14.船長と海賊初心者
海賊船に乗ってから三日が経った。
食事の準備にも少し慣れ、体力にも心にも余裕が出来てきた。
船員たちはフレンドリーで、私を見かけるたびに挨拶や馬鹿話をしてくれる。
船内の構造も覚えつつ、少しでも自分のやれることを増やそうと工夫していた。
「明日は雨になる。少し荒れるから酔い止め使うなら早めにな」
一日の仕事を終え、私の部屋に様子を見に来たウィルが言った。
置きっぱなしの椅子に座り、長い足を組む。
「わかるの?」
「あん?」
「雨が降るって。まだ星が見えているわ」
丸窓から見える空はキラキラと輝いていて、とても雨が降るとは思えない。それなのにウィルは確信を持った口調だった。
「ああ。それくらいずっと海にいりゃわかる」
「本当に? 船長って海賊になってどれくらいなの?」
「ウィルでいい。数えちゃいねーが海自体はガキの頃からずっとだ」
「子供の時から? 実家が漁師さんとかなの?」
「似たようなもんだな。天気くらいなら風でわかる」
「すごい! どんな感じなら雨なの? 湿っぽい感じもしないのに」
「肌感覚とでもいうのか……説明は難しいな」
職人の域に達すると分かる世界みたいなものだろうか。
私にはまったく理解できない感覚に、しきりに感心しながら質問責めにしていると、ウィルが苦笑した。
うるさくしすぎたかもしれないと少し恥ずかしくなって口を閉じる。
「昔のアランみてぇ」
懐かしそうに眼を細めながら私の頭に優しく手を置いた。
そのまま風呂上がりで乾きかけの髪を撫でられる。
「……子供のころのアランを知っているの?」
「今でもガキだけどな。あいつはミゲルの息子だ」
「そうなの!?」
驚いて思わず大きな声が出る。
ミゲルはこの船の船員だ。全体的に若い船員たちの中で、おそらく最年長だろう。鋭い眼光の持ち主だが、怖い感じはしなかった。
無邪気全開のアランとは似ていないが、言われてみれば確かにアランと同じ髪色をしている。
へーそうだったんだ、と思っている間にも、頭は撫でられ続けている。
ちょくちょくされているが、人の頭を撫でるのが好きなのだろうか。それとも子供時代のアランによくしてやっていたのだろうか。
「……綺麗な髪をしているな」
髪の先に指を絡めながらウィルが言う。
テオにも言われたが、妙に改まった態度で言われるとなんだか恥ずかしい。
くるくると指に巻き付けても、柔らかい髪はするりとほどけて落ちていく。
「お手入れの道具がないからすぐに痛むわ」
「もったいねぇ」
「潮風って髪に悪いんでしょう?」
「だな。あんま甲板出んなよ」
「いやよ。せっかくの海なのに」
今日だけでも何度か船上に出ている。
海の匂いと風がすっかり気に入ってしまったのだ。
城での息の詰まる生活を、忘れられるくらいに爽快だった。
「じゃあテオに毎日まとめてもらえ。そんでなんかかぶっておけ」
今日やってもらってたろ、と何の気なしに言われて驚く。
どうやらとっくにバレていたらしい。
テオは大丈夫だろうか。何か罰を受けていないといいのだけど。
心配になったが、ウィル自身が髪をやってもらえと言うのだから、きっと問題ないのだろう。
それにしても随分過保護だ。私にではなく、私の髪に対して。
「……ウィルって髪フェチなの?」
胡乱な目で見ると、ウィルが盛大に顔をしかめた。
「ちっげーよばーか!」
子供みたいな悪口を言って、ペンと軽く額を叩かれる。
「いたい!」
ちっとも痛くはなかったが、額を押さえて大袈裟に痛がって見せる。
そんな演技にウィルは騙されることもなく、さらに追い打ちをかけるようにぺちぺちと私を攻撃したあとで、もう一度「ばーか」と言って部屋を出ていった。
なんだあいつ。
呆れつつベッドに潜りこむ。
ウィルは変な男だ。
妙な迫力があって、隙が無くて、いつも楽しそうで、表情の振り幅が大きい。
見ていて飽きない存在だった。