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21.陸上生活①

「おーしみんな降りろ。出航は四日後な。くれぐれも目立つマネをするなよ」

「それお頭が一番肝に銘じろよ」

「マジでな」

「俺はいつも品行方正だろうが」


深夜、港から離れた岩場近くに錨を下ろす。

街からはすっかり死角になっている場所らしい。そこから上陸を果たした。

完全に密入国者の振る舞いだ。さすが海賊。

警備が手薄なところを狙っているらしい。

どこから得た情報だかは知らないが、信頼できるものらしい。


「買い出しはそれぞれ分担したの以外は好きにしろ。料理してほしいもんがあったらまずレーナに確認。宿はいつものとこ。以上解散」

「っしゃ酒酒!」

「メシ! 肉!」

「ギャンブル! おん、いやなんでもない!」


若いメンバーが我先にと駆け出していく。

あの後も二度ほど襲撃を受けて、結構な怪我を負っているというのに元気いっぱいだ。


女、と言いかけてやめたのは私への配慮だろうか。

まぁ一ヵ月も海上生活を続けていれば不自由しているものはあるだろう。

いくら未経験でもそれくらいの知識はある。

別にその辺は気にしなくてもいいのにな、と乗船初日の警戒心などすっかり無くしてそんなことを思う。


それにしても久しぶりの陸地だ。

初の船旅だというのに、なんと一ヵ月もストレスフリーで過ごすことが出来た。

今日は船の修理用の材料やパーツ、食糧と救急キットの補充のために海辺の街へとやってきたのだ。


「こんな時間に開いてるお店なんてあるの?」


のんびり支度を終え、まだその場にとどまっていたウィルとアランに聞いてみる。


前世なら翌朝五時までの営業なんて普通だったが、この世界での風営法的なものは良く解っていない。王宮暮らしをしていると庶民の暮らしは耳に入ってこないのだ。

個人で調べた感じだと、城下町では十一時くらいにはすべて閉まっていたように思う。

ついでに言うならば、王宮内であれば規模の差はあれどいつでもどこかで酒宴が開かれていた。


「まぁこういう場所だからな。俺らみたいののために開いてる店がある」

「閉まってても気付いたら開けてくれたりね」

「へぇ、海賊って優遇されてるの? ……きゃっ」


歩き出した瞬間ふらついて転びそうになるのをウィルに支えられる。


「足元気をつけろ。陸酔いしてんだろ」

「うっ……地面が揺れてる……」


がっしりした腕は、私一人支えても揺らぐことはない。


「慣れるまで掴まってな。アランもそっち支えてやれ」

「うん。レーナ、手繋ぐ?」

「ごめんね。出来ればそうしてほしい」

「気にしないで。オレも初めての時はそうなったから」


両端を支えられながらふらふら歩くのは恥ずかしかったが、二人とも馬鹿にするでもなく体重をかけさせてくれるので、素直に甘えることにした。


「……さっきの続きだけど。結構海賊って歓迎されるものなの?」

「うーん、歓迎って言えば歓迎なのかな?」

「金払いがいいからな。陸に上がれなくなると困るから行儀良くするし」

「ああなるほど。上客ってことになるのね」

「ああ。俺らが襲うのは海の上でだけって良くわかってる」

「実際お店で暴れる必要なんてないもんね」

「だな。レーナはどうする? 服とか宝石とか買いてぇんならさすがに朝だな」

「そんなのいらないわ」

「そうか? お前から回収した宝飾品は明日売っちまうけどいいか?」

「ええ。それで食材とか調味料とか買ってほしい」


装飾品なんて邪魔なだけだ。どこにつけていくというのか。

そんなものにお金を使うくらいなら、海での食生活を豊かにしたい。

強いて言うなら短剣か、レイピアみたいな細身の剣がほしい。

けれどそれを買えるほどの分け前はもらえていない。

ここでの給料は、分かり易くこの海賊団への貢献度に比例するのだ。

未だ一度も戦場に出ていない私では、アクセサリーや服につぎ込んだらすぐになくなってしまう程度のお金しかない。

もちろん少ないと抗議する気はなかった。

家も国もなくした私にとって、毎日不自由なく暮らせているこの環境はこの上なくありがたかったから。


「欲がねーな。そんじゃ先に宿行くか。アラン、お前はどうする?」

「オレ、アルコール解禁になったから父さんと飲む約束してる」

「そういやそうだったな。明日はみんなで盛大に祝ってやろう」

「もう船で散々祝ってもらったよ」

「誕生日だったの?」

「そ。レーナが来る少し前にね。誕生日後初の上陸」


言ってアランがパチッとウィンクする。

この国ではアルコールは十六歳からだ。二つ年下のアランは、十六になるまで律儀にアルコール摂取を控えていたらしい。


「誕生日後初? あの日はみんな街へ入らなかったの?」

「うん。あの日はお頭だけ」

「ちょっと用があってな」


曖昧に言って、ウィルは肩を竦めた。

なんの用だかは知らないが、ちょっとした用のついでで人を攫うのはいかがなものかと思う。


「船でも飲めばよかったのに。今日までちゃんと我慢してたんだ。えらいえらい」

「へへっ。どうせなら初めては船の安いワインよりちゃんとした店で飲みたいからね」

「安酒で悪かったな」


酔えれば一緒だろうが、なんて言ってウィルがアランを小突く。

父親であるミゲルと飲めるのがよほど楽しみなのだろう。

アランは嬉しそうに笑うばかりだった。


アランと別れてウィルと宿に向かう。

この辺に来るときの定宿らしい。

もうふらつきはなくなっていたが、なんとなくそのままウィルの腕にくっついて歩いた。

離れがたいと感じてしまうのはなぜだろう。


目的地に辿り着いて思わず足を止める。

そこは吹けば飛んでしまいそうなほど、ボロい建物だった。

呆然と見上げる私の隣で、ウィルがニヤニヤ笑う気配がする。

私の反応を期待しているのだろう。

箱入りお嬢様はボロ宿に対して果たしてどんな文句を言うのだろう、なんて。


「さ、入りましょうか」


だから何も問題ありませんよ、みたいな澄ました顔で進み出ることにした。

案の定ウィルはつまらなそうに舌打ちをした。

せめてもの抗議に掴んだままの腕をペンッと叩く。すかさず反撃がきたので応戦する。

宿の受付に着くまで、そのくだらない応酬は無言のまま続いた。



「よう。久しぶりじゃねぇか」


馴染みの店員らしいその人は、ウィルの姿を認めるなり愛想よく笑って言った。

そのあとで私に気付いたらしく、露骨なほどに思い切り顔をしかめた。


「ウィル。この宿じゃ連れ込み禁止っつったろ」

「ばっかちげぇこれはうちの船員だ」


慌てて否定するウィルに、目を丸くした店員が「こりゃ失礼」と言った後、おざなりに私に謝った。

どうやら娼婦か何かと間違えられたらしい。

若い女が腕を絡ませていたら誤解を受けるのも仕方ないかもしれない。

ただ、当然のように娼婦連れと判断されたということは、普段からウィルはそういうのが頻繁ということなのだろう。

するりと腕をほどいて距離を取る。


「……不潔」

「どこがだ馬鹿。若い健全な男なら当然の欲求だろうが」


じとりと睨むように言えば、否定もせずに開き直ってウィルが胸を張った。

冗談交じりの非難だと、正確に理解しているのだろう。


「レディの前でくらい遠慮してくださる?」

「処女の前での間違いだろ」


鼻で笑われて足を踏みつける。

即座にスコンと手刀が脳天に落ちた。


「なにやってんだアンタら」


再び始まったくだらないやりとりに、店員が呆れたように肩を竦める。

正直他の船員達と同様、ウィルだって陸に上がればそういう欲求を満たしにいくのを当然だと思っている。

今夜も私を宿に入れたら、そういう相手を探しに行くのだろう。

この男ならばさぞモテることだろう。

精悍な顔立ちもさることながら、あの肉体美だ。

服を着ていても逞しい身体つきというのは想像に難くないほどの体躯だ。

それに加えて、ならず者特有の危険な魅力みたいなものもある。それなのに粗野というわけではなく、どこか洗練された物腰を感じるときもあった。

この男にかかれば、落とせない女などいないに違いない。

探しに行くまでもなく、勝手に寄ってきそうだ。


船員たちもみなそれぞれに魅力ある男性たちばかりだ。

きっと意中の女性を手にして、めくるめく夜を過ごすのだろう。

私には縁遠い話だが、それに対してどうこう言うつもりはない。やっかむ気持ちもない。

むしろみんな頑張れ、楽しい夜を! なんて応援したい気持ちすらある。


なのにどうしてだろう。

ウィルもそうするのだと思うと、少し胸がモヤモヤした。

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