ラスボス系お姉さんの封印が解けそうなので、復活する前に倒すべきだ。
※面会OKな時代となっておりますのでご安心を。
(*´д`*)
長い廊下の突き当たり。右を向いて一番左奥にその姿はあった。
「ゆ、勇者よ……よ、よ、よ、よくぞ……ぬぅ……」
「ああ、無理して喋らないで下さい」
大部屋の窓際ベッドの中に、弱り果てたお姉さんがごろんと寝転んでいた。目は光を失い、口はカサカサになっている。繋がれた点滴からは、無色透明の液体が一定の間隔で滴っていた。
隣のベッドからは老婆が二人、自慢気に自分の病気の話で盛り上がっている。
「大丈夫ですか? あ、これお見舞いです」
「ぬぅ、す、すまぬぬ……」
お見舞いのプリンをしまい、カーテンを閉め、お姉さんと二人きりの世界に入る。小さな丸いパイプ椅子は少しガタついており、座り心地が悪い。
「どうしたんです? 大家さんから聞いたときは驚きましたよ?」
「か、風邪を……こじらせた」
「働き過ぎですって。働くために生きてるんじゃないんですから……程々にしないと身が持ちませんよ?」
「ぬぅ……」
すっかり弱り果てたお姉さんを見て、何だか少し寂しい風が吹いた気がした。
長居は無用と席を立ちカーテンを開けると、丁度看護師さんがカートを引いて現れた。
「流桜さーん。どうですかー?」
「……むり」
その一言に全てが集約されていたが、看護師さんが気にも留めずカートから注射を取り出した。
「アレな注射しますねー」
「……や」
お姉さんが顔を背けた。どうやら注射は嫌らしい。
反対の手で顔を隠して見ないようにしている。
「はーい、チクッとしますねー」
「……勇者よ、手を……手……」
顔から離れた手が、力無く俺に向けられた。
余程注射が怖いのか、それ程までに弱っているのか。はたまた両方か。
「……はい」
「…………」
そっとお姉さんの手を取る。
看護師さんが俺を見て、笑顔を向けた。
「はい、終わりました」
注射をしている間、お姉さんはずっと顔を背けていた。顔に弱々しい力を入れ、必死に耐えていた。
「それでは何かありましたら呼んで下さいね」
「……はひ」
看護師さんが居なくなると、お姉さんの目が開いた。少し涙目になっている。
隣のベッドからは相変わらず病気自慢が聞こえていた。
「ゆ、勇者よ……頼みが……着替え……」
「はいはい」
「部屋……片付け……」
「はいはい」
「……あ、あと……お金、も……」
「え?」
どうやら入院前に大出費で貯金が消えたらしい。
入院保険が降りるまでの間、お金が無いとの事。
「入院一時金、付けなかったんですね」
「……ぬぅ」
一つため息をつき、窓の外を見た。
地上5階から見える景色は中々に迫力があり、道路を走る車がとても小さく見えた。
「分かりました。また明日来ますね」
「……しゅまぬ」
お姉さんに手を振り、隣で終始自慢トークに花を咲かせていた老婆二人に頭を下げる。
向かうはお姉さんの部屋、魔城だ。
「……きったな!」
散らかし放題のお姉さんの部屋からそれっぽい着替えを見繕う。
ついでに部屋の掃除を始める。
「うわ、このチーズいつのだ?」
棚の隙間から出て来たプロセスチーズを放り投げる。
「ん? これTSUTEYAのDVDか?」
返却期限を一週間過ぎたDVDを俺のバッグにしまう。
「なんでマグカップが何個も出てるんだ?」
テーブルの上のマグカップを洗い、棚へ戻す。
「冷蔵庫は相変わらず綺麗だな!」
すっからかんの冷蔵庫は手を付けるまでも無い。
「……ベッド使えないじゃん」
謎の健康器具と本で占領されたベッドからは、お姉さんの匂いが強くした。
「早く帰ってきて下さいよ……ほんとに」
そっと扉を閉め、鍵をかける。
自分部屋に戻り一人寂しく夜を明かした。
次の日、大部屋に向かうと、お姉さんは昨日よりは元気そうだった。ゆっくりと起き上がり、静かに目を擦る。隣のベッドから老婆二人の健康自慢が聞こえている。
「お、勇者よ待ちわびたぞ」
「元気ですね」
お姉さんはニシシと笑い「注射が効いたのかも」と、はにかんだ。
「着替えとお金です」
「すまぬのう」
深々と頭を下げ、お姉さんは荷物を受け取った。
「下着……」
「あ、すみません。洗濯機の上の棚から見付けました」
「うにゅぅ……」
「すみません……」
お姉さんが恥ずかしそうに俯いた。申し訳ない。
「お、お金は必ず返すから、その……ま、待っててくれぬか?」
「いつでも大丈夫です」
ガタつくパイプ椅子に座り、そっとお姉さんの手を取った。点滴をしていた箇所には止血バンドが巻かれていた。
「……お姉さん」
「ぬ」
「真奈華さん」
「ぬっ!?」
「俺と一緒に暮らしませんか? いやいや順番が違うな。えーと好きです付き合って下さい、一緒に暮らしてみませんか?」
「ぬひっ!?」
お姉さんの手が素早く引っ込んだ。そして両の手で顔が隠された。見るからに恥ずかしそうだ。
「な、なな何を申しておる! 冗談は──」
「返事は退院してからで大丈夫です。では」
立ち上がりパイプ椅子を片付ける。
看護師さんがカート引いてやってきた。
オリジナル健康法の自慢トークが止まらない老婆二人に頭を下げ、俺はそっと大部屋を後にした。
「流桜さーん。ご機嫌如何ですか? 食べられそうですか?」
「食う! 全部喰らい尽くすぞい! そして注射もやる! はよ! 看護師さんはよ!」
とても元気なお姉さんの声が廊下へ聞こえてきた。
俺はニヤける顔を押さえ、病院の長い廊下を歩いた。