33.沈黙、そして
空を仰ぐように立ち尽くし、何度も浅い呼吸を繰り返して息が整うのを待つ。
海軍は崩壊し、重傷者を引き摺って自船へ引き上げていった。
逃げていく船は追わなかった。
こちらにもそんな余裕は残っていなかったから。
重傷者が多数出ている。
幸いにも死者はいないが、激しい戦いだった。
しばらくは皆その場にへたり込んで、言葉もなくぼんやりするので精一杯だ。
けれどそのまま日常に戻ってくれないかなんて私の期待はかなわず、少しずつ船員たちの視線が私に集まり始める。
何を言われるだろう。何を聞かれるだろう。
今まで何故戦わなかったのかと責められるかもしれない。
女のくせに出しゃばるなと叱責されるかもしれない。
怖くて顔を上げることが出来なかった。
貴族暮らしをしている時は、こんなの当たり前だったのに。
女が鍛えてなんになる。男に勝って上に立ったつもりか。
腕を上げるたびに侮蔑と共に罵られ続けてきた。
だけど何を言われても、クリストフの婚約者として、彼を守るための盾としてすべきことをしているのだと毅然と胸を張っていられた。
たとえそれがさらに風当たりを強くすることだと知っていても。
この世界の男というのは、女が強いのが気に食わないのだ。
クリストフもそうだった。
子供のころは剣を習いたがる私に理解を示してくれたのに。
面白がって自分が剣の教師に習ったことを教えてくれた。けれどだんだん私が腕を上げて、彼に追いつくほどになった途端教えてくれなくなったのだ。
それまでは剣技の真似事をする私に眉を顰めるだけだった両親も、遊びの一環とは見做さなくなり、今すぐやめろと強く言い始めた。
思えばあの頃から、私という女を周囲が疎み始めたのだろう。
だからマリーの杜撰な計略にあっさり乗って、私を追い落とすのに協力したのだ。
それでここも追放されるのか。
かくんと顔を俯ける。
そうなるのが恐くて今まで言いだせなかった。鍛え続けることをやめず、いつでも戦える状態だったにも関わらず逃げていた。守られることに甘んじていた。
彼らだけでも十分戦えているから。私が出るまくなんてないからと。
だけどそれは彼らを失ってまで隠し通したいものではなかった。
私の中で何が大事か、失う恐怖を前にしてはっきり自覚してしまったのだ。
居場所を、みんなを守るために、私が私に出来ることをして嫌われるのはつらかった。
どこに行っても私はうまくやることが出来ないらしい。
自嘲の笑みを浮かべた瞬間。
「ひぇっ」
突然の浮遊感に間の抜けた声を上げてしまった。
後ろから抱き上げられたのだと、気付いた時にはウィルの肩に座るように担ぎ上げられていた。
「ちょっ、あぶなっ」
反射的にウィルの頭にしがみつく。
一体何を、と慌てる私に構わず、ウィルが口を開いた。
「勝利の女神だ」
短く言った瞬間、ワッと歓声が沸いた。
思わずぽかんとしてしまう。
口々に私を褒め、礼を言い、手を叩いて。
みんなボロボロで声を出すのもつらいだろうに、全開の笑顔だ。
「一番いい酒を開けるぞ今日は。いいなシャル」
「当然」
呆然とする私に構わず、ウィルが海賊団の財政を一手に引き受けるシャルロに言う。
シャルは深く頷いて、「こういう時のための高い酒です」と言い切った。
また歓声が上がる。さっきよりも大きい歓声だ。
「ありがとうございますシャルロ様!」
「いや船長様にも礼を言えよ」
「権限ないくせに何言ってんだクソ船長」
「肉も! 肉も頼んます!」
「わーかってるって」
そこここでガッツポーズと雄叫びが上がり、活気を取り戻した一気に甲板が騒がしくなる。
返り血だか自分の血だかわからない血まみれの男たちが、痛みも気にせず私たちの周りに集まり始めた。
「レーナマジですごかった!」
「めちゃくちゃ強ぇーじゃん! オレ感動して泣きそうになったわ」
「俺も! つか女神ってのガチで思うわ。動きがキレーでさぁ」
「わかる。見惚れててうっかり殺されそうになったもん」
私を取り囲むようにして船員たちが私を褒めたたえる。
料理を作った時の比でははなかった。
もはや熱狂と言って差し支えないほどの勢いに、戸惑うことしか出来ない。
「……私、まだここにいていいの?」
呆然と呟くと、ストンと肩から降ろされた。
肩が掴まれ、くるりとウィルの方を向かされた。
「誰が手放してやるかっての」
言い終わるなり、満面の笑みで思い切り抱きしめられる。
その力強さに息が詰まった。
「ちょっ、ウィル、くるしっ……」
小さくもがいても腕の力は緩まず、何も言わないままだ。
諦めて仕方なく身体の力を抜いた。
抵抗がなくなって少し力は緩んだけれど、抱擁はそのまましばらく続いた。




