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18.守られるだけのお姫様

侮られたのは悔しかった。

何も出来ないお嬢様と思われるのは腹立たしかった。

けれど何より許せなかったのは、衝撃からすぐに立ち直ることが出来ず思考を止めてしまった自分だ。


ウィルはわざとあんなふうに言ったのだろう。

私の戦場への怯えを見抜いて、恐れや忌避感が船員たちに向かわないようにした。

そうして船員達との間に溝を作らずに済むように、怒りの感情を自分に引き寄せた。


それくらいわかる。

あれはあの人なりの優しさなのだ。

私に後ろめたさを覚えさせないように。船員達が私に同情してくれるように。


解りづらくて、ともすれば誤解を受けそうな気遣いだ。

けれどきっとそれも承知の上でのことだろう。

自分が嫌われても、私を含めた船員たちが円満ならばそれで構わないのだ。


「レーナ、どこ行くの」


追いかけてきたアランが隣に並び、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

申し訳なくなるくらいに気遣ってくれているのがわかった。


「大丈夫? ごめんね、先に言っておけばよかった。あんなとこ見せちゃって本当にごめん。気分悪くなってない? 晩御飯の準備はオレがやっておくから、部屋戻って休んでて」


私が勝手にアランの制止を振り切って暴走した結果だと言うのに、アランは本心から謝ってくれる。

荒事に慣れていないお嬢様に大変なことをしでかしてしまったというように。


「お頭もサボりなんて言わないよ。女の子にはつらいよね」

「……医務室に行きたいわ」

「そうか。そうだよね。なんか気分が落ち着くような薬もらってこよう。あ、でもワイアットも上にいるからどの薬かわからないやごめん……」


船医であるワイアットも、重要な戦闘員の一人であるのは知っている。

スマートな身体と眼鏡の似合う理知的な顔をしているのに、なかなか強いのだと聞いたことがある。

この船に闘えない人間など一人もいないのだ。ここはそういう場所で、私が関わる前からずっとそうだった。


「ううん。そうじゃない」


首を振る私に、アランが不思議そうな顔をする。


「そうなの? あっ、もしかしてどこか怪我した!? 甲板メチャクチャだったもんね、何か踏んじゃった?」


慌てて私の足元を見る。

もちろん怪我なんてしていない。

ひとつも痛いところなんてないのに、なんでこんな被害者みたいに気を遣わせてしまっているのだろう。

自分が恥ずかしかった。


「違うよアラン。救急キットを取りに行きたいの」


言って、少し無理をして笑ってみせる。

暗い顔をしていたらいつまでもアランが気に病んでしまうから。

アランはホッとした顔をしたあとで、言葉の真意を測りかねたように顔をしかめた。

そのくるくると変わる表情が、私の心を浮上させてくれた。

アランにも手伝ってもらい、ありったけの救急キットをかき集めて医務室を出る。


「レーナ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だってば」


心配そうな顔で振り返るアランに、笑顔を返す。

それでもアランの憂い顔は晴れなかった。

それはそうだ。死体を見て青い顔をしていたお嬢様が、またその現場に戻ろうとしているのだから。


「さっきはびっくりしちゃっただけ。あんなの初めてだもの」

「当然だよ。女の子がわざわざ見る必要ない」


年下のくせに、いっぱしの男みたいな顔で私を女の子扱いしてくれるのがくすぐったい。

そんな上等なものでもないのに、アランはいつも私をお姫様みたいに大切にしてくれる。

それが気恥ずかしくて、嬉しかった。

でも、それに甘んじている自分は嫌なのだ。


「手当てならオレがやっておくから。レーナは休んでなって」

「いやよ。私を役立たずにしないで」

「役立たずなんて誰も思わない。お頭だってあんな意地悪言ってたけど本当は、」

「わかってる。わかってるよアラン」


微笑んで遮る。

ここで何もしなくても、誰も私をお荷物扱いなんてしない。

みんな私を船員の一人として認めてくれている。

だからこその気遣いで、だからこその優しさだ。

それに報いなくてどうする。

自分の部屋にこもって、震えて縮こまっているなんてごめんだ。


「ほら。行こう。大丈夫だから心配しないで」

「するに決まってるだろ」

「じゃあ心配してくれてありがとう。大好きよ」

「えっ」


本心から言うと、照れたのかアランが顔を真っ赤に染めた。

かわいらしい反応に、思わず噴き出してしまう。


「……オレもレーナ大好きだよ」


何を言っても無駄だと理解してくれたのだろう。

諦めたようにため息をついて、嬉しい言葉を返してくれる。


「えへへありがとう」


照れ笑いしながらお礼を言うと、アランがようやく笑顔を見せてくれた。


うん。アランにはやっぱり笑っていてほしいな。


改めてそう思う。


「わかった。行こう。でも具合が悪くなったらすぐに言ってね」

「うん。約束する」

「絶対だよ!」


少し怒ったように言って、辿り着いた甲板への扉に手を掛ける。

血の匂いは、ここまで漂ってきていた。


アランに頷いて、お腹に力を込める。

血みどろの光景なんて、もちろんちっとも平気じゃなかったが、覚悟を決めるしかない。


この向こうには小説や映画の中の話なんかではなく、現実が待ち受けているのだから。


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