぎて傷口開きそう」
「これ以上失血すると死ぬからやめろ馬鹿」
顔を真っ赤にした私に、ウィルは不機嫌そうに言う。
とても告白をされているとは思えないくらいにひどいしかめっ面だ。
ひょっとしたら告白ということ自体が勘違いなのではないか?
「……たまに遠い目をして何か懐かしんでだろう。帰りたがっているんだと思ったんだ」
「帰るって、どこに」
聞きながら考える。
そんな目してたかしら。
ああもしかして前世の生活や父のことを思い出していた時のことだろうか。
「婚約者のとこだと思ってたんだがな」
「それはない」
「ちょっとは思い出してやれよ」
きっぱり答えるとウィルが苦笑した。
だってしょうがない。貴族生活にはなんの未練もないのだから。
海賊として暮らし始めてから、ほとんど思い出したこともない。
「でもま、結局なんだろうと関係ない」
短く嘆息して繋いだままの手に力を込める。
「いつでも手放せるようにしてやってたのによ。勝手に死にに行くからもうやめだ。アホらしい」
いや別に死にに行ったわけじゃないんですが。
助ける気満々だったんですけど。
それでもってあわよくばちょっとだけ好きになってくれたらいいなとか下心満載だったんです。
「治ったら俺はお前を抱くし他の男に目移りしても離さねーし戦闘で死にそうになったらおまえも道連れにするし誰かに殺されそうになったら殺すことにした」
「何それこわい」
物騒な言葉の羅列にちょっと引いてしまう。
なんで殺すとか殺さないの話になるのか。
割と色っぽい話をしていたはずなのに甘い空気ゼロなのはどうしてなのか。
「つまりどういうこと? 殺意の報告? 愛の告白?」
「愛の告白に決まってんだろが」
「もっと分かりやすくお願いします」
「一発やらせろ」
「最低」
「いやホント最低」
唐突にアルフレッドの声が聞こえてびくりと身体が跳ねる。
いつの間にかドアが細く開いていたらしい。
そこからワラワラと船員たちが入ってきた。
途中から聞かれていたらしいが、ドアの外の気配に全く気付けなかった。
死にかけていたせいか、どうやらかなり感覚が鈍っているようだ。
「うるせー盗み聞きしてんじゃねぇ」
ウィルは気付いていたのか、たいした動揺もなく船員達に悪態をつく。
いったいいつから外で聞き耳を立てていたのだろうか。
「レーナに手出し禁止なんじゃねぇんすか」
「なになに、船長規律違反?」
「船追放?」
「ばーか俺の船では俺が法律なんだよ」
一気に騒がしくなった病室に、さっきまでの空気は霧散してしまった。
ウィルはすっかりいつも通りで、やはり死にかけた脳が見せた妄想の類なのではないかと心配になる。
「レーナ! 心配したよ!!」
「こら」
半泣きで飛びついてこようとするアランを、ミゲルが首根っこを掴んで阻止する。
苦しそうに呻くアランに船員たちがドッと笑って、ウィルの手が自然に離れていった。
「レーナ。目が覚めて良かった」
枕元に跪いて、アルが小さな声で言う。
「おめでとう。良かったね」
幸せそうに笑って、そんなことを言うから泣きそうになる。
ウィルとの話を聞いていて、心から祝福してくれているのだとすぐに分かった。
それで今までのことが現実のことなのだとようやく実感できた。
「……ありがとう」
ごめんねとは言いたくなかった。
アルもそれを望んでいないだろう。
「うん」
アルはそれだけ言って、私の額にそっと口づけた。
ウィルはそれを見ていたけれど、何も言わなかった。




