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護国のメシア  作者: 袋石ワカシ
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プロローグ


 プロローグ   対立の経緯   




 渓谷を燃えるような紅が、朱色が彩っていたはずがいつの間にかその鮮やかさはなりを潜め何の表情もなくなっていた。

 山は、これから深雪に閉ざされようとするころである。

 この季節になると峠からは行商人や旅人の姿が消える。

 そこを通るのはねぐらを探す熊や狼くらいだろうか。

 しかし、今年は違った。

 厳冬期にさしかかるころだというのに何の利を見出したのか赤地に黒の十字架を描いた旗を掲げた夥しい数の人馬が峠を超えようとしていた。

 この峠は標高2000mあまりの高さにありすでにわずかながら降雪していた。

 馬がブルッと身震いをし、白い息を吐く。

 この峠はアルバーン王国に河口を持つ大河になるのだがここではその姿はかけらも見えない。

 川幅は細く、岩がごろごろとしたただの浅い川に過ぎない。

 川の水は少ないとはいえその水は身を斬るように冷たい。

 騎馬兵なら何の支障もなく渡れるが歩兵はそうもいかない。

 ときおり奇声を発しながらあまりの冷たさに驚きつつ小走りでわたっている。

 川を渡河するまでは整然とした隊列を維持していたが川の周辺でその隊列は乱れた。

 そんな風景がそこかしこで見られた。



 



 メルディス歴(数え年や西暦のことを示し、昔の学者であるメルディスが考えた年の周期の法則に基づいて数えられており、そのメルディスの名を冠している)343年はもう間もなく去っていく冬のころだ。

 アルバーン王国とその南に位置する内陸国であるルヴァイン王朝はメルディス歴以前から何度にもわたって戦を繰り返してきた。

 両国の対立の起源は数百年前の昔、ルヴァイン王朝勃興のころからである。

 アルバーン王国は当時、広大な領土を有していた。

 その領土の広さは世界屈指の大きさを誇っていたのだ。

 しかし、ある年に東方の地で食糧難が起き豊かな穀倉地帯をめぐる戦いが始まった。

 その戦いは長きにわたり続き多くの国が財を失い民もまた大きく疲弊した。

 傷ついた国の中には再起不能になった国も多々あった。

 そんな国同士で統合の動きが起こり、疲弊していた国の王族の中で最も疲弊の度合いが軽微であったルヴァイン王朝がその運動を扇動し数十万の移民や貴族を連れてアルバーン王国領へと流れ込んだ。

 アルバーン王国は、戦を行っていなかったがためにその難民ともいえる人々を受け入れた。

 が、それも長くは続かなかった。

 何しろ、一気に多くの人が流れ込んできたためにアルバーン王国もまた他国に例外を見ず食糧難に陥った。

 そこで当時のアルバーン王国リッフェン・ド・モンテ・アルバーン国王はゲリル山脈以南を難民たちに譲渡した。

 そして、本国への難民の流入を防ぐためにゲリル山脈を本国と譲渡した土地との境として硬く本国へと続く道を閉ざした。

 だが、譲渡した土地だけでは難民の数に対し食料の生産や雇用などが追い付かず難民たちは本国への移動を幾度となくはかった。

 警備兵のいない小さな獣道などを進み山を越え本国へと入るのだ。

 そして、いつしか本国では違う人種を見ることが増えた。

 本国の食糧生産も追いつかなく始めたころ譲渡した土地への強制送還を始めた。

 そのことに対し譲渡した土地に誕生したルヴァイン王朝は抗議、正規軍を持つ余裕はないからと民兵を扇動して本国への移住を行わせるために武力的な国境突破を図った。

 それから、この両国はことあるごとに対立し特に移住できないのは生命の自由、人間の意思尊重に反するといった人権問題だと主張して幾度となく戦を行った。

 実際のところは無論、人権問題などどうでもよく己の権力の及ぶ範囲の拡大や食料を生産する土地の確保が狙いなのであるがそんなことを理由に他国に侵攻すれば非難の的となってしまう。

 そこで人権問題というもっともらしい問題を掲げ己を正義とし侵攻するのだ。

 これが今に至る戦の理由だ。

 現在もルヴァイン王朝は食糧問題を抱えており一刻も早くそれを解決せねばならなかった。

 それには財と土地が必要なのだ。

 ルヴァイン王朝の領有する土地は内陸部にあり港を有していない。

 主要な鉱山はかつてアルバーン王国が領地を譲渡したときに抑えてしまっているため資源もない。

 まして内陸は雨が少なく作物が育ちにくい土地柄でもあった。

 ルヴァイン王朝としては何としてでも港や鉱山といった主要地や雨がよく降る肥沃な土地が欲しい。

 幸いにして食糧問題は人が多いから起きるのであって戦争を行えば食糧生産量に対し多すぎる人間の数を押さえることもできる。

 いくら領民が疲弊しようとも領民、そして王朝の食糧問題をどうにかしたいという思いは同じであるため戦争を継続することができるのだ。

 そんなルヴァイン王朝の民を憂えたリッフェン・モンテ・アルバーン王の記録にこんな一説がある。


 ―国政記―


 東方遥か遠方より身の貴賤に別なく多くの人、来たり。彼の地、戦で大いに乱れたり。戦火、我ら西国諸国にもかくのごとく及びたり。我、生活に難ある東方の民を憂えまた、更なる戦火の拡大畏れ山より南の地を貴なる東方のものに下賜すべきか。

                           

                                国政記弐巻32項より抜粋




 国王が民を憂えて下賜した土地に移住した民がその恩義あるアルバーン王国に対して矛を向けるルヴァイン王朝のためにその土地を開墾し戦争に協力していることはとても皮肉だ。

 そしてまたその戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。



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