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17.血塗れの戦場

どれくらい待っただろうか。

短い気もするし、長い気もした。


アランと繋いだままの手がじっとりと汗をかいていた。

窓の外はもう暗い。


ふと、部屋の外から足音が聞こえてきてベッドから腰が浮く。


「はい!」


ノックの音が聞こえ、慌てて返事をする。

入ってきたのはウィルではなく、サボり魔のエミリオだった。


「よ! お待たせ!」


いつもの軽い調子で言う彼に、ホッとしかけるがその姿は血まみれで目を瞠る。


「だっ、大丈夫なの!?」


慌てて駆け寄ると、きょとんとしたあとでエミリオが自分の身体を見下ろし、得心のいった顔をした。


「ああこれ? 俺の血じゃねーから平気平気」


ヘラっと笑って胸を叩いて見せる。

それで今度こそ安堵して、強張っていた身体から力を抜いた。


「みんなは?」


アランが聞くと、エミリオは目を泳がせてからニコッと笑った。


「お片付け中」

「……またサボったの?」


呆れたようにアランが言って、エミリオは悪びれた様子もなく肩を竦めた。

血だらけなことを除けば、まったくいつも通りのやり取りだ。


「ま、とにかくみんな無事だからさ。晩飯の用意お願いしてもいい?」

「本当に? 敵襲だったんでしょ? 襲ってきたのは海賊? その人たちは逃げたの?」

「ちょ、ちょっと待った質問多すぎ!」


矢継ぎ早に問うと、エミリオは降参のポーズで苦笑いを浮かべた。


「レーナが心配するようなことにはなってないよ。安心して」


人好きのする笑みで、言い聞かせるように優しく言う。

けれど私の質問には何一つ答えてくれていない。

煙に巻く気なのはすぐに分かった。

エミリオはお調子者で、都合が悪いことは笑って誤魔化すのが常だったから。


表情から言って、全くのウソではないだろう。だけど真実も言っていない。

たぶん私の予測はそんなに外れてはいないはずだ。

短い付き合いだが、休憩時間にしょっちゅう話しかけてきてくれるから仲は良いのだ。


「……エミリオ。質問に答えて」


声を低くして言うと、エミリオの笑みがわずかに引き攣った。

やっぱり。

思い切り不審な目を向けると、エミリオが一歩下がった。


「おおっと仕事に戻らなくっちゃ! そんじゃアラン! あとは頼んだ!」

「あっ! ちょっと!」


言い訳も誤魔化しも放棄でエミリオがあっという間に逃げ出す。

この逃げ足の速さこそ、サボりまくっても船首に吊るされるのが三回だけで済んでいる所以だろう。


「もうっ!」

「さすがエミリオ……」


地団駄を踏む勢いで悔しがる私の後ろでアランが苦笑する。


「しょうがない。行こうレーナ。みんなが片付け終わるまでごはん作って待ってようよ」


宥めるようにアランが言って、私の隣に並んだ。

上がどうなっているのか、アランは気にならないのだろうか。

さっきまで私と一緒に心配そうな顔をしていたのに、エミリオが来てからはいつもの調子に戻ってしまった。

私と同じ情報しか与えられていないと言うのに、まるで全部理解したみたいな顔だ。

そうしてエミリオと同じように、なんとか襲撃があった事実から私の目を逸らせようとしているような。


じっとアランを見つめる。

動揺した様子もなく、視線を受け止めてアランが微笑む。

明らかに怪しい。


「……分かった」


それでもこれ以上の追及は無理だと悟り、渋々頷いて厨房へ向かうことに同意する。

わずかにホッとした顔をしたのを見逃さない。


並んで通路を歩いて、厨房への道の途中、甲板へと続く通路への分かれ道で。


「あっ! レーナ!」


焦るアランの声を振り切って、甲板に繋がる通路を駆け出した。


外に出て、惨憺たる有様に声を失う。

日は沈んでいたが、月が冴え冴えと輝いて、船上の様子は明らかだ。


そこら中血まみれで、なんなら死体だらけでもあった。

死んでいると判断したのは、呻き声がどこからもしなかったからだ。


「げっ、レーナ!」

「おい誰だ連れてきたの」


船員たちは私に気付くと、死体を運んだり甲板の血を洗い流す作業を止めて、惨状から目隠しをするように私の周りに集まった。


「どうした、足りない材料でもあったか?」

「一緒に探してやるよ。ホラ、戻ろう」


安心させるためにだろう、優しい口調で船内に戻るようにあの手この手で促す。

けれどその姿は皆一様に赤黒いまだら模様で、逆効果でしかない。


「あっ、アラン! 馬鹿おまえこんなとこにレーナ連れてくんなよ!」

「いや、だって、レーナ、足、はっやい……」


私の後ろから出てきたアランが息を切らせながら弁明する。

この惨状に少しも動揺を見せていない。慣れた光景なのだろう。

敵襲の知らせがあった時からこうなることを知っていた。だから私を止めたのだ。


「アランは悪くないわ。私が勝手に……」


そこまで言って言葉に詰まる。


何を言えばいいのかわからなかった。

これだけのことをした人たちだというのに、表情には私への心配がありありと浮かんでいて、少し頭が混乱した。


「……何が、あったの」


なんとかそれだけ口にすると、みんなが困ったような顔をして視線を交わし合った。


「あー……どっかの海賊がいきなり突っ込んできてなぁ」

「勝手に接舷して乗り込んで来たもんだから……」

「なんていうかこう、応戦? したみたいな?」


言いづらそうに、それぞれが短く言ってセリフを継いでいく。

さすがに嘘をつこうとする人はいないらしい。目の前の現状が、それを許さなかった。


「みんな、ころしたの」

「いやだってな? 遺恨を残すと後々やりづらくなるし、」

「好きでやってるわけじゃないんだぜ? いやほんとに」


私の言葉にみんなが慌てる。

責めるつもりはなかったが、そう聞こえてしまったのかもしれない。


仕方のないことだとは理解している。

ルール無用の海上では、やらなきゃやられてしまうのだ。

過剰防衛なんて言葉はこの世界に存在しない。

彼らの言う通り、中途半端に慈悲を掛けて追い返せば手痛い仕返しが待ちうけている。



「お嬢様にゃきつい光景だろ」


少し離れたところから声が聞こえた。

ゆるゆると視線を向けると、ウィルが立っていた。

誰よりも夥しい量の返り血を浴びて、月光の下で獰猛に笑う。


それは異様なほどの存在感だった。

毎晩私の部屋で、他愛のない話をしていく男とはまるで別人に見える。

きっとこちらこそが本性なのだろう。


何が平和な日々だ、ここは海賊船だというのに。

すっかり警戒心を解いた愚かな小娘に、思い知らせるようにウィルが笑みを深くする。


「腰が抜けたなら部屋まで運んでやろうか、お姫様」


服が血で汚れちまうがな、とわざとらしく嘲るように言って近づく。


「……結構よ」


キッと睨みつけてくるりと背を向ける。


戦闘訓練をしていても、本物の戦場は初めてだ。

衝撃も強かったし、足が竦んだのも否定しない。

だがそれで動けなくなるほどやわな鍛え方をしてきたつもりはない。


強がりも多分にあったが、踵を返ししっかりとした足取りで船内へと戻る。


閉まりかけの扉の向こうから、愉快そうに笑う男の声が背中に刺さった。

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