甘い匂い
とろりと、甘い匂いがしている。
色づいた柿の実が側にある。
女は、熟した肌を寄せ、
男に、もう一度と言った。
まだ濡れたままの言葉に、
男はしな垂れかけた茎を手にして、
硬くならないかと扱いてみた。
欲望を口にする女を前に、
一度だけで冷めてゆく体が
腹立たしい。
どうしたんだ。こんな時に。
昔、流行った曲が、頭の中で
聞こえた。
「ん……無理しなくてもいいわ」
女は男の手を押さえて言った。
「ふう……やっぱり、年かな」
男は年のせいにした。
そう言わないといられなかった。
見栄を張ってもしょうがないが、
そう言えば、自分を少しは
守れる気がした。
「年って、まだまだこれからでしょ……
私みたいなのでなけりゃ、
ほんとはもっと元気になれたかも」
女はそう言うと、
男に背中を向け起き上がった。
女の背中が、丸い尻の上に置かれた。
細長い琵琶のような輪郭が
西洋の名画を思わせた。
「ちがうよ……年をとるとさ、
要らない荷物が増えてね。
芸術を見てもしょうがないのに、
見えてしまうっていうか……」
「ん?あなたって、
今夜も不思議なこと言うのね」
女が琵琶の先端をぐるっと横に向け、
切れ長の目で、男を見下ろした。
寂しそうな目、それでいて、
強かな目だった。
薄明かりの中だから、
そう見えただけなのだろうか。
男は、女といることに、
少なからず、息苦しさを覚えた。
ガタゴト、ガタゴト……
窓の外の線路を、電車が走ってゆく。
電車の光が、ストロボになって、
女がアニメーションになった。
男がこれまでにも、何度か見たシーン。
このシーンを見た時に、
女を抱き寄せたこともあった。
だが、今夜は違っている。
さっきより、疲れが増してきた。
体全体が、しな垂れてゆくように。
電車が過ぎた後の部屋は、
時の流れが止まったようで、
何も動かなくなった。
女の背中も、首も、切れ長の目も。
「……ああああっ」
男は気がついた。
動いていないのは、
自分自身だということを。
おかしい。意識が止まってゆく。
男は、最後に女の声を聞いた。
「ねえ、働き詰めでしょう。
私が休ませてあげるから、
ゆっくり、眠るといいわ」
女の目に、無防備な男の
体が映っていた。
甘い匂いがずっとしている。
柿の実は色づき、そして、
熟していた。
女は、男が食べ残した柿を袋に入れ、
裸のまま、窓を少し開けた。




