52.暗転
船上で激戦が繰り広げられる。
前回よりも人数を増した海軍は、けれどなぜか動きに精彩を欠いていた。
「見たことない顔ばっかだ」
「無理やり人員補充したんだろ」
「その辺のゴロツキ共に金でも積んだか」
「落ちるところまで落ちたな」
移乗攻撃が始まる前にエミリオ達が、嘲笑交じりにそんなことを言っていた。
どうやら前回でかなり海軍の戦闘力を削いだらしい。
確かに斬りかかる相手は皆総じて前よりも人相が悪い気がする。
だが、そう感じていられたのも最初のうちだけで、やはり数の差は大きく、徐々に追い込まれていく。
「あの男だ! 船首のあいつを最初に仕留めろ! あれが海賊の首領だ!」
前回も指揮官だったと思われる男が、相変わらず自分の船の安全なところから偉そうに指示を出している。
部下たちがどんどん殺されているというのに、ウィルを討ち取ることしか眼中にないようだ。
一度に移り切れなかった海軍兵たちが、仲間が死体になって海に落とされるたびに補充されていく。
指揮官らしき男は気が狂ったように船長を狙えと繰り返す。
ウィルに殺到する海軍兵たちを、ウィルに辿り着く前に出来る限り倒していく。
けれど斬っても斬っても数が減っていく実感がないまま、体力が少しずつ消耗していった。
長い戦いだ。
全身に返り血を浴びて身体が重い。
自身の身体も少しずつ少しずつダメージが蓄積されて、思うように動けなくなってきている。
それでも限界を超えて斬り伏せていく。
ウィルに、船員に、少しでも有利になるように。
血塗れで、悪鬼のような形相をしていただろう。
だけどそんなことには構っていられなかった。
一人でも多く殺さなくては。
目に付いた海軍兵を片っ端から斬り捨てて、次の敵に斬りかかろうとしたとき。
視界の端に不穏なものが見えた気がして一瞬動きが止まる。
その隙をついてすぐ後ろにいた男の剣が振り下ろされた。
「くっ、……!」
ガギィン! と鈍い金属音とともに斬撃を受けた私の剣が、刀身の三分の一を残して無残にも折れ飛んだ。
「こっ、の……!」
そのまま二撃目を浴びる前に、折れた剣を男の喉笛に突き刺した。
絶命も確認せず、すぐに走り出す。
目の片隅に見えたもの。
あれは銃だ。
この世界で銃の扱いはあまり良くない。
発明されたばかりで命中精度は低く、飛距離も短い。
こんな敵味方入り乱れた船上で使えば、敵に当たらず流れ弾が味方を貫くのがオチだ。
あれはせいぜい威嚇のために使うもの。
役立たずの無用の長物。
だが至近距離からとなれば話は別だ。
いつまでも勝敗が付かないことに業を煮やしたのか、いつの間にか乗り込んでいた指揮官の男。
他の海軍兵達を盾にするように背後からウィルに近付いて。
銃を構える手を斬り落としたくとも折れた剣は捨ててしまった。死体から剥ぎ取って拾う余裕もない。
注意を引こうにも、夢中で敵を屠るうちにいつの間にかウィルとの距離は大きく開いていた。
「ウィル!」
体勢を整える余裕もなく無様なフォームで走り出す。
ただ必死だった。
撃鉄が起きる。
引き金に指がかかる。
「死ねヴィルヘルム!!」
引き金が引き絞られる、その瞬間。
別の海軍兵を斬り伏せたウィルの背後に躍り出る。
銃声と共に身体に衝撃が走った。
急激に意識が遠のいて、足の力が失われていく。
視界は暗く、音が遠ざかっていくのをぼんやり感じていた。
意識が途切れる寸前。
「レジーナ!!」
私の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




