28.悪党
大荒れの一日だった。
外は私の心模様を写したような嵐で、船の揺れも激しかった。
船旅に慣れた身体でも、寝不足の頭ではうっかり船酔いしてしまいそうだった。
「レーナ」
ノロノロと着替えを終えて部屋を出ようとしたところでウィルが来る。
顔を見ることは出来なかった。
「……どうしたの」
「おまえこそどうした? 具合悪いんだったら休んどけ」
「いいの……何かあったの?」
「本当に大丈夫か……? まぁちょうどいい。今日は予測通り時化だ。危ねぇから部屋で一日休んでろ」
昨日までだったら信じていただろう。
言葉通りに受け取って、気遣いに感謝して、でも大丈夫だから手伝うとか、自分の仕事くらいちゃんとできるよ、なんて言って。
いいから大人しくしてろとか役立たずは引っ込んでろとか、手を変え品を変え私を部屋に留まらせるのに素直に従っていた。
でももう知ってしまっている。
これから商船を襲いに行くのだと。
朝の早い時間に全てを終わらせて、私に何も気付かせないまま日常に戻るつもりだったのか。
「私も行くわ」
「行くって厨房か? 今日はアランに任せとけって。あいつもおまえ手伝ってるおかげでだいぶマシに、」
「違う」
「メシの心配ならすんなって。あとでちゃんと持ってきてやる」
「商船によ」
きっぱり言うと、ウィルがお喋りを止めた。
笑みを引っ込めた端正な顔は、感情を抜くと恐ろしいほどに整っていることに気付く。
「どこでそれを」
「聞かれたくないなら私のテリトリーで話さないで」
無茶なことを言っている。
厨房と食堂は確かに私が主に立ち働く場所ではあるが、そもそもこの船自体ウィル達のテリトリーだ。そこに私という異分子が混ざりこんだだけ。
でも、無理やり連れてきたのはウィルなのだ。
これくらいの強引な主張を通してくれたっていいじゃないか。
八つ当たり気味にそう思う。
「……あそこにいたのか。気配消すのがうまいな」
すぐに思い至ったのか、諦め交じりのため息をついてウィルが頭を抱えた。
「邪魔はしない。口出しもしない。一緒に行くだけ」
無茶なことを言っている。
私には内緒で進めたかった事だろう。見せたくないのだ。それは優しさからくる気遣いなのか、それとも別の何かか。
でも私は知らなくてはいけない。
ここでこのまま海賊として暮らしていくつもりなら。
「……わかった。連れてってやる」
どうなっても知らねぇからな、と投げやりな口調で言って部屋を出ていく。
いつのまにか緊張に強張っていた身体からホッと力を抜き、努めていつも通りに朝のストレッチを始める。
指先まで血が廻るのを確認して、部屋を出た。
食堂に行くと、すでに簡素な食事を始めていた船員たちが、私の姿に気付いて目を丸くしてざわつき始めた。
何人かはウィルを責めるような視線を投げているが、本人は知らん顔で朝食を食べている。
むしろ「俺は悪くねぇ」とばかりにちょっと不機嫌オーラが出ていた。
少し申し訳なく思う反面、やはり知らなかったのは私だけなのだなと改めて思い知って、何とも言えない気持ちになった。
子供扱いなのか、いまだお客様扱いなのか。信用されていないのか腫れ物扱いなのか。それとも女というものはそういうところから遠ざけるべきと思われているのか。
いずれにせよ、どれも嬉しくはなかった。
制圧は速やかだった。
船員たちの何か言いたげな目線を黙殺し、ウィルのあとに続く。
不思議な船だった。
大雨でびしょ濡れになりながら侵入した商船は思っていたより小さく、こちらの海賊船よりも見劣りするものだった。
護衛艦もつけず、商会の宣伝になるような装飾もなく、不自然なほどに目立たない。
その上、消耗品や日用品などの一般的な商品ではなく、高価な美術品や宝石類が大量に積み込まれていた。
どうにも私の知る商船とは掛け離れているように思える。
どこか地味なその船は、まっとうな商船なのだろうかと疑問が沸いてくるほどだ。
まるで何かから隠れるみたいだ。
そんな感想を抱く。
もちろん海賊を警戒してあえてそうしているのかもしれない。
それでも違和感を拭い去ることは出来なかった。
ウィルは見たこともないような高圧的な態度と威圧的な口調で略奪の口上を述べた。
商船の船長は抵抗らしい抵抗も見せずに屈し、すぐに降伏と恭順の意を示した。
一応船内には護衛らしき屈強な男が数人いたが、こちらの人数を見ると戦意を喪失したようだ。
武装してはいたが、真っ当な護衛官には見えなかった。
まるでそこらのゴロツキでも雇ったみたいだ。
どこか荒んだ雰囲気を持つその男たちには、船員を守る使命感のようなものが一切感じられなかった。
おかげで幸いと言うべきか、一度も戦闘にはならなかった。
小さな商会なら、節約を兼ねて護衛も船も費用をケチったのだと言われて納得できる。
だが、乗せている物の額が桁違いに高いのに、果たしてそんなことをするだろうか。
疑問は次々に沸いてきたが、誰も何も気にした様子はなかった。
そのことにも強い違和感を覚えた。
船内のめぼしいものをあらかた回収し、追跡できないようにか計器類を壊して自船に引き上げる。
港からそう遠くない場所らしいから、この時化を乗り越えればいずれどこかに辿り着けるだろう。
最初から最後まで迷いのない動きだった。
手慣れた手順なのだろう。
だが、食糧の類には一切手をつけなかった。
そうして誰一人殺さず、脅しつけるだけで全てを成し遂げたのだ。
そのことに少なからずホッとする。
思っていたよりずっとひどいことにはならなかった。
けれど何の罪もない人たちから財産を奪ったことは紛れもない事実だ。
おかしな商船ではあったが、だからと言って略奪されていい理由にはならない。
いくら人が好さそうに見えても、彼らはやはり悪人なのだ。
そのことを再度肝に銘じる必要があった。
ウィル達と一言も交わさぬまま、略奪の成果も確かめずにひとり部屋に戻る。
アランはついてきたそうな素振りを見せたが、目を合わせないようにしていたせいで引き下がってくれた。
罪悪感のようなものはあったけれど、今は一人になりたかった。
全身が濡れそぼっていて、髪からも服からも雨水が滴っていた。
ベッドに横になることも出来ずにぼんやりと立ち尽くす。
たった一時間ほどの出来事だ。
まだ昼食の時間にさえ遠い。
起こったことが現実だったのかさえ疑わしくなるほどの、スムーズな犯行だった。
頭が上手く働かない。
それでも考える。
全て受け入れて自分も染まるべきか。
怖気づいて船から逃げ出すべきか。
後者を選んでも、彼らはそれを許してくれる気がした。
それどころかきっと最寄りの港まで丁重に送り届けてくれて、その後は一切関与しないでくれるのだろう。
その妙な信頼感さえも彼らの思う壺なのかもしれないけれど。
本当なら、そうすべきなのかもしれない。
海賊なんて今すぐやめて、貴族には戻れないまでも一般市民としての暮らしを手に入れる。
今ならそれが出来るだろう。
彼らの配慮のおかげで、私はいまだに手を汚さない立場でいられているから。
もしかしたらそれは、こういう日が来た時のために彼らが守ってくれたものではないのだろうか。
そう気付いてぎゅっと手を握り締める。
少しは役に立てていると思っていたのは、結局自惚れでしかなかったのだ。
私は今も守られるだけのお姫様でしかない。
廊下に気配を感じて顔を上げる。
ウィルだろうか。
いや、ウィルならば気配なんて感じさせずに入ってくる。
この足音はそう。
「レーナ。入るよ」
ノックの後で扉が開く。
テオが立っていた。
彼は心配そうな顔をしていた。
この表情はきっと演技なんかではないだろう。
それくらいは見抜ける。
見抜けると信じたかった。
「そのままだと風邪ひくよ」
大きなタオルを頭からかぶせて、優しく労わるように髪を拭いてくれる。
それなのに見上げる表情には、何を聞いても答えてくれないだろう頑なな意思が見えた。
「……説明はしてくれないのね」
諦めの感情を載せて言うと、テオが困ったように眉根を寄せた。
「ごめんね」
そう言ってタオルごと私の冷え切った身体を抱きしめた。
説明する必要も謝る理由もないのに律儀な人だ。
少しだけ笑って肩に頭を預ける。
だって海賊なのだ。
本来なら略奪なんて日常のことだろう。
それを私なんて異分子がいたせいで控えていただけ。
「……わかったわ」
すぐに引き下がったからか、テオは困った顔のまま私から離れた。
「ちゃんと拭いて着替えるんだよ」
優しくそう言って、彼は部屋を出ていった。
残された私は、言いつけを守って着替えをしてから、ベッドの上でじっと考え続けることしか出来なかった。




