One good turn deserves another 或いは思惑
半年が過ぎればもう半年すぎるのはもっと早かった。そして自分でも妙なくらい瞑想と技術を磨く時間が増えたためか奇跡の行使回数が日に5回となり、正式に聖職者としての身分を得られるレベル、初級から中級までの全ての軌跡を一通り詠唱と略式で発動できる様になり、子供達への説法もなかなかに様になってきたと言われた。
そして、悪魔狩りとしての仕事も下級やなりそこないの中級悪魔ならば殺せる様になり、報奨金で旅費と道具と武器を揃える一方で孤児院への寄付も増やしていった。
その一方でやはり俺とシスターの曖昧な関係は続いており、剣は棺桶の中だった。
正直に言って焦っている。
二年がすぎたのだ。自らが助けるべき愛娘があの忌むべき恐怖の王を名乗る悪魔に攫われて、もうそれほどに時間がったのだ。
報復と復讐の念は絶えず。剣を振り、訓練をし、聖句を唱え、子供の相手をしていて尚その炎は燃え続け、さらにその勢いを増していた。それでも俺がここを出ないのはシスターとの関係をはっきりさせる事、そして何よりシスターが封じる武器が俺の殺す相手を殺すために必要だからだ。
「それで、その回想はいま目の前の暴風雨に対して何かヒントをくれたかい?」
「ホーリーシットだぜゲオルグ機関長様よぉ!」
いま、俺は正式な悪魔狩りとなる試験を受けていた。これを突破すれば単独での任務遂行と聖職者としての身分証明証を交付される。
だが、その身分の証はそれ相応に重く。あらゆる意味で治外法権極まるこの機関においても簡単に発行できるものではないらしい、それ故に、半端な実力は許さないというのが答えだった。
目の前にあるのはガトリングと呼ばれる機構のついた銃、それを携えた傀儡がファランクスを組んで魔法使いやら戦士やらに守られていた。
有り体に言ってこんな状況悪魔狩りに関係ないだろうが、中級悪魔とはこういう暴威であり、この様な知性ある戦略を使い、息をする様に純粋な人種の魔法使い千人以上の魔力行使力を使って殺戮と邪悪の限りを尽くす怪物である。これがまだ優しい方だというのだ。俺が挑むであろう娘をさらった上級悪魔というのがどんなクソ化け物か今から楽しみだ。
「なんて言ってる場合カァー!『守護せよ』!」
略式の聖句詠唱で簡易障壁を顕現しそれを足場に跳躍、弾丸を弾くために銃を投げ捨て右手に剣を持ち両手で弾丸を受け、弾く。神父服は頑丈だが相手は鋼鉄程度簡単に貫通してくる恐ろしい値段の弾丸を湯水のごとく使う傀儡の群れ、剣士型の相手などしていられないと跳ねたが全方位から襲い来る弾丸を捌くのも簡単ではない、だが目の前から質量で押しつぶされるのに比べれば全然マシだ。俺は回転しながら機関銃使いの傀儡一体に剣を投擲、始末すると左腕一本で機関銃を持ち上げる。
「ハッハー!」
問題なく振り回せるのを確認してのろのろとこちらに銃口を向けようとしてくる傀儡どもに向かってトリガーを引く。もちろん、地面に刺さった剣を引き抜くのも忘れずに、だ。
「レッツ!パーリィィィィイー!」
ギャリギャリと金属が擦りあい回転していく。銃口から吐き出される弾は一秒ごとに増えていく。反動は凄まじいが左腕の怪力が文字通り人智を超えた物だ。制御しきれなくは無い!
「いやー、凄まじいね、彼、聞けば悪魔の腕を植え付けられてその相手を殺すために頑張ってるんだって?いやはや、目標があると成長も早くていいね!」
「…」
水晶の様な物を通して先頭用の空間を眺めながらゲオルグと名乗る何者でもない誰かは笑顔で言う。
「悪魔狩りにして元天使、パラディンであるアンリ君、もうそろそろ彼とルイス君を重ねるの、やめないかい?」
私にとってそれは突然だった。息がつまる。鼓動が早まる。
「そんなことは…」
「あるだろう?アンリ・ブレイド、セントルイス君のコンビ、比翼の天使とまで言われた悪魔狩りである君がそうまで壊れるのを、彼は望んではなかったと思うよ?」
試験はもうすぐ終わるだろう。そして彼は私の元から飛び立っていくのだろう。
『という訳で!君には正式に悪魔狩りとなるための試験を受けてもらう!』
『…ふむ?』
『機関長!?』
銃弾を振りまきながら、右手で剣を振り回し魔法を避けてとにかく走り回りながら、俺は唐突に始まったこの試験が俺への押し付けがましい温情であり、あの何を考えているかわからない機関長の思惑の一部なのだろうと直感していた。
そしてそれはきっと良くも悪くも俺には関係がないと見た。
「ッハァー!」
工房と言う科学技術研究の先端が産み出した機関銃は弾づまりが無いし、定点からの波状攻撃用の武器としては良い設計だが、悪魔の力や悪魔を狩る力にはなり得ない、よくて人殺しの武器だろう。俺は最終的にその様な評価を下しながら機関銃を投げ捨て、最後の魔法使い型の傀儡を粉砕した。
「いやはや素晴らしいね、まさか二年前まで本当にただの迷宮踏破者だっただけの男とは思えないよ!」
拍手と共に現れたのはゲオルグ、投げ渡されてきたロザリオはキチンと受け取れたが、彼はいまなんと言った?ただの迷宮踏破者?俺が?
「そう、そうとも×××…おっと、これは駄目か、だが奪われた記憶を他人から記録として聞くのは問題ないと見たね、僕は」
「機関長、あんた一体…?」
カツカツと石畳でもないのに彼が歩くたびになる足音が鳴り響く。何のために俺の様な男のことを調べ上げる様な真似を?
「査定、審査、所謂…そうだね経歴の精査のためだよジョージ君、まぁ君のいた街はすっかり壊滅したから記録やら戸籍やらの記録は吹っ飛んでるけど迷宮踏破者として刻まれた名前は絶対に消えない、君と類似するあらゆる人物を調べ上げた。結局左腕で人の身の丈とおんなじ様な剣を振り回し銃を使う様な奇抜な戦闘法は君しかいなかったから大した労力ではなかったけどね?」
そう言って彼は俺の左腕につけられた鎧の隙間に聖銀の短剣を突き刺す。激しい痛みと共に熱が発生し見れば青白い炎が生まれていた。
「イッテェなクソ!一体何を!」
「いやいや確認だよ確認、君の左腕が本当に悪魔なのかって言うのと…」
そちらにばかり気を取られていたが俺の左頬から血が流れる。
「君が人に擬態した悪魔じゃないかって言う最終確認、うん、大丈夫そうだね!」
彼がそう言うと俺に何か結晶の様な物を渡してきた。それは見覚えのある赤い光を放っている。これは…
「魔石、か?」
「ご名答!忌々しくも教会には悪魔を飼っているなんて輩もいるんだ。そんな彼らの研究から悪魔は魔力で構成された異次元の力の塊だって言うのがわかったんだ。さ、傷口にそれを押し込みな、それで塞がるはずだよ」
魔物の体内や大気に溢れるマナと呼ばれる種類の魔力の結晶、それが魔力結晶および魔力結石である。俺は其奴を押し込んで見るとたちまちに火は掻き消え痛みは和らぐ。
俺は痛みが治まると共に口を開かざる得なかったが、それよりも先に先程から一言も喋らないアンリが目に入り何故か吃ってしまう。
その瞳は俺を見つめている様にも、どこかのだれかを見ている様でもあるが、俺に分かるのはそれが不安にかられ揺らいでいることだ。
「言っておくけど、君に記録は渡さないし喋らない、奪われた物は奪え返さなければ意味がない、君の目標はそこにあり、僕の思惑がどこかだとすれば僕のものを奪うために君は僕の場所へとこないといけない」
意識が曖昧になる。これは…不味い、この空間から出されるときの兆候だ。そして決まってここで喋った事の多くを夢の如く忘れるのだ。
「無くなるのは記憶だが、それによって無く成るのは人格であり信念であり思想であり自分だ。君は確かに正解だよ、×××いや、ジョージ、君は取り戻しても大丈夫な人間だ。」
頭に残ったのは不鮮明な言葉、手に残ったのが銀のロザリオ、しこりの様な目眩のような酩酊感のような焦りが、二人分そこにあった。