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29.たとえ正しくはなくても

ベッドから立ち上がり、髪を一つにまとめる。


「……レーナ」


さあ行こう、と気合いを入れたタイミングで遠慮がちなノックと声が聞こえた。


「どうぞ」


対する私の声はいつも通りだ。

遠慮がちに扉から顔を覗かせたアランが、私の顔を見てホッとした表情をした。


「元気……?」

「うん。アランは元気なさそう」

「そんなことはないけど……」


言いたいことはたくさんあるのだろうに、言えなくてつらそうなアランに苦笑する。


「こっちに来て」


扉から動こうとしないアランに手招きすると、叱られた犬みたいな顔のまま部屋に入ってきた。

近い距離で向き合って、アランの両手を握る。


「私は大丈夫だから。気遣ってくれてありがとう」

「……嫌いになってない?」

「なるわけない」


きっぱりと答えて笑ってみせる。


そう、嫌いになんてなるわけがない。

いつもと違う一面に戸惑って、恐ろしく思って、どうしていいのか分からなくなっただけ。

でもきっと今私に見せてくれるこの表情だって嘘ではないのだ。


テオだってそうだ。

問い詰められるだろうことは分かっていたはずなのに、それでもタオルを持ってきてくれた。あの優しさは、彼本来のものに違いない。

商船の乗組員に見せた冷徹な表情もまた本当なのだとしても、それで今までの彼がなくなるわけではない。


だから信じることにしたのだ。

この船に私を迎え入れてくれた彼らのことを。

船長の言いつけを守って、私に何の手出しもせず紳士的でいてくれる彼らのことを。


もちろん今日の行いを正当化する気はない。

何か理由があってそうせざるを得なかったとしても、犯罪は犯罪だ。


でも、私は逃げないし誤魔化さない。

そういう船に乗って、そういう人たちとこの先も生きる。

染まるのではなく、ただ受け入れる。


何も事情を知らないのだから、今はもうそれでいい。

開き直りだと言われても構わなかった。

彼らを断罪して責めるより、理解するための努力をしたかった。


「ね。だから一緒にお昼ご飯の準備しましょ?」

「……うん。オレ、頑張るよ」


明るく言うと、アランの憂鬱な表情が少しだけ晴れた。

私のせいで彼が胸を痛めていたのだと思うと悲しかった。


彼らが悪人だというのなら、商船の人たちが困窮するであろうことへの危惧より、アランが今元気かどうかの方が気になる私も、立派な悪者だ。


だからもういい。

相手が誰であろうと、どんな立場であろうと、私はここの人たちを優先する。

そう決めた。


「行こう、アラン」

「うん! オレね、結構料理上手になったと思うんだ」


部屋を出て、並んで歩き出す。

やっぱりアランは笑顔が一番いい。


「本当に上手になったと思う。簡単なのならもう一人で出来そうよね」

「味付けのコツもなんとなくわかってきたよ。味見って大事だね」


話すうちに少しずつ元気を取り戻すアランが微笑ましくて、ニコニコ笑いながら聞いているとアランが照れたように俯いた。


「……レーナ。大好きだよ」

「うん、私も。アランが大好きよ」

「俺のことは?」


背後から唐突に声が掛かって、アランと同時に振り返る。

自分の部屋に戻ろうとしていたらしいアルフレッドが、どこか皮肉気な笑みを浮かべて立っていた。

商船での険しい顔も初めて見るものだったが、こんな表情をする彼も珍しい。


「軽蔑した?」


あくまでも軽い口調で、軽薄な笑みで、何気なさを装ってまるで冗談みたいに彼は問う。


「ううん、大好きよ」


だから躊躇もなく笑顔で答える。

アルは一瞬毒気を抜かれたような表情をして、それからいつものキザな笑みに戻った。


「俺もレーナが好きだよ。本当に。大好きだ」


少し真剣みを帯びた声で、噛みしめるように言う。

そうして一歩近づいて、おもむろに両腕を広げた。


「ハグしていい?」

「ダメ」

「アランには聞いてないんだけど」

「絶対ダメ」


きっぱりと断るアランに、アルがうんざりした顔をする。


「レーナ?」

「あはは」


催促するように私に視線を向けるアルと、威嚇するように私の前に立つアラン。

二人のやり取りが面白くて、思わず声を上げて笑ってしまった。


「十秒だけ。ダメ?」

「うーん、恥ずかしいからダメ、かな」


そう言ってアランと同じ答えを返す。

アルが残念そうな顔をして腕をおろした。

しつこく食い下がる気はなかったらしい。


「ほらね。オレの言った通りだろ。アルはすけべだからダメ」

「しょうがない、じゃあアランで我慢しよう」

「は? ぎえっ、」


不本意そうに言って、宣言通りにアルフレッドがアランに抱き着く。

アランは船の軋みのような悲鳴を上げ、アルの腕から抜け出そうともがいたが叶わなかった。


ようやくアランをいじめることに満足したアルが手を離す頃には、アランの息が上がっていた。


「じゃあねレーナ。俺が恋しくなったらいつでも呼んで」

「ありがとうアル。覚えておくわ」


ひらひらと手を振るアルに手を振り返し、ぐったりしたアランの腕を引いて今度こそ厨房へと向かう。

そこにはテオが待っていた。


「やぁ、二人とも」

「テオ」


いるかもしれない、とは思っていたが、実際に顔を合わせると少し気まずかった。

テオには一番混乱している姿を見られている。

びしょ濡れのままの、みっともない姿だ。


「あのー、その、……さっきはごめ、」


照れ隠しに頬を掻きながら口を開いたが、最後まで言い終わる前に抱き竦められる。

テオの身体で視界が遮られ、一瞬混乱する。

アランが「あー!」と叫ぶのが聞こえた。


「テオずるい!」

「良かった」


耳元で小さな呟きが聞こえる。安堵の声だった。

私の表情を見ただけで、混乱も拒絶感もなくなったことを察してくれたのだろう。

心配してくれたことへの感謝の意を込めて、軽く抱き返す。


「嫌な気持ちにさせてしまってごめんなさい」

「そんなこと思ってない。謝らないで」

「いいな! オレも!」

「ふふっ、じゃあアランも」

「ホント!?」


私たちの周りでピョコピョコしてるアランに言えば、パッと顔を輝かせて飛びついてきた。


「うわっ」


突進してきたアランの体重を受け止めてテオが呻く。


そのまま三人でもみくちゃになりながらぎゅうぎゅう抱きしめ合った。

なんてことないことで、笑い合えるのが嬉しかった。


ようやく離れて、深く息をする。

まだ少し心にわだかまるものは残っていたが、それでもこの日常が大事で、手放したくはなかった。


「髪、やってもらってもいい? 自分でやっても上手く出来なくて」

「もちろん」


昼食の準備に取り掛かる前に、髪をほどいてテオにお願いする。


いつもの紳士的で優しい笑みで、彼は髪飾りを受け取ってくれた。

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