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32.戦うお姫様 ※流血表現あります

「レーナ!」


すぐ近くで戦っていたテオが真っ先に気付いて声を上げる。

それが聞こえたのか、周囲で必死に戦っていた何人かがぎくりと動きを止めた。

ちょうど相手を斬り伏せたウィルが、ギョッとした顔で私を見る。


「馬鹿! すっこんでろっつっただろ!」

「だって放っておけるはずないじゃない!」


馬鹿なのは重々承知だ。

でもこんな状況で部屋で待っていられるはずなんてない。

仲間を皆殺しにされて、突入してきた海軍に囚われのお姫様ぶって救出してもらう?

そんなの冗談じゃない。

だったら海軍を罵って海賊の一味として殺される方がよっぽどマシだ。


「あ? なんだおまえあいつの女か?」

「いたいっ!」


私の髪をぐいっと強く引きながら男がいやらしい口調で問う。

海賊である私を見下し切った態度に腹が立った。


「おいやめろ! そいつに手を出すな!」

「ウィル危ない!」


隙だらけと判断したのか、横から突っ込んできた兵士をウィルが即座に斬り捨てる。


とっさに駆けつけようとした私の髪を、犬の鎖でも引くように海軍の男が引き留めた。

髪を引っ張られる痛みと屈辱に顔が歪む。

思わず振り返り男を睨みつけると、そこらの海賊なんかよりよっぽど下卑た顔でさらに強く髪を引かれた。


「やめろ!」


ウィルが慌てたように怒鳴る。


「よっぽど大事な女なんだな。ならどうすりゃいいかわかるな」


どこかの安い悪役みたいなセリフを口にして、男がにやりと笑う。

ウィルは悔しそうに歯噛みした後、構えを解いて剣を持った腕をだらりと垂らした。


馬鹿はどっちだ。

こんな飯炊きくらいしか能のない小娘なんて捨て置いて、戦えばいいのに。

みんなだってそうだ。こちらを気にして明らかに動きが鈍くなっている。


完全に自業自得で、考えなしな馬鹿女に気を取られるウィルの、疎かになった背後に敵が迫る。

その海兵のニヤニヤとした顔つき。

反吐が出そうだ。


大きく息を吸い込んで必死に怒りを押しとどめる。

腹が立って仕方なかった。


正式な手順も踏まず傍若無人に振る舞う海軍に。

小娘一人囚われただけで慌てる海賊たちに。

そして何より役立たずで足を引っ張るだけの自分に。


大きく息を吐ききって、ぴたりと止める。

同時に、頭皮が痛むのを無視して思い切りしゃがみ込んだ。


「うおっ、」


前振りもない動きに、逆に引っ張られる形になった男が前屈みにバランスを崩した。


腰に帯びた細い剣を躊躇なく鞘から抜き取り、素早い動きで自分の髪を根元から断ち切る。

次いで覆いかぶさる態勢になった男の、油断しきった無防備な喉元を斬り裂いた。

嫌な感触だった。

大量の血飛沫がパッと頭に降り注ぐ。

ぐらりと傾いだ身体が、倒れ込んでくる前に駆け出した。

呆けたウィルの、横をすり抜け剣を振り下ろそうとする兵士の腕を跳ね飛ばす。

その顔が痛みに歪むより早く、くるりと身を翻し走り出した。


「……レーナに続け!」


一早く衝撃から立ち直ったらしいウィルが、声を張り上げた。

戦場のあちこちで応える声が返る。

視界の端で、彼らが雄叫びを上げながら満身創痍の身体で兵士たちに突っ込むのが見えた。


押され気味になっていた彼らの士気が、再び上がるのが分かった。


もう大丈夫。

あとは私の役目に徹しよう。


乱戦となっている場に紛れ、ダンスのステップを踏むように兵士たちをすり抜け味方の援護に当たる。

敵と味方の隙間をすり抜け、武器を弾き飛ばし、腕を斬り落とし、少しでも仲間の有利になるように動き回る。


前世で言うところのゾーン状態とでもいうのか。

極度に高まった集中力のおかげで、周囲の動きが明確に見えていた。


これまで何度も訓練で打ち込む練習をしてきた。

そのどれよりも軽快に動けている。


海軍が儀礼的に身に着けるサーベルは、男性にとっては物足りない武器でも自分にとっては強力な獲物だ。

過去愛用していたレイピアよりも重くて若干扱いづらくはあったが、些細な違いだった。


受けるよりいなす。

まっすぐ突っ込むより旋回して攪乱する。

斬るより突き刺す。


その全ての動作を次の攻撃に繋げ、溜めを無くして舞うように。


幾度となく返り血を浴びる。

肉を断ち斬る生々しい感覚が、細い剣先から伝う。


イメージトレーニングでは感じ得なかった感触が、わずかに剣先を鈍らせる。

だがそれもわずかな間だけだった。

それを噛みしめている余裕なんてない。

今は一人でも多くの味方を助け、一人でも多くの敵を倒さねば。


群れを抜けて振り返る。

すぐに足に力を込め、屈んだ体勢から一足飛びにウィルのもとへ走り寄る。

私に気付き、動きを止めたウィルに少し笑ってその背後で驚愕している海兵の喉元に剣を突き刺した。


「油断しすぎ」


咎めるように言ってすぐに剣を引いて振り返る。

背中に放たれた剣戟を、返す剣で薙ぎ払う。バランスを崩した男の心臓めがけて鋭い突きをひとつ。

絶命を確認するより早く次の敵へ向かう。


身体は自然に動いた。

師を相手に何度も身体に叩き込んできた動きだ。

師のスピードに比べればスローモーションみたいな海軍兵の群れを、縫うように掻い潜りながら的確に機動力を奪っていく。


腕を。脚を。命を。

仲間を守るためだけに奪っていく。


目に入りそうになった血を手の甲で拭って、奥歯を噛みしめる。


これでもう本当に戻れない。


今更そんなことを思って唇の端が吊り上がる。

馬鹿みたいだ。

戻るつもりなんて、とっくになかったくせに。


こんな場所までのこのこ出てきた理由はなんだ。

彼らの心配をしてなんて可愛らしくも愚かな考えからではない。


ずっと戦いたかったのだ。

ウィル達と肩を並べて。

彼らの本当の仲間として。

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