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16.襲撃

アランと昼食の後片付けをしながら、王宮でのことを思う。


将来の王となるべく生まれた婚約者。

第一王子で、同じ年に生まれ、幼馴染として育ち、家柄的に問題のない自分が婚約者候補として選ばれるのは必然だった。

王妃となるのだからとその心得を幼いころから両親に叩き込まれたが、疑問と違和感ばかりだった。

王のすることに余計な口を挟まず、常に穏やかな笑みを湛え、公務で疲れた夫をベッドの中で癒やせ、なんて。

そんな添え物なんかじゃなく、剣を持ち、政治を学び、婚約者の役に立ちたかった。

後ろに控えているだけではなく、隣に並んで共にこの国を支える存在になりたかった。

王の命を守り、道に迷えば助言して正し、共に助け合うのが王妃たるものの務めだと自然に思っていた。

それらは前世から胸に燻る闘志のようなもののせいなのだろうか。


その理想像を目指しての行動が、全て裏目に出て、結果こんなところにいる。

婚約を破棄され、親友だと思っていたメイドに裏切られ、親に勘当され、海賊に誘拐されて。

それなのに、少しも惨めな気持ちじゃないのは何故だろう。


ほんのちょっと料理を褒められたくらいで、とも思うが、それだけではないことにも気付いている。

窮屈だったのだ、なんでも型にはめようとしてくるあそこでの暮らしが。正しい言葉を口にしながら、ちっとも正しくない行いばかりする貴族の人間たちが。

ずっとうんざりしていた。


だから捨てられてよかったのかもしれない。

ここは自由だった。

何者にも縛られない。

きっと、ここで気ままに生きるのが、私の運命だったのだ。


そう思った瞬間、船に衝撃が走った。


「きゃぁっ!」

「レーナ!」


隣で作業をしていたアランがとっさに支えてくれる。


「大丈夫!?」

「え、ええ……今の、なにかしら……」


お互い支え合うように腕に触れ、不安な顔を見合わせる。


「上に出てみる?」

「危ないよレーナ。オレが見てくるから部屋に戻って」


真剣な顔でアランが言う。

いつものあどけない表情は鳴りを潜め、大人びた顔をしていた。その目に不安や怯えの色はない。


「でも……!」

「うわっ!」

「きゃっ」


アランへの心配を口にしようとしたら、再び船が揺れた。

もう一度顔を見合わせて、お互いに頷いてから手を取り合い食堂の扉を開ける。


そっと廊下に顔を出して船内の様子を伺うと、遠くから「敵襲だ!」と鋭い声がした。

船内から甲板への階段を駆け上がる複数の足音が聞こえる。


敵襲。

そんな。


「行かなきゃ!」

「何言ってるの!」


とっさに甲板に駆け付けようとするのを、アランが腕を掴んで止めた。


「レーナは隠れてて!」

「嫌よ!」


掴まれた腕を振りほどこうとすると、通路の向こうからウィルが悠然と歩いてくるのが見えた。


「お、片付け終わったか」

「そんなこと言ってる場合!?」


いつもの飄々とした態度を崩すこともなく、呑気な態度に思わず口調が荒くなる。

敵襲だという叫びが聞こえなかったはずはない。


「早くみんなを助けに行かなきゃ!」

「レーナ落ち着いて!」

「いやおまえが行ってもどうしようもないだろう」


呆れたように頭を掻いて、ため息をひとつ。

それから真顔になって、あやすように私の頭を撫でた。


「部屋に戻れ」


撫でる手は優しいのに、有無を言わさぬ口調に何も言えなくなる。


「いい子にしてろよ」

「……でも、襲われてるんでしょ?」

「ああ。だから部屋で大人しく隠れてろ。アラン、ついててやれ」

「わかった」


ウィルはそれだけ言って、私たちの横をすり抜けて甲板へと向かった。

その背中はどこか余裕を感じさせたが、何一つ安心することは出来なかった。


「行こう、レーナ」


アランが繋いだままの私の手を引く。

不安になりながらも、私が無理やり行けばアランも巻き込むことになる。

それが嫌で、仕方なく従った。



部屋に戻り、アランとベッドに座り静かに待つ。


彼らが怪我をしたらどうしよう。

もしかしたら誰か死んでしまうかもしれない。

戦闘が始まるなんて夢にも思っていなかった。

ここは海賊船だと言うのに。


敵襲だと、叫んだのは誰だったろう。

あの声音には、焦りや怯えが皆無ではなかったか。

どこか好戦的な、歓びに近い何かではなかったか。


彼らはただの気のいい海の男なんかではなく。

犯罪を繰り返し、勝手気ままに生きる海賊なのだと今更思い知る。


心臓が早鐘を打っていた。


私は今、何がこんなに心配なのだろう。


自分の気持ちがわからなかった。

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