38.私は戦うことを選んだ
まぶたの向こう側が明るい。
どうやら朝が来たらしい。
少し寝坊してしまったようだ。
頭が重く、まぶたがなかなか開けられない。
いつもより疲れが残っているみたいだ。
どうしてだっけ、と寝ぼけた頭で考えて、少しずつ昨日の出来事を思い出していく。
ああそうか、昨日はいろんなことがあった。
海軍が来て、問答無用で襲われて、応戦して、それで。
それにしてもなんだかいつもよりベッドが狭い気がする。
漫画みたいに、酔っぱらって何か大きい荷物でも拾ってきてしまったのだろうか。
そのうえ謎の拘束感があって身動きが取りづらい。
一体どういう状況なの?
ぼんやりした頭のまま、薄く目を開ける。
「起きたか」
「ひぃっ」
「ひぃっておまえな……」
若干傷付いたようなリアクションで、目の前の男がぼやく。
「なっ、ななな、なんで」
「どっかの誰かさんがしがみついて離してくれなかったもんで」
疲れたように言ってあくびをする。
言われてみれば私の腕はウィルの背中に回されていた。
どうやらあのまま寝てしまったらしい。
一気に昨夜のことを思い出して全身が熱くなる。
「ごっ、ごめん!」
慌てて手を離しウィルを解放しようとするが、背中にウィルの腕が回されていて思うように動けなかった。
なるほど謎の拘束感の正体はこれか。
気付いたところで落ち着けるわけもないのだけど。
その上もう片方の腕は何故か私の首の下で腕枕状態になっている。
これで動揺するなという方が間違っている。
「おめー力つえーよ」
深いため息とともに、呆れたように言いながら何故かウィルが私の頭を撫でる。
げんこつでも食らうならまだしも、優しく触れられたら混乱が深まるばかりだ。
顔を真っ赤にして戸惑っていると、ウィルの手が私の頬に触れた。
「元気になったか」
「……うん」
問われて自分の状態を確認してみれば、震えは止まって心はすっきり整理できていることに気付く。
全ての不安がなくなったわけではないけれど、ウィルのおかげでだいぶ心が軽くなっていた。
「もう大丈夫」
「無理してねぇか」
「してない。心配?」
「そらそうだろ……」
人を殺すということに、完全に開き直ることはまだ出来なさそうだ。
だけどこの船が襲われたらきっとまた同じことをする。
相手が強くなくても、みんなが苦戦しなくても、次からは積極的に戦闘に参加するだろう。
いつかはそれを後悔する日が来るかもしれない。
血で汚れた手を見て、絶望するときがあるかもしれない。
でも、もうそれでいい。
そんな日が来ても、私はきっとそれを受け止められる。
ウィルがこうやって私のために心を砕いて、心配してくれるなら。
「ありがとう、ウィル」
素直に微笑んで言うと、なんとも言えない顔をされる。
なんか変なこと言ったかしら、と焦りかけたがすぐに安心したような表情になった。
「なら、いい」
言って抱きしめられる。
それにどんな意味があるかは分からないが、どぎまぎしながら抱き返した。
トクトクと、ウィルの心臓の音が聞こえる。
それに聞き入るようにうっとり目を閉じる。
しばらく静かな時間が続いて、それからウィルの大きな手の平がポンと私の後ろ頭を叩いた。
「……おし、メシにすっか」
「うん!」
ずっとこのままでいたかったけれど、名残を惜しむ気持ちを押さえて元気に返事をした。
ウィルのおかげで今日も一日元気に過ごせることだろう。