41.無様な告白
船を修理して島に停泊している間、ウィルからはずっと違う女性の匂いがしている。
前は平気だったのに、恋心を自覚している今は耐えられなかった。
ラナとは最初の一夜だけだったらしく、せめて彼女だったらと思ってしまうのも嫌だった。
女として完全に負けているから。彼女に参っているというのなら納得できるから。
そういう次元の話ではないのに、そう思うことで自分を慰められたのに。
それさえもさせてくれないのだ。
もう一週間が経つが、今回の停泊期間は修理が大掛かりなせいでまだ長い。
船の中ではないせいか、夜の逢瀬は減っていた。
私自身、意識してウィルと距離を取るようにしているのもあって、顔を合わせる時間自体が少なくなっていた。
外に出れば嫌でもウィルと女性たちが一緒にいるのを目にするから、必然的に部屋に閉じこもることが多くなる。
たまにラナが訪ねてきて、髪や肌のお手入れアイテムをくれて、話をしていってくれるのがせめてもの救いだ。
何故かラナにはウィルが好きだということが一瞬でバレていて、恥ずかしかったが冷やかされたり無謀だと諭されることはなかった。
それどころか「あんた可愛いんだからイケると思うよ」なんて気を遣われる始末で、逆に居た堪れない気分になったりもした。
そうやって逃げ続けて、一週間まともに顔を合わせていなかったから。
「よう。元気か」
心配してくれたらしいウィルが、夜に宿の部屋を訪ねてきた。
嬉しい反面、こうやって気を引いてここに来るように仕向けた気がして、自分の浅ましさに嫌悪感が募る。
貴族生活をしていた頃はこういう手練手管を自慢げに披露する女性が多かった。
そんな話には興味がなかったはずなのに、無意識にそれを実践してしまっていたのかもしれない。
「元気よ。ウィルも元気そう」
「まーな。あんま外出てねぇみたいだがこの島は退屈か?」
「ううん。刺激的で楽しいわ。ラナもよくしてくれるし」
「ずいぶん気に入られてんなぁ。あいつ押し強ぇから迷惑だったらちゃんと言えよ」
「迷惑だなんて。いろいろ美容に役立つ知識教えてもらったりしてありがたいの」
「ふぅん? そういや肌ツヤが良くなったか」
そう言っていつもの距離から私の頬に手を伸ばす。
ふわりと化粧品の香りが漂って、反射的に身体を強張らせる。
ウィルの手が私に触れる寸前でぴたりと止まった。
「……悪い、つい」
「あ、ち、違うの!」
ウィルが手を引こうとするのを慌てて掴んで止める。
触られるのを嫌がったわけではない。むしろ触れてほしいくらいだ。
この一週間どんなに避けたって、どんなに目を逸らしたって、会いたい気持ちは強くなる一方だった。
自分で選んだことなのに、ウィルと話せないのが寂しくて仕方なかった。
ウィルは少し困った顔をしている。
私の支離滅裂な行動に戸惑っているのだろう。
私だって自分の突飛な行動に混乱している。
どうしたらいいのかわからない。
でもこのまま固まっているよりはと、思い切って掴んだままのその手の平に頬をくっつけた。
「……どう? 少しはマシになってる?」
すり、と猫のように擦り付けウィルを見ると、予想外だったのかウィルの表情が固まっていた。
それを見て私も固まる。
自分から触るのは躊躇ないくせに、人に触られるのは慣れていないらしい。
そりゃそうだろう。こんな馬鹿なことをする女、ウィルの周りにはいないだろうから。
完全にやらかした。
これじゃあまた痴女扱いされてしまう。
内心パニック寸前でいると、するりとウィルの指が動いた。
「わっ、……う、」
「……うん。悪くねぇ」
「そ、そう? 髪もほら、」
なんとか会話が繋がったことにホッとして、これ以上変な間が生まれないように焦って続ける。
ウィルは髪にこだわりがあるみたいだから、短くなっても髪質が良くなれば多少は喜んでくれるかもしれない。
そんな期待も込めて少し俯きながら言った。
久しぶりにきちんと会話をするから、舞い上がっている自覚はあった。
そう、自覚はあったのだ。
なのに私は気を引き締めるということを怠ってしまった。
ウィルの手が私の頭に触れて、毛の流れに沿うように何度も行き来する。
「ホントに短くなっちまったんだなぁ……」
「……短いの、好きじゃない?」
どこかしみじみと言われて切なくなる。
そんなに前の長さが気に入っていたのだろうか。
そういえばラナの髪も長かった。
綺麗な赤毛は緩くウェーブして、まるで炎のようだ。
豪快で快活な彼女によく似合っている。
「いや別に。こっちのが動きやすそうだしおまえによく似合ってる」
「ホント?」
「ああ。丁度良かったんじゃねぇか。毎日テオにやらせんのも面倒だろ」
「えっ、テオやっぱ面倒くさがってた!?」
「ばか、おまえがだよ」
「私?」
「毎朝頼みに行くの億劫だろ」
「そんなことないよ。いつもいろんなアレンジしてくれるから楽しかったし」
「あっそ」
「なによ」
「なんでもねぇよ」
つまらなそうに言われてムッとする。
短い髪に興味がないのだとしても、もうちょっと関心を持ってくれたっていいのに。
でも、髪型と髪質を気に入って誘拐したのだとしたら、がっかりする気持ちもわからなくはない。
そう考えて深く落ち込む。
私の価値ってそれだけしかないのだろうか。
言われてみれば髪を切って以来なんか素っ気なくない?
この島についてから女の人のところに入り浸りだし。
まぁ私も避けてるからそのせいもあるんだけど。
無言でジトっとした目を向けると、ウィルがわずかにたじろいだ。
「……なんだよ」
視線のせいで責められているような気分にでもなっているのか、少し気まずげだ。
「ねぇ、……私がいると役に立つ?」
「ああ? そらもちろん。料理も剣技もピカイチだしな」
こういう風に答えてくれるってわかっていてこんなこと聞くのは卑怯だ。
わかっていて、ウィルから離れなくていい理由を探している。
「髪が短くても?」
「髪がなんか関係あんのか?」
「だってウィル、髪フェチでしょ」
「ちげぇわばか」
どこ情報だ、と呆れたようにウィルが顔を顰めた。
そうしてまた私の頭を撫でる。
「だいたいそうだとして、さっき言ったろ。よく似合ってるって」
「……言った」
「お世辞とか言わねぇよ。本心だ」
「うん……」
「なんだ? なんか悩んでんのか?」
「別に。綺麗な人いっぱい見てちょっとへこんでるだけ」
「ぶはっ、おまえでもそういうこと考えるんだな」
何にウケたのか、笑いながら私の頭をわしゃわしゃと掻き回す。
「考えるわよ。私をなんだと思ってるのよ」
今までなら女らしさの優劣なんて確かに考えたこともなかったけれど。
今は目の前で屈託なく笑うこの男に、少しでもよく思われたいなんて卑しいことを考えている。
「なにって。強くてかっこいい女だと思ってるよ」
さらりと言われて言葉に詰まる。
それはずっと誰かに言ってほしかった言葉だ。
ずっとそういう人間になりたくて、重ねた努力は報われずに追放された。
欲しくてたまらなかった評価を、この男がくれるのか。
泣きそうなのを見られたくなくて、ベッドの上で膝を抱えて俯く。
ウィルにとっては特に意味もない、からかいの延長なのかもしれなくても嬉しかった。
「レーナ……?」
頭を撫でる手が止まる。
私のリアクションに困惑しているのだろう。
戸惑いが手の平から伝わった。
「……今日は女の人のところに行かないでって言ったら困る?」
言った瞬間、馬鹿なことを言ったと後悔した。
顔から血の気が引いていく。
おそるおそる顔を上げてみると、ウィルが怪訝な顔をしたあとで、何かを察したように手がゆっくり離れていった。
卑怯な言い方をしたことを深く恥じて、一瞬で顔が熱くなる。
なんだこの気持ち悪い女は。
そう自分を罵倒したい気持ちでいっぱいだった。