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If at first you don’t succeed, try, try, try again 漸く其の本題


教会内部は孤児院のそれとは違い神聖な場所であり、圧倒される様な感じがした。なにせ孤児院の聖堂は日常的に使う生活の場でもあるからだ。ここは祈りと説法にのみ使われるのだと思うと其の荘厳さも増すと言うものだ。


「イース孤児院院長アンリ、此度は新たに神父見習いを受け入れたことを報告しに参りました。」

「畏まりました。其の隣の方ですね?」


そしてシスターは不機嫌そうではありながら教会の出入り口にある受付に今日の用事を申付けると受付の青年神父は紙と水晶の様なものを取り出してきた。そして紙を水晶の様な物載った台の下に差し込むと俺に手をかざす様に勧めてくる。俺は右手をかざすと水晶が発光して差し込まれた神が吸い込まれたかと思うと青年の方へと出て行った。


「はい、確認しました。では少々お待ちください」


そういうと彼は受付台の後ろの扉から出て行った。


「シスター、今のは?」

「一次試験、正確には仮証明証の発行機です。…何ニヤついてるんですか?」

「いや、これで俺も悪魔祓いの依頼や陳情を受けられる様になるのか?」

俺がそういうと彼女は本格的に溜息を吐き、説明してくれる。


「一応はそうなります。神父見習いとは悪魔狩り見習いを示します。なにせ神父に見習いも何もありませんからね」

実際のところ聖職者というのがどの様な階級制度の下どう言う組織としてあるのかについてはあまり詳しく知識としてあるわけでもないし、悪魔狩りの業や代表的な弱点、殺し技なんかを学んでいればそんなことを知る時間はほとんどない、というか無い、皆無である。そんな事をしているくらいだったら俺は一刻も早く悪魔を殺し、殺しつくし、塵へと帰す為の努力をする。


いや、悪魔を殺すことすらも避けて通れないゆえの回り道だ。今の俺はただただ一点に向かって進む弾丸だ。其のためにならば何にでもなろう。其のために必要ならば何でもしよう。遠回りも、耐えることも、死ぬことすらも通過点であり目標たり得ない、俺は俺の全てと俺の最愛をこの手に取り戻すために此処に死にぞこなっている。」


「…やっぱり早かったんです。時期が、魔剣を持たせてそれに耐えるとしても多少の精神の変質や改変は想定するべきでした。」

「何か言ったか?」

「いいえ、相変わらず娘さんの事を考える其の初志貫徹ぶりは素晴らしいと思っただけです。」


…どうやら途中から興奮のあまり声に出ていたらしい、恥ずかしいとは思わないが、戦いの最中に起きれば事故もいいところだ。直すべきだろう。


そう考えていると目の前の受付に居た青年が戻って来た。


「はい、ジョージ神父見習い、そして教導者アンリ様此方へ…」


そう言ってカウンター横の仕切りを上げ、彼が今しがた出てきた扉の奥へ進む様示す。俺はシスターが先に行くのを後ろからついていく様な形でそこへ入っていった。



そして俺が見たのは…工房によく似た。しかしながらまるで別の場所の様な空間、恐らくあそこの様な何処にでもあって何処にも無い様なおかしな代物なのだろうが、その明らかにおかしな空間にいたのは限りなくまっとうそうに見える普通の人だった。

普通の人というのは表現的におかしいのかもしれないが、俺はそうとしか彼を表現できない、強いて言えば何処にでもいそうな背丈、何処にでもいそうな顔立ち…


「やぁ、僕はゲオルグ、一応教会の悪魔狩りを担当するほぼ大司教だ。」


そして声も記憶がない俺ですら何処かで聞いたことのある様な物だった。


「迷える子羊というにはいささか邪な気配が混じっているけれど…まあ、いいのさ悪魔を狩ることが出来るのならばそれでいい、狂信者だって、狂犬だって、悪魔を殺す悪魔だって構わない、なにせ此処は教会外部組織にして教会非公式の内部組織、存在しない筈の悪魔、異端、あらゆる矛盾を物理的に解消する矛盾のない場所なのだから!」


大仰な身振りも、明らかにおかしな言葉の羅列もあらゆるものが何処かで見たことがあって何処かで聞いたことのある人物から出るだけでひどく正当化されていく。

だが流石に気持ちが悪い、おかしな事をおかしくない様に喋る才能というのは此処までやばい代物なのかと考えさせられる。実際、シスターも先ほどより顔をしかめて声を荒げる。


「…ゲオルグ機関長、お戯れが過ぎますよ!」

「あはは、すまないね、どうにも誰にも必要な時以外思い出されなくてね、キャラ付けされていないと皆の記憶に残らないから工夫を凝らしてみたんだ。」


そう言って彼はこの聖堂の様な空間の何処からともなく教典の一ページを取り出し此方へ差し出してくる。なんども暗唱した其のページを見ると明らかにそこにある内容と違う物が読み取れた。


『此処より北、廃屋にて悪魔崇拝者の集いあり』

「…これは…」

「悪魔狩りの任務書よ、じゃ、さっさと行きましょうか」


なるほどこういう風に依頼や陳情は処理されるのかと教会の仕組みの一端を知れた所で振り返ってみるが何処にも誰もいない、むしろ先ほどまでいた筈の、あんなに気色悪かった筈の誰かの顔も声も思い出せない?


「そういうものです。深く考えようとすると飲まれますよ?」

「…ああ、わかった。」

今は、この任務に集中しよう。




任務、特に悪魔狩りは簡単な除霊作業なども含むこの世ならざる異端、および邪悪、並びに異変の解決や解消の事も含めた物である。だが俺の場合除霊作業など聖水をぶちまけ聖句を少し詠みあげるくらいのことしか出来ず。霊との対話など先ず相手が見えないのだから出来ない…筈だった。


「なぁ、シスター、見えるかこれ?」

「…いいえ、残念ながら?」

「…一体どうなってやがる」


目の前には揺らめく半透明の体を持つ人型、幸いにして声は聞こえないがそれが求めるところははっきりと分かる。左肩が疼く。悪魔の気配だ。だがまだ遠い、悪魔崇拝者と言う名の糞の詰まった袋は既に殺し尽くしたがそれが呼び出した塵どもを塵へと帰す為に歩き出した所での事だった。

事情をシスターに話しながらオドを使った身体強化によって獣の様に森を踏破していく。


「…恐らくですけど、悪魔の腕絡みでしょうね、肉体の強化最盛期への回帰なんて言う副作用も出てるくらいですし案外悪魔の力なのかもしれませんよ?」

「ッカ!ヘドが出る。」

半透明のそれらは年若い娘が多く。其の数は左肩の痛みが増すほどに多くなっていく。俺は笑みを浮かべながら剣を取る。悪魔への殺意が、放てば抑えの効かない狂気の様な憎悪が身を焼くが半透明のそれらの中にマリアの様な年頃の子供を見つけた瞬間、恐らく俺は悪魔となった。



下級悪魔と言っても悪魔狩りの初任務としては些か重いものである。それが本当にただの冒険者だっただけの素人だったとすれば尚の事である。


「シィィィィアアアアア!」

『非ギェ亜ァァァァァ!!』

『おおぉおあぁ!』


銀の十字架、それを手にした何かが弾けた。まるで化け物の様に、まるで怪物の様に、まるで悪魔の様に悲鳴をあげ叫ぶ悪魔を切り刻み、暴風の様に弾丸を撒き散らす。


「カアアアアァァァ!」

『ゲピッ!?』

『ナンダコイツゥ!』


叫ぶ様に殺す。息をする様に殺す。殺して殺して殺して殺す。銀剣の歪な狂信によって生まれた輝きが一層の輝きを増してギラつく。

血風を撒き散らし、その身を返り血と自らの限界を超えた動作によって破壊された手足から吹き出す血で彩りそれでもなお視界に映る悪魔を狩る其の姿は明らかに異常だった。


だが獣は獣、知性ありし者には力でなく罠で殺される。下級と呼ばれる殺戮だけを目的にただ自らの手で目に映る全てを出来うる限り惨たらしく殺す以外の能がない悪魔が塵も残さず。其の魂の一片すらもこの地上に無かったかのように消しとばされて後、昆虫的な見た目だった下級のそれとは違う容貌の悪魔が現れた。


『…クヒッ』

「ルルルああああああぁぁ!」

「ジョージっ!」


それは中級と呼ばれる悪魔で獣の様な姿とは裏腹に高い知性とか旧とは隔絶した力を持つ悪魔、それが指を鳴らすだけで大気は悪魔の魔力で震え反射的にか銀剣と左腕を盾にした獣、ジョージは吹き飛ばされ悪魔崇拝者の儀式台に叩きつけられた。


「っがっふ!?」


殴られたのとも、斬られたのとも違う痛覚に身を捩り儀式台に叩きつけられてようやく正気を取り戻したジョージが見たのは山羊の角を持ち醜悪な笑みを浮かべる悪魔の姿、ここでジョージはようやく敵の姿を見る事となり、そして山羊頭が手を振るうと同時に銀の閃光が走ったと思うと神父服の胸の部分が破け、浅く切り裂かれそれを成した山羊頭の体がミンチになったのだった。




「…お、れは?」

「やはり呑まれましたか…」


山羊頭が俺の心臓を貫こうとしたのは見えた。いや、ようやくそこで俺は銀剣の呪いから放たれ俺が殺すべき者を認識した。そして気がつくと山羊悪魔は死んでおり、俺は全身の痛みと出血で意識が飛びそうだった。だが…


「こんの馬鹿!」


ばちんと一発、平手打ちだ。皮膚が皮膚を叩く時特有の弾ける様な音ともに俺の意識は強制的に覚醒した。あぁ、昨日のそれとは違う涙だ。記憶にあるマリアの涙とよく似ている。悲痛で、絶望と諦観に絡め取られそうな眼から溢れる嫌な涙だ。俺は急速に回復する肉体を起き上がらせて剣を収めた彼女に倣って武器をしまう。銀剣の輝きはいま一度失われた。


「いいですか、貴方は娘を助けるのでしょう?行く行くは私が助けられない様な上級かそれよりもっと上の怪物と戦うのでしょう?ならばこんな相手に、こんな風にボロボロになっていては話になりません、それとも貴方は悪魔を殺すだけ殺して死にたいのですか!」

「…」


説教、それも言い訳のしようもない様な事だ。たわいもない日々の諍いならば飄々と受け流してもいいところだが、俺の目指すところ、そして現状を叱る真摯な言葉と優しい忠告に、腫れたまぶたのまま真っ直ぐにこちらを見て怒り狂う彼女を止める事はできないししたくない、間違いなく俺は今回失敗したのだ。


「いいですか、しばらくは銀剣を使うことも戦う事もしません、貴方の精神を、忍耐を自在に銀十字の呪いから強さだけを引き出せるまで鍛え続けます。それまでは孤児院から外に出ることすらも禁じます。」

「…っ!それは!」

「ダメです!許しません、たとえ貴方が下級悪魔を殺すだけの技量を身につけていても、一時は抑えられた衝動に勝てても、それでも今の様なことがあれば今度は犬死です!」


今の俺を見て彼女は言う。血濡れになり悪魔の腕をぶら下げ己の全てを奪った者への憎悪だけに成り下がろうとした俺を見て彼女は言う。


「貴方は、たしかに悪魔を殺せる様になりました。ですが、ただそれだけです。悪魔に殺されない様になどなりはしないでしょうし、このまま銀十字に使われていれば殺せるだけ殺せるでしょうけれどやはりそこまでです。」

彼女は語気を荒げ、口調も激しくなりながら続ける。

「貴方は!いつか私の保護下から飛び出して戦いに行くんだ!それまでは私が幾らでもなんとでもして!やる!けど!そこから先は長いんだよ!死んでも娘を助けるんだろ!?」

襟首を掴まれ、頭一つ小さな彼女に持ち上げられ木に叩きつけられる。痛くはない、ただ目の前で俺を見ながら泣き俺を通して誰かを観て哭いている彼女に、俺は自分の愚かさを漸くにして実感したのだった。

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