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49.アルフレッドとレジーナ

陸に上がると、すぐにみんな好きなように行動を始めた。

私は特に行きたい場所もなかったので、すぐにいつもの宿へと向かった。


さすがにもう陸酔いはしなくなったが、波の揺れがないと少し寂しい。


部屋で一人荷物を整理しながらそんなことを思う。


ウィルは宿までついてきてくれようとしたが断った。

気まずかったからとかではなく、単純にもう場所も覚えたし自分の身は自分で守れるからというだけのことだ。

それでもウィルは、なんらかの後ろめたさを感じているのか少し申し訳なさそうな顔をしていた。


それでも私に気を遣うのはやめたのか、それとも私の諦めるという言葉を信用しなかったのか、上陸してから連日女の気配がする。

まるで私にわからせてやりたいかのように、露骨な情事の匂いをさせていた。


全く傷付かないかと言えば嘘になる。

それでもなんでもないフリは出来た。


数日で船旅は再開し、表面上は日常を取り戻したように思えた。

ウィルとも告白以前の関係に戻れているし、船員達とも仲良くやれている。


ただ、私の心の中での変化は少しあった。

私はウィルにとって、この船にとって必要なのだろうか。

そんなことを考えるようになった。


私が役に立てることは少ない。

料理はもうアランや他の船員達もある程度出来るようになって当番制になったし、掃除や修繕なんかはそれこそ誰にでも出来る。力仕事にいたっては、最初からアテにされていないせいで声もかからない。


だからせめて、と鍛錬の時間を増やした。

幸い、剣の腕だけは戦闘能力の高い船員たちの中でもそれなりの立ち位置にいられる自負がある。


女として側に居ることが叶わないなら、せめてこの船の剣になりたい。

そんなふうに思うようになった。


少しでも仲間として役に立てるように、率先して戦場で暴れまわった。

何の因果か、海軍を撃退して以来戦闘回数が増えている。

おかげで活躍の場は増えた。


より多くの敵を撃破出来るように、防御は捨てた。

もともと護りに重きを置く戦闘スタイルではなかったから、攻め一極に転じることでより速く動くことが出来る。

もちろん致命傷を受けることは紙一重で避けたが、おかげで生傷は絶えなかった。


戦闘を重ねるたび傷跡は増えたが、それを嘆く必要もない。

それを見る人などいないのだから。

なげやりになったりヤケになったりしているつもりはなかった。

ウィルの役に立てるならそれでよかった。


* * *


「やあレーナ。手伝うよ」

「ありがとうアル。でももう少しで終わるから大丈夫」


食堂で夕食の片付けを一人でしていると、アルフレッドが様子を見に来てくれた。

今日も小さな海賊団を返り討ちにしたところだったから、さっきまで船内は少しバタバタしていた。

アルがここに来たということは、上はもう片付いてみんな解散したのだろう。


「少し話があるんだ。一緒に片付けるから時間もらえるかな」

「そういうことなら。実はまだやること結構あるの」


正直に白状して肩を竦めてみせると、アルフレッドは「喜んで」と嬉しそうに微笑んでくれた。

雑談をしながら食堂の片付けを終える。


「そういえば話ってなんだったの?」


明かりを消して、廊下に出ながら問う。

アルの話とはなんなのか。もしかしたら雑談の中に話したいことが紛れていたのだろうか。


「告白をしようと思って」

「告白?」

「そう」


首を傾げる私に、アルが手を差し出す。

特に抵抗もなくその手に掴まって、導かれるように歩き出す。


「ずっと伝えようか迷ってたんだ。けど、やっと決めた」

「なぁに? なにか隠し事でもしてるの?」

「ふふふ、そう。とっておきの秘密」


楽しそうに話すアルフレッドに、私もつられて小さく笑う。

私の手を引いて少し先を歩くアルフレッドが、振り返って意味深に微笑んだ。


「どこに向かってるの?」

「星が綺麗だから、外で話をしよう」

「素敵ね」


外に出ると甲板はすでに粗方かたづけられていて、船員たちは皆船内に引き上げたようだった。

静かな船上で、勧められた椅子に腰を掛けるとアルも隣に座った。


空にはアルの言う通り星が無数に瞬いて、もう何度も目にしているというのに改めて見惚れてしまう。


「本当に綺麗……」

「レーナの方がずっと綺麗だ」

「ふふ、アルったらまたそんなこと言って」

「本気で思ってる」


声のトーンが変わったことに気付いて、空から視線をアルに移す。

いつもの軽口とは違うのだと、すぐに気付いた。

アルはじっと私を見ていて、笑みに近い表情をしていたけれど目は真剣だった。


「好きだよ」


眩しいものでも見るように目を細めながら、いつも口数が多いはずのアルがそれだけ言った。

だからそれが本気なのだとすぐにわかった。


心臓が大きな音を立てて、キンと耳鳴りがする。

波の音が消えて、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。


「……いつ、から」

「ずっとだ」

「ずっと……?」

「うん。もう何年も前から」


そんなはずはない。だってこの船に乗ってからまだ一年だ。なのにどうしてそんなことを。

それに彼に好かれるようなことを何もしていない。船の中にたった一人の女だからという理由だけで好かれるとは到底思えなかった。


「レジーナ。俺はキミと会ったことがある」

「っ、どうして、」


唐突に本当の名前を呼ばれて動揺する。


彼は一体何者なのか。私を連れ戻しに来た誰かなのか。いやそんなはずはない。アルは私が船に乗る前からここのメンバーだったのだから。

では私がここに来たこと自体が仕組まれたことだったのか。でも、だとしたら一体なんのために。


さまざまな疑念が脳内に渦巻く。

その混乱を見て取ったのか、アルが困ったように苦笑した。


「安心して。敵じゃないから」


言って静かに立ち上がる。

私の正面に来ると、スッと跪き頭を垂れた。


「……レジーナ・アーヴァイン嬢。不躾な質問をお許しください。貴女はなぜ強く在れるのですか」


少し芝居がかったセリフ。

その言葉には聞き覚えがあった。


記憶の線がゆっくりと繋がっていく。


切実な瞳。

苦しそうに歪む顔。

必要以上に理性的で無感動に見えていた彼。

垣間見えた本音。


「ウォルターズ、侯爵家の……」


無意識に口にした言葉に、アルが顔を輝かせた。

今まで見たこともないくらい嬉しそうに笑うその表情は、記憶の中の彼とは重ならない。

だって彼の笑顔なんて、一度も見たことがなかったのだから。


「本当に……? だって、全然、その……」

「あはは。あの頃は真面目な優等生でつまんない人間だったからね」


照れくさそうに言って、それから大きくため息をついて両手で顔を覆いながら脱力したようにその場にうずくまる。


「……良かった。覚えててくれた。なんかもうそれだけで十分」


噛みしめるように呟かれた声は少し滲んで、上げられた顔には泣き笑いの表情が浮かんでいた。


それはやはり、私の記憶の中のアルフレッド・ウォルターズとは大きく異なっていた。

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