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43.女子力向上委員会

「よう」

「おはよう、ウィル」


翌朝、宿の食堂で顔を合わせて挨拶を交わした。

ウィルは予想通り、本当にいつも通りにしてくれる。

私も思っていたより努力の必要もなくいつも通りに出来たと思う。


「よく寝れたか」

「おかげさまでぐっすり」


気のせいか、今日は女性の気配がないような気がしなくもない。

気を遣わせちゃったかな、申し訳ないことしたなと思いつつそこはやはり少し嬉しかった。


「あ、そこの塩を取ってもらえる?」

「はいよ」


パンをくわえながら、長い腕でテーブルの端に置かれた塩の瓶を取ってくれる。

何気ない日常の仕草でさえ格好いいってどういうことだろう。


「ウィル」

「あん?」

「好きよ」

「んぐふっ」


塩を受け取りながら言うと、ウィルがパンを喉に詰まらせむせる。


「おまっ、なに、げほっ」

「私の心身の健康のために心に溜めておくのはやめようと思って」

「はぁ?」


にっこり笑って答えると、ウィルが思い切り顔を顰めた。

その顔も好きよ、と言うのはさすがに控えた。


だって気持ちをぶちまけてしまった以上、もう隠す必要はないのだ。

私がウィルを好きということを忘れないとは言ってくれたが、ウィルはともかく私までこれまで通りに振る舞っていては伝えた意味もない。

だから好きと思った瞬間、かっこいいと思った瞬間は素直に口にすることにした。

けれどしつこくならないように、迷惑にならないように適度にだ。

それと、周囲の空気を乱さない程度に。

幸いみんなは食事と会話に夢中で、ボリュームを抑えた私の声は届いていない。


それに前世では、男性は好き好き言われるとその子のことが気になってしまうというのを聞いたことがある。

あわよくばうっかり食指が動いてくれないだろうか。

そんな小狡い目算もあった。


「ね、早く食べないと冷めちゃうよ?」

「おまえなぁ……」


未だわずかにむせるウィルにシレっとした顔で言うと、ウィルが思い切り渋面を作った。


「この宿、ごはん美味しいよねぇ」

「……そーですね」


反論をしようにも人が多い。

諦めたのか、ウィルがムスッとした顔で食事を再開させた。


「その顔も好き」


ああ、結局言っちゃったな。

うっかり声に出したあとで気付き、反省しながらサラダを口に入れ咀嚼する。

どうやらすっかりタガが外れてしまったらしい。

涼しい顔の私とは対照に、ウィルはなんとも言えない珍妙な顔をしていた。



朝食を終えて真っ先にラナを探して会いに行く。

午前中は気合いが入らないといって薄化粧のラナは、それでもうっとりするほどの美女だった。

私はうっかり告白したことと振られたことを伝え、彼女に美の教えを請うた。

まかしときな、と力強く請け負ってくれたラナに一日ついて回り、今持てる全ての財力を放出して美容に良さそうなものを買い込んだ。


出航までの残り日数はそんな感じで、引きこもっていた日々を取り戻すかのように海賊島を歩き回ることができた。


その間ウィルは夜の訪問を控えることにしたらしい。

とても残念だったが、至極真っ当な判断だと思われる。

隙あらば好き好き言ってくる女と密室に二人きりなんて、身の危険を感じたのだろう。

言い控えるつもりはなかったが、ほんの少しだけ反省をすることにした。


* * *


港には見送りの人で溢れている。

女性が多いのは、我が海賊団に魅力ある男性が多数いるせいだろう。

顔を見れば皆満足そうで、充実した滞在期間となったようだということが窺えた。


最後にラナと抱き合って別れを交わし、船に乗り込む。


「すっかり懐きやがって」


先に乗船していたウィルが、私を迎えて呆れたように言った。

どこか面白くなさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「妬いてるの?」

「は? ちげぇし」


ムスッとした顔で即座に否定する。

後半は私がラナにつきまとっていたせいで、手を出したくとも出せなかったのだろうか。

それは悪いことをしてしまったと素直に謝ろうとしたのに、余計なお世話だったようだ。


船は無事修復を終えて、トラブルもなく海に出ることに成功した。

しばらく慌ただしく立ち働いたのち、またいつもののんびり船上生活に戻っていく。


島にいる間、最初は戸惑ったり動揺してくれていたウィルも、好き好き攻撃にすっかり慣れてしまったのかすぐに通常営業に戻ってしまった。

乗船してからは夜の訪問も再開して、好きだのかっこいいだの言っても適当に受け流されてしまう。

まぁそんなもんだよなと思いつつ、動揺してくれた時の嬉しさを思い出してため息をつく。


それからフルフルと頭を振って、このままじゃダメだと頭を切り替える。

恋愛対象に見てもらうのは無理だとしても、うっかり血迷ってその気になってもらうくらいは出来るかもしれない。

そう一念発起して、自己改善に励むことにした。


けれど思い立ったはいいが、経験がなさすぎて目標設定が難しい。

せめて前世で女性誌とか恋愛指南書とかを読んでおくべきだった。

今更後悔しても遅い。

残念ながら私の恋愛関連の引き出しは、二度の人生を経ても空っぽのままだ。


背に腹は代えられないと、船員に相談しても望む成果は得られなかった。


まず、どうすれば色気が出るのかアランに相談したら「そのままで十分だよ」と目を泳がせながら言われた。アランは優しいから「何をやっても無駄」と明言するのを避けてくれたのだろう。


次に、魅力的な女性の定義をアルに聞きに行った。

アルの挙げる女性像は様々で、彼に語らせればどんな女性も魅力的な人になれてしまう。

それはアルの特技であり美徳でもあるのだが、私自身の魅力の底上げの参考にはならなかった。


テオには、私の顔や体格に合う髪型やメイクの指導をしてもらった。

悪くはなかったが、もともと派手な顔立ちのせいで、変化がわかる程度に化粧をするとどうしてもケバくなってしまう。

テオも一生懸命考えてくれたが、結局は今のままが一番無難ということに落ち着いた。


何より顕著なのはウィルの反応だ。

なにをどう頑張っても一切脈はなく、がっかりするばかりだ。


この間、約一ヵ月。


その中で海賊との小競り合いが二回ほどあり、もちろん張り切って参戦した。


それがこれまでの努力の中で、一番彼の関心を買った。

頑張れば頑張っただけ褒めてくれるのは、戦闘と料理だけだ。


だからもう、女子力向上については肌と髪の手入れだけにして、似合わない化粧やおしゃれはやめた。

もともと私には向いていなかったのだ。

これからは集中して料理と剣の腕を磨こうと諦めるまではすぐだった。

ただ、最後に。

物資の補給と修繕資材確保のため、また陸へ上がろうとなった時に。

ふと思い立ち、当たって砕けろの精神で試しに夜這いをすることにした。


だって一ヵ月だ。

男性としての限界がどれくらいかは分からないが、もしかしたら据え膳を食べてくれるかもしれない。


そんな浅はかな思い付きだった。

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