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31.海軍来襲

「おはようテオ」

「おはようレーナ、アラン」

「おはよ~」


朝の厨房で軽く挨拶を済ませる。アランはまだ眠そうで、語尾にあくびが混ざっていた。


「今日は頭どうする?」

「編み込みでお願いします」

「了解」

「ふふっ」


いつものやり取りに、それを眺めていたアランが嬉しそうに笑う。


「どうしたの?」

「いやぁ、レーナがいてくれて良かったなって」

「ふふ、ありがとう。でもアランもすっかり料理上手になったじゃない」

「そうじゃなくってさ。なんかこう、いいなぁって」

「ええ? どういうこと?」

「あはは、なんかちょっとわかるな」


テオの同意に、アランが嬉しそうに「でしょ?」とかわいらしく小首を傾げながら言った。


「朝ってさ、前は起きるの面倒だったしごはんはまずいしで憂鬱だったんだけどさ。今はレーナがいてくれるから楽しい」

「ご飯も美味しいしね」

「やっぱり料理のことなんじゃない」

「いやもちろん朝だけじゃなくてさ。レーナがいるとこう、張り合いが出るっていうの?」

「船長が言ってた通りになったな」

「ウィルの?」

「ああ! 花を添えるってやつ!? なるほどなぁ。オレ、あん時はピンと来なかったけど今すっげーわかるかも」

「ええ? いやそれはさすがに……」

「ね。立派に福利厚生になってる」


二人にニコニコしながら言われて戸惑う。

そういえば一番最初にそんなこと言われていたっけ。すっかり忘れていた。だってそんな大層な役割、果たせていないし果たせるとも思えない。

化粧品もないし髪も傷む一方、身体つきだって相変わらず密かに鍛えているから豊かさの欠片もない。

服だって華美なドレスではなくただのワンピースだ。

しかも今着ているのなんて、もともと白だったものが褪せてアイボリーになったみたいな感じのだ。

これで花だの福利厚生だの言われても、なんだか申し訳なくなってしまう。


「はい、出来たよ」


どう返せばいいか悩んでいると、テオがポンと後ろ頭を軽く叩いた。


「あ、ありがとう」

「だいぶ伸びたよね。今度少し切ろうか?」


確かに髪が伸びた。ここに来たときは背中の半ばくらいまでだったのが、今は腰の辺りまである。

貴族暮らしの時は、三ヵ月もあれば三回は髪を切りそろえられていた。

ここまで長いのは、二度の人生で初めてかもしれない。


「切るのも出来るの? ホント器用よねテオって」

「傷の縫合は無理だけど」

「料理の味付けもね、いてっ」


変な謙遜をするテオに、アランがしたり顔で付け足して小突かれる。

ほのぼのした光景に思わず微笑む。


ああなるほど。アランが「なんかいい」って言っていたのはこういうことか。それならわかる。仲良しなやり取りって、見てる方も和むもんね。

すっきり納得して椅子から立ち上がる。


「よし! 今日も気合い入れて作ろう!」

「おー!」


両手で握りこぶしを作ると、アランが乗ってくれた。

テオはそれを見て笑いながら、「楽しみだ」と言った。


「テオは今日お昼から見張りだっけ?」

「うん」

「じゃあお弁当豪華にしておくね」

「あはは。ありがとう。じゃあエミリオには内緒にしておかないと」


二人一組の交代で当番が回ってくる見張りで、その相棒に内緒も何もないのだけど、テオは茶目っ気たっぷりにそう言った。


「エミリオはこの前サボってたからパンだけにしようかしら」

「それがいい。一番硬くなってるやつにしといて」

「文句言ってきたらお頭に吊るしてもらおう」


三人で悪だくみしながら朝食を作る。

実際にそんな意地悪はしないけれど、どんな悪戯をしようか話し合うのは楽しかった。



朝食を終えて、他の細々した仕事を積極的にこなしていく。

船内の掃除を丁寧にやって、また食事の準備に取り掛かる。

見張り台で食べるようにテオに持たせた弁当は宣言通り豪華にして、エミリオの分はそれより一品だけ減らしたものを作った。きっとエミリオはそれを目敏く見つけてテオにうるさく言うのだろう。

それを想像してアランと笑い合う。


テオとエミリオの見張りコンビを除いて、昼食は賑やかに進んだ。

私の仕事なのに、みんな積極的に片づけを手伝ってくれる。

いつも通りのことだけど、いつも本当にありがたくて嬉しい。


腹ごしらえと片付けを済ませて、さぁ午後の仕事に取り掛かろうとしたとき。


それは始まった。



「敵襲です」


食堂に駆け込んできたテオに注目が集まる。

また命知らずな海賊が実力差もわからず攻めてきたのか。

これもまたいつものことだ。

負け知らずの海賊団は、それくらいのことでは動じない。

けれど。


「海軍です、船長」


続く言葉にピリリと空気が変わった。

一気に不穏な気配が満ちる。

皆一様に厳しい表情になっていた。

当然だ。だって海軍だ。

海賊船だということがバレれば、捕まって処刑される。

どこの国の海軍だろうとそれは一緒だ。


身元を偽装して、航海理由を捏造して、言い逃れられる確率はどれだけあるだろう。

口頭での確認だけで済めばいい。だが船内をあらためられたら。

船倉には、半月前にあの不審な商船から奪った物品が積み上げられている。

それが見つかればただちに捕縛されるだろう。

むしろ、あの商船からの訴えで派遣された軍隊なのではないか。

だとしたら口頭尋問などで済まされるはずがない。


どうすればいいのだろう。

海軍がどれほどの規模で来たのかは分からないが、この船は速い。

今から船を旋回させて全速力で逃げれば、逃げ切ることが可能だろうか。

様々な不安が頭の中をグルグル回る。


ちらりとウィルに視線を移すと、物騒な光を目に宿した凶悪な顔をしていた。


それは危機感や焦燥感とはかけ離れた表情だった。


「全員武器を持って甲板に出ろ」

「はいよ」

「腕が鳴るわー」

「どっ、どうしてそうなるの!?」


ウィルのありえない言葉に、全員が躊躇なく頷く。

武器なんて持って相対したら、敵意ありと見なされて言い逃れをする間もなく実力行使に出られてしまう。

そうなったらもうおしまいだ。

素人の小娘でもそれくらいわかる。

なのに周りを見渡せば、全員が戦意に満ちた顔をして食堂を飛び出していくところだった。


「なんでそんな馬鹿なことを、だって、みんな捕まっちゃう」


焦る私に、ウィルが片眉を上げて表情を緩めた。


「ばーか安心しろって。いつもの海賊相手とそう変わんねーよ」

「変わるわよ! だって海軍なんでしょ!?」

「ああ。海軍だな」


言ってウィルがにやりと笑う。

海賊相手の時なんかよりもよほど楽しそうに。


「おまえは絶対に出てくるなよ」


ポンと頭に手を置いて、獰猛な笑みを浮かべながら食堂を出ていく。

その背に並々ならぬ気迫を感じて言葉を失う。


「行こう、レーナ」


アランが言う。

声は硬かった。いつもと違う事態に、アランも緊張しているのが分かる。

だけどウィルを止めてはくれなかった。

誰も止めてくれない。まるで海軍と戦うのが当たり前みたいに。

不穏な予感に、胸騒ぎがおさまる気配はなかった。



「絶対部屋から出ないで」

「ダメよアラン!」


私を部屋に押し込むようにして入れると、アランが甲板へと向かってしまう。

襲撃があった時、いつでもアランは私とここで待っていてくれたのに。

それだけでもう異常事態だ。

大人しく待っていられるわけもなく、すぐに部屋を出てアランのあとを追うように甲板への通路を急ぐ。

途中、何度も船が大きく揺れた。

容赦のない砲撃に、焦燥と疑問がとめどなく頭の中を溢れる。

停船命令もなく、誰何もなく、いきなりの攻撃なんてありえないはずだ。

私が生まれた国だけではない。

海に面したどの国も、まずは国籍と運航目的を尋ね、身分を確かめ、許可証などの書類を確かめる。

それで怪しいところがあれば尋問されて、しかるべき手順を踏んで拘束、連行の流れとなるのに。


ありえないほどに乱暴なやり方だ。

これは本当に海軍なのだろうか。

海軍を騙った新手の海賊なのではないか。

そんな馬鹿なことを思ってしまうくらいに、私の知る海軍の行動とはかけ離れていた。


不安を胸に甲板に繋がる扉の前に身を潜め、息を殺して外の様子を窺う。


「来るぞ! 全員配置に就け!」


怒号のようなウィルの声が聞こえてびくりと肩が竦む。

船員たちが鋭く応え、互いを鼓舞するように声を掛け合っている。


そっと扉を開け、隙間から覗き見て思わず息を呑む。

ちょうど海軍の船が接舷し、移乗攻撃を仕掛けてくるところだった。


こちらの倍はいるだろうか。

軍服に身を包んだ男たち数十人が、不安定な足場をものともせずに乗り込んでくる。


向こうの船に残った男が片手を上げた。

おそらくあの船の指揮官なのだろう。

その男が口を開いた。緊張が走る。


「皆殺しにしろ!」


頭のてっぺんから一気に血の気が引く。

憎しみさえ感じる声だった。

やはりおかしい。

なんの前口上もなく皆殺し?

これでは正義もなにもあったものではない。

こちらが何者かも確かめず殺せなんて、これではただの虐殺行為だ。


「やれるもんならやってみやがれ」


フンと鼻で笑って、ウィルが不敵に笑う。


何故こうも落ち着いていられるのか。

何故理由を問わずにいられるのか。


まるでこれが自分たちに対する正当な扱いだとでもいうように。


「行くぞ野郎ども!」


扉越しにもビリビリと振動が伝わるほどの大音声に身体が震える。


「おう!」


呼応して船員達も地響きのようなドスをきかせた声を上げる。


甲板は一瞬で戦場と化した。


激しい胸騒ぎに、扉に触れている手が震えた。

人数差はいつもの海賊相手では話にもならない程度のものだ。

けれど今回は相手があまりにも悪い。

近くで軍服を見てすぐに分かった。あれは私の母国の海軍だ。

国土の半分が海に面しているせいか、海軍の強さは近隣の国の中で随一だった。

それを思うと皆かなり善戦してはいると言っていいだろう。

それでもそこらの木っ端海賊とは違う、統率の取れた動きに、数の多さに、苦戦しているのが明らかだった。

ウィルもよく立ち回ってはいるが、数人を相手に旗色が悪そうだ。


戦闘は激化していく一方だ。

倒す数よりは少ないが、仲間が一人また一人と傷付き動けなくなっていく。


ドキンドキンと心臓の音がうるさい。

呼吸が浅くなって、口の中がカラカラだ。


堪えきれず細く開けた扉をもう少し開いた瞬間、


「女がいるぞ!」

「きゃあっ!」


声と共に扉が勢いよく開き、三つ編みになっている髪を思い切り掴み上げられる。

強引に甲板へと引きずり出され青褪める。


最悪の事態になったのは、火を見るより明らかだった。

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