36.私とダンスを
甲板ではすでに酔っぱらった船員たちが音楽に合わせて適当に踊っている。
その真ん中に連れ出され、腰を抱き寄せられた。
絶妙なタイミングで足を踏み出す。
アルのリードは上手く、何故か宮廷式ダンスをそつなくこなすので驚いた。
私は親につけられた教師にしっかり教わったが、貴族でもなければわざわざ習ったりはしないだろう。
「どうして踊れるの?」
「女の子にモテそうなことは一通りね」
そう言ってぱちりとウィンクをして見せる。
それは確かにアルらしい。
呆れと感心で苦笑すると、アルがとても魅力的で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「船長も少し踊れるよ」
「そうなの!?」
「たぶんね。昔俺が仕込んだから」
「どういう状況なのそれ」
「二人でナンパしようと思って無理やりね」
「貴族のパーティにでも忍び込んだの?」
「そんな感じ」
冗談で聞いたのに肯定されて笑う。
モテるための努力には余念がないらしい。
「上手くいった?」
「かなりね。女性達がわんさか寄ってきたよ。主に船長にだけど」
「あはっ、ダメじゃないそれじゃ」
「男前なのに下手なのが良かったみたい。母性をくすぐるのかな」
当時を思い出したのか無念そうに言って、アルがため息をつく。
「レーナも誘ってみるといい。絶対嫌がるから」
意地悪な顔で言うのに笑ってしまう。
その時の仕返しをする機会を狙っていたのだろうか。
曲が終わるとアルが律儀に一礼して離れていく。
そのまま演奏者のもとに行って二、三言話したあとで、私を振り返り目くばせを送ってきた。
曲調が変わって、少し早いテンポの曲が流れだす。
たぶん、ウィルが踊れるという曲をリクエストしてくれたのだろう。
本当に踊ってくれるだろうか。
踊れると聞いてしまえば、それはもう俄然見てみたい。
甲板を見回すと、船首近くでテオ達と飲んでいたウィルと目が合った。
私とアルの企みも知らず、ウィルが呑気にお酒の入ったグラスを掲げて見せる。
もっと飲めと言っているのかもしれない。
少し考えて、ウィル達のもとへ歩み寄る。
間違ってもウィルから誘ってくるようなことはないだろう。
ならば道はただひとつ。
「一曲いかがですかお嬢さん」
「ぶはっ」
アルの真似をして気取った誘い文句を口にすると、ウィルが飲んでいたお酒を噴き出した。
両隣にいたテオとシャルロが爆笑している。この二人がこんなに笑っているのは珍しい。
私同様、結構酔っているのかもしれない。
「……踊れねぇよ」
口許を拭いながら、私を見上げてウィルが言う。
「アルが踊れるって言ってた」
「ぁあ? ……ったくあいつ何年前の話してんだ」
不機嫌に言って、アルのいる方に恨めし気な視線を向ける。
アルはすぐに気付いてこちらを見たが、微笑みながら流し目を送るだけだ。
苦り切った顔で舌打ちをするウィルに、シャルロが「行ってきたらどうです」と言って背中を押した。
ウィルが渋々立ち上がる。
「ね、踊ろうよ」
「……足踏んでも知らねぇぞ」
「それくらい避けられるもの」
挑発的に笑ってみせると、きょとんとしたあとでウィルが笑った。
「ま、確かにあんだけ動けりゃな」
言いながら私が差し出した手を取る。
「上手くリードしてくれよ王子さん」
「こんなガラの悪いお嬢様イヤだわ」
すかさず飛んできた蹴りを、ひらりと跳んで躱す。
着地と同時にウィルの手を引き軽やかな足取りで中央へ出た。
囃し立てる声があちこちから上がる。
アルの言う通り、上手ではないしぎこちないが、本当に踊れていることに驚く。
もともと運動神経は抜群に良いのだ、私がリードをすれば、上手く合わせて動いてくれた。
「すごい! 踊れてる!」
「がっかりか?」
「まさか! 楽しい!」
全開の笑みで応えると、ウィルが面食らった顔をした。
別に下手なことを期待して踊らせたかったわけではない。
ただウィルと踊ってみたかっただけなのだ。
それに、上手くはないが不思議と不格好ではない。スタイルも体格もいいからだろうか。堂々たる風格もある。
これで貴族の集まりに混ざれるように着飾ったなら、相当かっこいいはずだ。
ぎこちない動きも、硬派な男なのだと解釈すればなんとも胸をくすぐる。貴族のお姉さま方はそういうところにやられてしまったのだろう。
手を絡め、腰を抱かれ、密着するのは恥ずかしかったがどうしようもなく嬉しい。
ずっとニマニマしていたせいだろう、ウィルが呆れて「酔っ払い」とため息交じりに言ってくる。
「へへ、お酒ってたのしいね」
「もーおまえあんま飲むな」
「なんで。やっと飲み方わかってきたのに」
「全然ダメ。なっとらん。ヘラヘラしやがって」
言ってることは横暴そのものだが、ウィルだって楽しそうに笑ってる。
どうせみんな酔っているのだ。
勝って、生き延びて、高揚していた。
とても楽しい夜だった。
何も考えず、誰にも煩わされず、このまま一日を終えられると思っていた。