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If at first you don’t succeed, try, try, try again あるいは序章


この孤児院の朝は早く忙しい、朝日と共に起き、朝の礼拝、畑の管理をしてから朝食をとる。この間に弟子となった俺と院長であるアンリは聖堂を清掃し、子供達を起こし、畑をいじり、飯を作らなければならない、ここ一ヶ月ほどで漸く今の体とその性能になれた俺は今日も朝から重りを付け賛美歌を謳いながら農業に勤しんでいた。

そして飛んでくる金属製のナイフを左腕で弾き鍬で叩き落としながらこのエキサイトすぎる修練の始まりを思い出す。



『まず、あなたの適性を見ましょう。まぁ、昨日の身のこなしからして自己流の剣技と徒手空拳、弓矢に銃大凡の武器が使えるのはわかっていますが、向いているのは何かわかれば時間のない貴方にピッタリの特訓を付けてあげられます。』


そう言って彼女はこの孤児院というにはいささか大きすぎる建物の聖堂、聖書を置いた棚を回し地下空間への出入り口を開けた。


『子供達には、秘密ですよ?』


そこにあったのは夥しい数の武具、剣や弓、銃に盾、ロザリオや鎧、果てはククリや東方の刀剣や機関銃なんかの仕掛け武器、あらゆる武具と呼ばれる物、その変わり種が聖銀と祝福を施されたそれらが整然と並んでいた。


『ようこそ、工房へ、ここは数多ある教会の武器置き場の一つだがその中でも最も頭のおかしいものを揃えた変わった場所だ。』


そう言って彼女は指を鳴らすとオーソドックスな大きさ、形の訓練用らしいただの武器六種類剣、弓、盾、銃、槍、籠手が俺の前に現れた。すると周囲の風景が歪み、少し広い闘技場のような場所へ放り込まれ、彼女が武器を抜き放つ。


『さぁ、行くよ私はこう見えても強いんだ。もう片方の腕も義手にすればちょうどいいと思わないか?』

『…勘弁願いたいな』


辺獄とは地獄の周辺部、一説によると地獄にも天国にも行けない魂の吹き溜まりだという。そして少なくとも地獄でも天国でもない此処は奪われ、半端になった俺にとっての辺獄なのだろう。

…適性を見るだけだというのにこのシスター容赦がなさすぎて本当にもう一本も義手になるところだった。


『うぅん、微妙だね!』


息も絶え絶え、というか出血やら何やらで助けてもらった時よりもボロ雑巾らしくなりつつもなんとか立つ俺に対しての言葉がコレである。


『ちょっと…あんまりぜ?』

『しょいがないじゃん、ていうか手加減してたとはいえやっぱり生き残るのはうまいんだね〜冒険者としてそこそこだったんじゃないかな?』


だが彼女評価は正当だ。生まれてこのかた戦い方を学ぶなどという機会に恵まれなかった俺の戦い方はとにかく消極的、しかもどうやらかなりの器用貧乏だったらしく一通り使えるがどれも三流、銃と剣は一流だったらしいが、どうにも変な癖があるらしくオーソドックスなそれらの中では籠手を用いた徒手空拳が最も筋が良かったようだ。


『うーん、多分メインは剣と銃、サブに籠手で間違いないんだけど…ちょっともう一回、今度は自分で選んでみてくれない?』


そう言われて再び空間が歪むと今度は同じようながら長さや形の違う剣や銃が現れた。訓練用とはいえどれもしっかりとした作りで鋼も良質なものでできている。記憶を失っていても、目指すべき目標が高く時間がなくともこんなオモチャ箱を前に気分が高揚しないわけはなかった。


『…これか?』

『へぇ…また妙な…まあ妥当ではあるけどねぇ』


気分に任せて時間を少し浪費したが、それも数分俺が手にとったのは180と少しある俺の身長に見合った物より更に少し長く重い剣と片手で排莢可能なコッキングレバーのついた長銃、それをほぼ本能的にそれぞれ左右に持った。


『じゃ、もう一回だね』

『ああ』


籠手は鎧の左側を丸々とって反対の脇の下にベルトを通して固定、十四発の人間用ゴム弾という変わった模擬戦用の弾を詰め肩に剣を担ぐようにして構えた。これも身体の赴くままである。


『シッ!』

『はぁあ!』


銃を発砲し回して排莢、それが防がれるのを見るまでもなく剣の連撃を繰り出す。懐に来られたら蹴り飛ばすか剣の柄と左の籠手で流し銃で殴る。吹き飛んだところに弾丸を降り注がせ…って


『やっべ』


不味い、そういえば身体能力がなんでか上がっていたんだった。流石に金属製の銃のフルスイングをまともに受けたまま吹き飛んでゴム弾とはいえ銃弾を撃たれれば『ふふふふふ…いいじゃなぁい、いいじゃんいいじゃん!ノッテキタァ!』獣のような叫びと共に彼女が土煙の中から飛び出た後、俺の記憶は途切れていた。



あの時の姿を思い出すだけで寒気がする。あれはもはや聖職者とかシスターとかそういう清廉な人物ではなく戦狂いの類、悪鬼羅刹の仲間だろう。…というかあのぶっ飛びっぷりとか俺へのぶっ飛んだ説教とかそういう色々が原因でこんな所で孤児院の院長をしているのでは?


「本当に大司教だったんだろうかなぁ…」

「誰がです?」


はい、もちろん貴女のことですけど口には出しませんよ?なので悪魔の腕の方を銀製のナイフでグリグリしな…イダダダダダ!?燃える!青白い炎出てる!痛い痛い!!!


「もぅ!人の悪口は言ってはいけませんよ!」

「あぁー!シスターまたジョージとイチャイチャしてるー」

「してるしてるー」「いきおくれー」「妖怪婚期逃しー」


あ、あの悪ガキども死んだな、少なくとも今日の昼飯は抜きだろう。


「くぅおらああ!!」

「「「「きゃー、怒ったー」」」」


…最初の頃は子供達にも怯えられていた。特に左腕なんてこの歳でよく覚えているなと感心するような勢いで教典を高速で暗唱しながら十字架を掲げられた物である。


「ジョージー」

「ん、なんだ?」

「肩車ー」

「あいあい、フロイライン」


今では左腕に祝福の施された包帯を巻き、更に待ちを出るときに持たされた黒い布をシスターが仕立てた神父服に身を包んで悪魔の印の効果を相殺しながらではあるが近づいてくる子供や今のように肩車、高い高いなどをせがんでくるようにまでなった。子供の順応性に舌を巻きつつ、そしてシスターと子供達の追いかけっこを見ていると気が逸る。

一刻も早くマリアを助けてなければ、そしてこの子供らが大きくなる時には俺のような不幸が起きない程度に悪魔を殺さなければと熱い物が燃え上がる。


だが、今はダメだ。まだ駄目だ。復讐に飲まれ犬死するわけにはいかない、マリアを助けるためにはまず悪魔を殺せなければならない、殺意にまみれ心のままに絶叫のままに戦いに出るのは、今ではないのだ。だが考えれば考えるほどに俺の情念は燃え上がる。きっとこの暖かな陽気もあの子は感じられないのだろう。きっとこの子供らのように遊ぶこともできないのだろう。そう思えば一刻も早く出立せねばならない、それに抑えられてはいても俺がいる限りあの街のようにこの教会に悪魔が溢れる。


それ故に今は耐えるしかない、力を蓄え、業を磨き、刃の届くその時まで…


「クククク…」

「ジョージ?」

「ああ、すまないねフロイライン、また鍬を振るから他の子と遊んできな」

「はーい!」


うっかり殺意が漏れてしまった。そこに悪ガキどもを取っ捕まえ制裁を加えたシスターがナイフの群れの投擲と共に帰ってきた。


「まだまだ修行が足りないですね、聖句の暗唱が止まっていますよ?貴方ただでさえ魔力も心力も足りないんだから兎に角そこを鍛えないと話にならないのです!」

「わかっているさ、魔力で肉体の性能を引き上げ、心力で神の奇跡を武器に乗せる。それでようやくあのクソ化け物どもに傷が付く。マジックキャスターでも無ければ聖職の生まれでもない俺は子供らと一緒に祈り、経典を写生し、寝る間も惜しんで魔力を練らねばならない」

「そうです。娘さんは7歳、悪魔の言っていた16まで9年しかありません、いくら悪魔の腕が貴方の肉体を全盛に近づけ迫り来る危機から生き残らせるために強化していても普通にやって上級悪魔を狩れるような業を修めるには時間がなさすぎます。」


そう、俺の記憶は日々些細なことで少しだけ戻ったりする。マリアの名と共に俺の今の年齢とマリアの年を思い出し、それと同時にあのクソ悪魔の『宣誓』も思い出したのだ。大まかにしか思い出せなかったがその内容はマリアの肉体に宿り受肉することでこの世界を支配するらしい奴はそのためのキッカケとして俺を生かし、マリアの肉体が奴の力に耐えられるようになる16になるまでは手出しはしないとほざいていた。

鵜呑みにするわけではないが、微弱ながらでも契約として成り立っているらしく悪魔はこの世界に契約によってのみ現出できる別位相の力の塊である。契約を反故すれば奴らはその力を失い、ただの力の塊と成り果てる為に魔術師や魔法使いの召喚や契約に渋々従っているのだ。



悪魔の補足

願いを叶える存在である悪魔は、その力を現世でどう使うかを契約によって縛られる。その力を扱うものは常に契約に穴がないか、きちんと悪魔を送還出来るかを確認して細心の注意を払ってから召喚に臨む。

だが残念なことに、現状世界には幾多の悪魔が存在しており、その多くは悪魔崇拝者による無制限の召喚や低俗な願いの叶える力もないような些細な悪魔、さらには召喚に失敗もしくは送還に失敗した下級の悪魔などで、別位相からこちらに流れ魂と血肉、感情を貪っている。



昼は経典の書き写しと暗記、暗唱、祈りまた悪魔に有効な武器や戦闘法などの座学である。勿論魔力と呼ばれる余剰な生命力、オドの練り上げも続けなければならないし屋内では投げナイフではなくシスターによる直接の不意打ちへの対処をしなければならない、ちなみに投げナイフや不意打ちは殺意などの気配に敏感になる他より周囲を観れるようにより多くの物事を処理できるようにする為の訓練だ。


「いいですかジョージ、多重多元的な思考はどのような局面においても必要な技能です。こと戦闘においてはあらゆる可能性を吟味しながら敵の性質、有効な攻撃法、使用する聖句の取捨選択など処理すべき事象は多くあります。それは冒険者としての技能でもありますよね?」

「ああ、勿論だ。敵の観察、弱点の看破、初見の魔獣や怪物ともなんども出会った…筈だし、こうして生きているって事は俺もある程度無意識的にそれをこなしていたんだろうな」

「そうですね…なんか筈とか、だろうとかすごく説得力がない感じになりますね」

「…」


…仕方がないだろう。知識や経験、技術を思い出したは良いが肝心の記憶のほとんどは未だに奪われたままなのだ。一般教養も妙なところでつまったり、慣用表現を忘れてたり…30にもなって自分の三分の一も生きてない子供らに訂正される俺である。


「ふふっ、まあ良いです。今日は此処までにして一度休みましょう。洗濯物を取り込んで夜ご飯を作るまで少し時間があります。昨晩も明け方近くまで模擬戦続きだったので流石の私も少し眠いです。」


座学の昼を過ぎれば夕方の農作業と晩飯、夜の祈り、子供らを寝かしつけてそこからシスターとひたすら模擬戦を繰り返し武器の使い方や動きを修正していく。

そんな日々が続いていった。

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