35.船上パーティー
綺麗に切りそろえられた髪に満足して立ち上がる。
「ありがとうテオ。おかげでさっぱりしたわ」
「良かった。長いのも似合ってたけど短いのもいいね」
「テオったらなんでも褒めてくれそう」
褒め上手ね、と笑うとテオが苦笑した。
「晩御飯の準備、やっぱり手伝ってくるね」
「そう? じゃあ俺も行こうかな」
「レーナ真面目だなぁ」
「エミリオにも見習ってほしいぜ」
「つうかエミリオどこ行った」
「またサボってるに決まってんだろ」
エミリオの文句を言いながらみんなも自分の持ち場に戻っていく。
テオと厨房に向かおうとすると、前触れなく扉が開いて反射的に飛び退る。
「あっ、ごめん!」
「いいよ。いい反応速度だ」
後ろにいたテオにぶつかってしまったが、テオは文句も言わず笑って私の身体を受け止めてくれた。
「わぁ! ごめんレーナ! うわっ! すごいかわいい! 似合ってる!!」
大量の荷物を抱えたアランが、船内から飛び出してくるなり勢い込んでそんなことを言う。
キラキラした顔が眩しくて思わず目を細めてしまった。
「ありがとアラン、なんだかすごい荷物ね?」
「これ全部ごはん。ていうかツマミだよ!」
テンション高く言って、積み重なる箱をドカッと床に置いた。
「オラどけアラン邪魔だ!」
「わっ!」
アランの身体を押しのけるようにしてうしろからウィルが出てくる。
こちらも荷物が大量で、主に酒瓶を抱えていた。
あとから続く他の船員達も、皆両手に食べ物やら食器やらを持ってきて、甲板はあっという間にピクニック会場のようになってしまった。
あと半月は航海する予定の食糧のうちの、半分はこの場にありそうだ。
おしゃれなテーブルや椅子もなく、レジャーシートなんてものももちろんない。
それどころか甲板は今やあちこちの板がはがれてボロボロだ。
それでも誰も気にせず中央に集まって、月明かりを照明に、地べたに座り祝勝会という名の宴会が始まる。
「こんなに食べちゃって大丈夫なの?」
心配になって問うと、隣に座ったアランがニコッと笑った。
「今回の損傷が激しかったから進路変えるってさ」
「どこに?」
「海賊船でも修理してくれるところ。それに闇医者がわんさかいる」
「なんか明らかに怪しい場所ね……?」
「海賊しか入れない健全な島だ」
いつの間にか逆隣に座っていたエミリオが得意げに言う。
全く健全ではないと思うが、それはそれとして今までどこでサボっていたのだろう。
「ここから一週間もしないで行けるんだ。だから今日は食糧大放出」
「酒もな」
「シャルロ様の許可が出たからな」
「あいつ切り詰めすぎなんだよいつも」
「節約家ってよりケチなんだよ、ケチ」
「聞こえてるぞ」
「ごめんなさい!」
近くにいた船員たちが口々に文句を言って、少し離れたところで飲んでいたシャルロに睨まれて一斉に口を噤んだ。
みんなシャルロには弱いらしい。怒らせたら食事抜きになったりするからだろう。
確かにシャルロはかなりの倹約家だ。
船員たちが無事に航海できるようにという配慮ももちろんあるが、元々の気質もあると思っている。
でもそのシャルロが大丈夫と判断したのなら本当に大丈夫なのだろう。
だから安心して食事とお酒に手を付けることにした。
あまり強くないということは自覚していたが、気分が高揚しているのかペースが速くなる。
ほわほわと身体が温かくなって、楽しい気持ちだ。
食事もアランがメインで作ったらしく、簡単なものではあったが全体的においしい。
たまに誰が作ったのかひどいのも混じっていたが、それもまた話のタネになった。
月が高く昇って、酔いも回り始めたころ。
どこからか音楽が聞こえて視線を上げる。
怪我の少ない何人かが、いつの間にか楽器を手にして好きなように演奏を始めたところだった。
どこにしまっていたのか分からないが、それを操る手の的確さに驚いた。
ヴァイオリンにトランペット、アコーディオン。
そのバランスがどうなのかは私にはわからないが、腕はなかなかのようだ。
それに合わせて歌いだす者までいる。
「みんな上手なのね」
感心して呟くと、「俺も怪我してなきゃ聴かせてあげられたんだけどねぇ~」とほぼ無傷のエミリオが上機嫌で言った。
「エミリオも何か楽器出来るの?」
「え、カスタネットとか」
「阿呆」
「ワイアットは?」
「私は何も」
「フルートとか似合いそうなのに……アランは何か出来る?」
「オレは出来ないけど父さんはサックス吹けるよ!」
「へぇ!」
アランがまるで自分のことのようにミゲルのスキルを誇らしげに言う。
「聴いてみたいなぁ」
「オレも。でも船にサックスないんだよね」
「そっか残念……」
それにしても意外だ。
筋骨隆々なミゲルが楽器を奏でるなんて。
今演奏している彼らもそうだが、見るからに体育会系で血の気の多い武闘派の男たちが、楽器を弾きこなすというギャップがなんとも言えず魅力的に思える。
一体いつ頃、どんな経緯で覚えたのだろうか。
気にはなったが、なんとなく聞き出す気にはなれなかった。
テオの過去を少しだけ知って、みんなの演奏や歌を聞いて、今更ながらにそれぞれに過去があるのだと思い至る。
私の過去を聞かないでいてくれたのは、彼らも聞かれたくない過去があるからだろう。
「一曲いかがですかお嬢さん」
考え込みそうになった私の前に立ち、右手を差し出しながらアルフレッドが言う。
ダンスの誘いだろうか。
月に照らされたその立ち姿は、まるでどこぞの貴族のようだ。
酔った頭でぼんやりそんなことを思う。
ちょうどゆったりした曲が流れ始めていた。
私の好きな曲だった。
「喜んで」
だから微笑んでアルフレッドの手を取り立ち上がった。