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【完結】追放令嬢は海賊生活を謳歌することにした  作者: 当麻リコ


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27.深夜会議

四日目の早朝に宿を出た。

まだ空は薄暗かったが、船出にふさわしく晴れ渡っていた。


無事に出航を果たし、それぞれの日常に戻っていく。

買い込んだ荷物の整理や船の整備に、慌ただしく日々が過ぎていく。


私はと言えば、食材や調味料を新たに買い込んだおかげで食事のレパートリーが増えた。

みんなは相変わらず大袈裟に喜んでくれて、陸上で豪勢な食事をしたにも関わらず私の腕を褒めたたえてくれた。


一週間ほど平穏に過ぎて、四度目の襲撃に遭った。

いつも通り船室で待機をしたのち、手当てや後片付けに駆り出される。

前回よりも被害は少なかった。

みな陸で英気を養ったあとだから、いつもより張り切っているように見えたのは気のせいではないだろう。


乱闘があったあとの甲板に出ても、もう動揺はないしウィルも余計なことは言わない。

敵の遺体を運ぶ手伝いもしたし、ちょっとした船の修理だったら私にも出来るようになった。

日常でも出来ることはなるべくやった。

この人たちの役に立ちたいと自然に思うようになって、少しでも喜んでもらえるのが嬉しかった。


海賊生活を始めて約二か月が経つ。

時々ふと、二か月前までのことを思い出すことがあった。

それは懐かしさや感傷などではなく、単純に今の状況との対比があまりにも違っていて笑えてしまうからだ。


料理なんて一度もしなかった。

掃除だってマリーがやってくれた。

髪のお手入れはメイド達がやってくれたし、毎日違うドレスを着て、毎日いろんなアクセサリーで飾り立てられた。

内心はどうあれ、かしずく使用人やおもねる下位貴族は何百といた。


今はどうだ。


食器洗いや洗濯で手はガサガサ。

潮風にやられ毛先はパサパサ、肌も日差しにさらされソバカスが増えた。

服は四着のみを着まわしているし、アクセサリーはもらったばかりのピアスと髪飾りがあるのみ。

周りにいるのは二十人ほどの海賊たちだけ。


なのにそれが幸せでたまらない。

元の生活に戻りたいなんて気持ちは、これっぽっちもなかった。


賑やかで気ままで、時折物騒で血生臭い。そんな生活にすっかり慣れている自分が不思議だ。


清潔で豪勢な屋敷より、必要最低限しかない、潮臭いここの方が呼吸が楽だった。

常に誰かの目があるのは一緒なのに、少しも気を張らずにいられるこの空間が落ち着く。

それになにより。



「よう、調子はどうだ」

「上々よ。ウィルは?」


そんな風に始まる夜の逢瀬の。

ウィルと二人きりの時間が大好きだった。


彼への恋情を認めるのは勇気が要った。

だって船の上での共同生活だ。気まずくなんてなりたくない。


ウィルとどうこうなるなんてことは想像も出来なかった。

まず眼中にないのは明らかだし、子供扱いだし、海賊団のメンバーの一人としてしか見られていないのは明白だったから。

だから進展させようとする気はもちろんない。

それよりもこの船での生活と、彼と何気ない話をする時間を大切にしたかった。


信頼して、信頼されて、彼らの仲間だと認めてもらいたい。

私だってこの海賊団の一員として立派にやっていけるのだと証明したい。


それで充分だ。

そう思っていた。


その夜、ウィルが話を終えて出ていったあと。


いつもなら幸せな気持ちで眠りについているのに、ふと厨房の食糧庫の鍵を閉めたかが気になって部屋を出た。

別に盗み食いをするような人はエミリオくらいしかいないから放っておいてもいいのだけど、今日はなんだか妙に気になる。

嫌な予感と言うか、胸騒ぎと言うか。

とにかくなにかがいつもと違う気がして、部屋にじっとしていられなかった。

鍵のことなんて、部屋を出る口実に過ぎなかったのかもしれない。

ただ単純に、いつもとウィルの様子が違う気がして、いてもたってもいられなかっただけかもしれない。


そう思い至ったのは、食堂から明かりが漏れていることに気付いてからだ。


どうしてこんな真夜中に。

不審に思って足を止める。

ここは海のど真ん中だ、もちろん泥棒なんかであるはずがない。

一部の船員達が思い立って酒盛りをしているだけ。声を掛ければ「どうしたんだ」なんて明るい声で言われて、仲間に誘ってくるに違いない。

そう思いたいのに思えなかった。

気配を殺して近付き、扉の前でそっと聞き耳を立てる。

中からひっそり聞こえる声で、誰がいるのかすぐにわかった。

ウィルとミゲル。その二人をはじめとする、幹部に類される年長組四人だ。

何やら深刻な話をしているようで、皆いつもと声のトーンが違う。


それは何かの計画のようだった。


明日、船を襲うという物騒な話が、誰の反対もなく淡々と進んでいく。

聞いているうちに、徐々に顔が強張っていった。


これまでは向こうから仕掛けられた襲撃に応戦しただけ。

それが今回は、こちらから襲うらしい。しかもそれは商船なのだと言っている。

今までの海賊同士の小競り合いとは明らかに違う。


どうして、と問いたくても、問う相手はいなかった。

心拍数が勝手に上がっていく。


ウィル達は厳しい顔つきで、商船を襲う手順を話し合っている。

そうして奪った財産をどうするか、襲った後の商船をどうするかを、冷静に決めていった。


そっとその場を離れる。

震えそうな足で、ゆっくりと。

次第に歩調は速くなって、部屋に着くころにはほとんど駆け足になっていた。


ベッドに突っ伏して考える。


すっかり海賊生活に馴染んだつもりでいたが、それはとんだ勘違いだったのかもしれない。


海戦にも人死ににも慣れたなんて思っていたけれど、海賊同士の小競り合いだったから容認できていただけなのだろうか。

あちらから襲ってきたのだから、やり返すのも仕方ないと正当化していただけなのだろうか。


戦場に立ったこともない私が、そんな偉そうなことを言える立場ではないのは分かっている。

分かってはいるが、何の罪もない商船を襲うことを、私は是とすることが出来るのだろうか。


そんなことを混乱する頭で考える。


簡単に受け入れることはできない。

だって商船は悪者ではない。

犯罪者ではないのだ。


では、海賊は犯罪者だから殺していいのか。

それならウィル達が殺されても文句は言えないのか。

そもそも、殺してはいけないものとの線引きはなんなのか。


自分の中で何一つ整理が出来ず眠ることも出来ないまま、じりじりと夜が明けていく。


私はどうすればいいのだろう。


たった一晩では、答えは見つけられそうもなかった。


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