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護国のメシア  作者: 袋石ワカシ
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国境燃ゆ(2)



  傾国のメシア


  第2話   国境燃ゆ (2)




 王国軍は後ろも見ずに一目散に駆けた。

 騎馬隊を殿軍に残したとはいえ追使えるのは時間の問題だからだ。

 そして、レットェルブ砦まで逃げ切った。

 騎馬隊を除く歩兵は一人の落伍者もなく撤退することが出来た。

 

 「ひとまず敵を削ることができた。あとは籠城してどれだけ耐えることができるかだが……」

 

 マルサリスは、砦の詳細を記した絵図を見て思案にふけっていた。

 

 「寒いな……。兵らに酒を配って冷えた身体を温めさせろ」

 「はっ!!」


 副官は自分も酒を飲めることに期待してか勇み足で退室していく。

 この砦は非常に強固に作られており少ない兵で籠っても戦える城ではある。

 が、今回は敵が大軍で自分たちが小勢すぎた。

 執務室の窓の外から兵たちの喧騒が聞こえてきた。

 酒が支給されてはしゃいでいるのだ。

 

 「士気は上々か……」


 窓の外は雪がちらついていた。


「父上……」


 窓辺にいたマルサリスに一人の女性が遠慮がちに声をかけた。


 「なんだシャルル?」


 執務室に入ってきた女性は、彼の娘である。


 「父上、この砦を守ることは大事なお役目かとは存じ上げます。しかし、打って出たことでもう守るという役目を十分に果たしたと言えます。どうかここからの撤退を。そして友軍と合流してどこかで陣を敷きましょう」


 女性はいや、娘は泣きそうな顔をしていた。

 まるで父の次の言葉を悟っているようであり悲壮感を帯びている。


 「わかっているだろう……。それはならん」

  

 マルサリスは諭すように言い聞かせる。


 「しかし、聞いたところによれば敵は数万。我らは500余の小勢。これでは多勢に無勢です。どうかお考え直しを!!」

 

 マルサリスは首を振った。

 

 「何も無駄死にをしようというわけではない。じきに援兵も到着する」

 「ですが!!」

 

 シャルルはそれでも食い下がる。


 「いいか? 我がマルサリス家はけして裕福な貴族ではないが代々武勲をあげてきた家だ。これが意味することは分かるな? そしてお前は女だ。マルサリス家には男の跡取りがいない。お前が家を継ぐんだ。女に対する風当たりは強い」


 マルサリスはここで武勲をあげておけば、女であるシャルルへの風当たりは弱くなるだろうと考えているのだ。


 「それに、私はマルサリス家は王国貴族諸侯の中で武において一番であると自負している。だからなおのこと退くわけにはいかんのだ」


 シャルルは口を噤みただうなだれた。

 その肩にマルサリスがそっと手を置く。

 親子には会話は要らなかった。

 執務室の窓の下から歓声が聞こえてきた。

 マルサリスは窓に駆けよって外の様子を見る。

 数十の騎馬兵にいくらかの歩兵が随伴した集団が砦へと入ってくるのだ。

 

 「援兵か!?」


 マルサリスは年に似合わない走りを見せ門の方へと迎えに行く。

 

 「マルサリス殿、微力ながら助勢をいたすため参ったぞ」

 「ドーラ殿!!待ち焦がれておりましたぞ」


 男の名前はガヴリアス・ドーラという。

 この男もマルサリスと同じようにゲリル城塞群のカルリアという小城の守将である。


 「執務室でゆっくり今後の話をいたしましょうぞ」

 

 マルサリスはガヴリアスを執務室へといざなった。

 二人の将はおもむろに椅子へと腰かけた。

 

 「援軍を連れてきてくれたことに最大級の感謝を」


 マルサリスは深く頭を下げた。


 「構わんよ、ここが陥落すれば王都までなだれ込まれるからの。それに儂の小城も十重二十重に包囲されてしまうわい」

 

 二人は己の武をもって王家に仕える男たちだ。 

 覚悟はとうのとっくにできていて退くなどという考えはなかった。


 「しかし、ほかの者たちが見当たらなかったの。まだ来ておらんのか?」

 「えぇ……ドーラ殿だけしか来ておりませぬ」

 「逃げたか……。覚悟の無いやつばらが」


 このとき、各城塞の諸侯は王城へと撤退をしていた。

 

 「かもしれませぬな……」


 執務室にしばしの間沈黙が流れた。

 それを破ったのは、伝令に来た兵士の報告であった。


 「伝れーい! 敵軍勢を目視で確認!! この砦は包囲されました!!」

 

 兵士は焦り混じりにそう告げた。

 

 「そうか…伝令ご苦労であった。下がれ」

 「はっ!!」

 「早かったのお…。儂がこの砦に入ってからそう時は流れておらぬ」

 「ですな……ギリギリでも間に合ってくれたことに感謝です」


 全速力でこの砦まで逃げてきたが敵は、それを追うように押し寄せてきたのだろう。


 「それは、マルサリス殿のおかげであろう。峠で時間を稼いでくれねば間に合わなんだ」 

 

 マルサリスは、ははっと乾いた笑いを漏らしただけだったがいくらか執務室に弛緩した空気が流れた。


 「わしは北門を請け負うてもよいかの? て勢が少ないでな、あまり大きな門は守れそうにない」

 「では、北門をお願いします。守り切ることが難しくなった場合は中へと退いて下され」

 

 軍議というにはあまりにも人がいないが作戦など籠城であるから練りようがないとばかりに軍議は終わり2人はもち場所へ向かっていった。


 ルヴァイン王朝軍による攻撃は包囲後すぐに始まった。

 一日も早く落とすと言わんばかりの攻撃で苛烈を極めた。

 攻撃は街道に面する南門から始まった。


 「死にたくなければ先陣きって突っ込めー!! 一番槍には褒賞があるぞ!!」

 「おおおおおおおおぉ!!」


 城壁には百余りの登り梯子がかけられ眦を決した兵士たちが蟻のようによじ登っていく。

 その後方からは弓箭兵が支援をすべく雨あられと矢を射る。


 「来たぞ!!槍を突け!!」

 

 木盾で体を矢から守りつつ片手で槍を突く。

 顔面に槍の突きをくらって多くの兵が梯子から堀へと落ちていく。

 しかし変わりはいくらでもいると言わんばかりに次ぎから次へと梯子を登ってくる。

 そして、血を噴きながら落下。

 土堀には幾重にもルヴァイン王朝軍兵の骸が積み重なった。

 しかし、やられているばかりではなかった。


 「火矢を射よ!! 木盾にこもった臆病者どもを焼き殺すのだ!!」


 たっぷりと油をしみこませた布を巻いた矢は、火をつけると激しく燃えた。


 「うわっ!? 熱い熱い、誰か消してくれー!!ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 木盾に火矢が当たり木盾が燃えてその火が兵へと移る。

 兵の上は阿鼻叫喚の坩堝とかした。


 「今が好機だ!! 登れ!!」


 王朝軍兵士はそれを見て勢いづいた。

 火矢を射る敵弓箭兵を射殺そうと王国軍の弓隊も矢を射るが数が違いすぎた。

 城壁の上からの攻撃が少なくなると王朝軍兵士が城壁の上に増え始めた。

 そしてあっという間に大混戦となった。

 ひとりを討ち取れば誰かに後ろから討ち取られるといった具合だ。

 王国軍は多勢に無勢、次々に討ちとられ始めた。


 「退けー二の門へ退け!!」


 こんな光景が各所で繰り広げられ夕方にはついに第三の門、つまり最後の門へと戦いの場は移った。

 生き残った王国軍はもはや200もいない。


 「マルサリス殿、とんだ負け戦ですな」

 「ですな。しかし、王都に籠城の支度をさせるよう時間は稼げたことで良しとしましょう。娘に別れは告げてありますし、もう王都へと向かわせました」

 「それは重畳。マルサリス殿、東方には死ぬ前に歌を詠むという風習があるらしいの。せめて、歌を詠むくらいの才があればの」


 2人とも自ら槍をとり奮戦したのだろう。鎧と槍には赤い汚れが大量にこびりついていた。

 

 「では、一足先に失礼いたす」

 「また冥界で」


 ドーラは馬に跨ると少なくなった手勢を連れて門の外へと打って出た。

 しばらくは怒号に満ちていた門外はいつの間にか静かになった。


 「……逝ったか…」

 「砦に火をかけよ。敵にくれてやるものなどなに一つもない」


 夕焼けの空を戦場で流れた血を物語るような赤色であった。

 マルサリスは、砦に火が回るまでの間、空を見上げた後、馬に跨った。


 「皆のもの、今までついてきてくれ、支えてくれたことに感謝する。言いたいことはいっぱいあるが、敵をそれを言うことも許してくれそうにない」


 城門の外からは王朝軍兵士の迫る音が聞こえてくる。


 「また、向こうに行って続きを話そうぞ」

 

 兵士たちは泣くのをこらえていた。

 見れば皆、どこかに傷を負っていたり血で汚れている。

 マルサリスは、槍を突きあげた。

 それを見て兵たちは己の得物を強く握りしめる。


 「されば参らん!! 突撃!!」

 「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぅぅ!!!」


 百数十の兵士の猛攻は激しく、最後の1人になるまで全員が見事な討ち死にを遂げた。







 砦から離れた街道を数騎の兵と行く者の姿があった。


 「ああ、砦が……」


 誰ともなしにそんな声をあげる。


 「ああ父上が……」


 馬上の少女が泣き崩れた。

 それを落馬しないようほかの兵が支える。


 「シャルル様、手綱をしっかり握りなさいませ」

 

 砦が煌々と燃えるのが見えた。


 「うぐ……ぅぅぅぅ」


 マルサリスの娘、シャルルは二の門が陥落する前に執務室のマルサリスに呼ばれた。


 「父上、何でございましょうか」

 「…シャルル、聞いて欲しい」

 「はい」


 それまで窓から外を見ていたマルサリスは娘の方へと向き直った。


 「お前は、王都へ落ちのびろ…。ここで死んでほしくはない」

 

 マルサリスはこの言葉を聞いて全てを悟った。


 「なぜです!? 父上!! 私もマルサリスの娘です。父上がここで戦うのであれば私も槍を持ち戦います!!」

 「ならん!! お前を死なせたくない。それにお前の病弱な母がお前がなくなったら苦しむ」


 親子の目には涙が浮かんでいた。


 「私は武の鍛錬もしてまいりました!! 武門のマルサリスなら退いてはならないのでしょ? ならば私も」

 「ここでお前を死なせるわけにはいかん。私の最後のお願いだ。聞いてくれ!!」


 シャルルは俯いてただボロボロと涙を落としていた。

 すでに斜陽となった陽が涙で反射して輝く。


 「父上…………」

 「頼む!!」

 「……わかりました……」


 マルサリスの大きな手がそっとシャルルの頭にのせられる。

 

 「ありがとう、私の娘に生まれてくれて」


 マルサリスはシャルルに笑顔を見せると執務室を出ていった。

 別れの後、シャルルは数騎の兵を伴い城門から打って出るのに混じって砦から抜け出した。

 何度も何度も砦を振り返りながら。

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