The Hanged Man 或いはその目覚め
処刑台、人生で上がることなんてないと思っていたそこに襤褸を着せられ立たされていた。いや、まぁ俺としては人生なんていつも何か得体の知れない運命というやつにつられて揺られている様な物だと思っているが、何も物理的に首をつらなくたっていいじゃないか、その時はそんな軽口を叩く元気も皮肉げに歪める表情も何もかもが抜け落ちた抜け殻のようだったが、今にして思えばひどい話だ。
『罪人×××…その罪は悪魔憑きである!』
久方ぶりにその言葉を聞いた。もう数世紀も使われていなかった言葉だったはずである。なにせ魔法使いが魔女として焼かれていた時代が過ぎ去って、悪魔憑きという存在は科学に否定され、あらゆる意味でその言葉は死語どころじゃない勢いで死蔵されていた。過激派の連中も俺をどうにかして殺すために無我夢中で考えた結果なんだろうが…馬鹿みたいな話、この罪状を認めた上層部は相当困窮していたに違いない、過激派の奴らが困る姿を見るだけで固いパンでもご馳走になる。そしてこの辺りから俺の左腕、正確にいうとその付け根の激痛で俺は漸く長い放心状態から目覚めようとしていた。
朗々と読まれる罪状のアホらしさが聴衆の笑いを生むと聖騎士の剣が地面を砕く。
教会の権威も今では良い意味で普通程度のものになっている。教会と国と冒険者正確に言えば兵士と冒険者と言う魔物討伐者、聖騎士とエクソシストと言う悪魔の専門家、対立ではないが形式上で棲み分けらており民の心の平穏は教会頼りかもしれないが物理的な安全は冒険者と国の管轄だとしている。このような隔てられた戦力のバランスによって多少国と繋がっているとは言え過激派も表立ってこんな馬鹿が出来ることは無くなってきていたのだ。
まぁ、けどこんなふうな吊るし上げ、無茶な罪状でも人一人殺すくらいはいまでも出来るのだ。
罪状の読み上げが終わると刑の執行が始まる。俺は目隠しをされ階段を登らされ縄に首を突っ込まされる。この時すでに悪魔は俺のことを見つけていたのだろう。今でならわかる。あの忌々しいディアブロと名乗った悪魔は此処まで展開を読んでその上で俺に印をつけたのだろう。
台を退けられて瞬時にやってくる浮遊感冒険者として身を立てていなければこの時点で首を折られて死んでいるが腐ってもそれなりだったらしい俺は死にぞこなった。それでも意識が途絶えるまで首を縄で締め上げられ…悲鳴と聖騎士共の怒号と共にハングドマンからフォールンマン、倒れた男となった訳だ。
体が燃え上がるような痛みとズレた目隠しから見えた地獄のような世界で幼い子供がでかいカマキリみたいな化け物に食われそうになっているのを見た瞬間、俺の頭にまるでバラバラで取り留めもないような記憶が蘇り体は問答無用で動いていた。
「ッダアアア!」
『ッグエ!?』
首に縄がかかったままだし、手枷もされたままだったが、あり得ないことに金属製のそれらを爆散させて俺はカマキリ野郎を左腕で殴り飛ばしていた。他にも悪魔がわらわらと湧いていたが少なくともその女の子は助かった。この時俺は混乱していた。
冒険者としての技術や経験、知識が蘇り謎の使命感のままに悪魔を殴り飛ばしたが、知識では悪魔というのを物理的に殺せるのは祝福を施された武器のみのはずだった。それなのに俺は今左腕で…
「おい、おいあんた!」
「あ?っぶお!?」
「いいからこっちへ来い!」
俺は少女の親であろう聖職者の服を着た人物に布を被せられ乱戦中の街中をすり抜けて街の裏口、下水道前に連れてこられていた。
「あんた、ここから逃げな!」
「え?」
「いいから!」
そしてこれまた問答無用で中へ連れ込まれると其処には一般人や子どもなどを治療する教会のシスターと穏健派の聖騎士達がいた。
過激派と穏健派
聖騎士、悪魔払いでも必ずしも過激派というわけではないしかもその所属を明らかにしなくとも両者の違いは顕著である。豪奢もしくは過剰なまでの装飾がなされているか高価な素材を使用した鎧の者は過激派、最低限の清潔さと強力な祝福の施されているもののわかる者にしかそれを悟らせない本物を着ているのが穏健派である。他にも剣や触媒から見分けることもできるくらい財力と信仰心の差は明らかである。
俺は非常に混乱していた。なにせこんな乱戦状態だったのにここまで適切に、いやまるでこれを予見していたかのようなこの動き、どう考えても不自然だったしここの聖騎士の坊ちゃんが領主息子である関係で俺を助けるなんていう馬鹿な奴は居ないと瞬時に計算し終わっていたからだ。というか何かおかしいくらい自分の身体性能が上がっていることにこの辺りから気づき始めていた。
「なんで俺を助ける?」
「神に誓ってお前のようなお人好しが悪魔憑きだなんて時代錯誤な罪状で死ぬ奴じゃないっていうのと…娘を救ってくれた。これだけじゃあダメか?」
純粋な好意、善意という奴だろうか?
「ま、それにお前に刻まれた印が悪魔を寄せるっていうのはつい半日前にわかったことでね、その外套はその効果をできるだけ薄れさせるものだ。助けるといってもここにいられると困るというのが実情かな」
がーん、って感じである。ショック極まっている。だが損得勘定のできる冷静な人らしいことがわかり安心した。おそらく俺がこの街では死ねば印の効果で永続的に悪魔を寄せてしまい街もろとも破滅する。冷たく言えばここではない何処かで死ねということだが、この外套をくれたというのを好意的に見れば穏健派の街で保護を受けろということだろう。
男は申し訳なさそうにこちらを見てくるが俺は肩を叩いて笑ってやる。
「ははっ!まぁそうだろうな、純粋な善意だけで動ける奴はそういない、打算があっても助かったよ」
「…そう言ってもらえると少し許されたような気分になるよ、ありがとう」
「それじゃあな、運が悪けりゃまたいつか」
俺はそう言い残して下水の先、川辺の森へと出て行った。
それを見送った男はどこか安心して、しかし心配そうにあたまをかいた。
「…どこに行くつもりなんだろう」
「司教様!」
『グゲゲゲ、少なくとも近いうちにあの世行きだろうさぁ!』
「なっ!?」
聖騎士の絶叫のような声に振り向く前に腹を刺し貫かれ針のような返しのついたそれは引き抜く動作と共に臓物という臓物を地面一面にぶちまけさせた。吹き飛ばされた先で聖騎士達が戦っていたが全員すでに守るべき者は逃した後だった。
それを見て安心した男は最後の力で待機しておいた聖句の最終節を唱え、生命力の全てを犠牲に大規模な浄化の炎を放った。
この日、街は壊滅し悪魔達は一晩の狂宴の後大量の死霊と屍人を生み出し嵐のように去っていった。此の報は各地に瞬く間に伝わり此れから起こる惨劇の先触れ、今までその姿をほとんど見ることのなかった悪魔という上位存在の大量発生が絡む最初の事件となった。この年の暮れ『恐怖の王ディアブロ』を名乗る上位悪魔が各地への襲撃を開始、教会と国によって解決され情報統制がされるが不穏としか言えない何かの思惑はじわじわと国を冒し始めた。
「はッハッハっ…」
そして町から飛び出しほんとうになんのあてもなく飛び出した俺は冒険の経験や技術、知識は蘇ってもまだ殆どの事を忘れているのだというのを思い出し途方に暮れながらも走っていた。夕暮れ時にはもう森は暗くなるが、そんな基本的な生存術は思い出せても直近の穏健派教会が優勢な街を思い出せず。最早街道のある場所もわからず逃してはもらえた。だが生き残ることはできそうにないと思ってしまった。それと同時に劣悪な環境で食事もろくに撮らせてもらえなかったため体力が尽き、興奮によって気がつかなかったが尋問と言う名の拷問によりつけられた傷が痛むと足をもつれさせそのまま行き倒れてしまった。
「最悪に最悪だ…」
娘を一刻も早く救わなければならない、そして出来ることなら悪魔と言う物をこの手で殺し尽くしたい、希望はなくとも願望はふつふつと湧いてくる。それを糧に立ち上がろうとするが…ほんとうに運が悪い、狼の遠吠えが四方八方から聞こえてきた。
「し…ねるか…っ!」
痛む身体をない体力を振り絞り石を投げつけ、拳で頭蓋を砕き、吠える。
「あああああぁぁぁぁ!」
そこら中にあるものを使ってとりあえずの危機を脱した俺はそのまま今度こそほんとうにぶっ倒れてしまった。