他人を呪えば穴二つ、怪物呪えば穴一つ
2回目の教会捜索は意外にもあっさりと見つかると言うオチを見せた。というかやはり無意識に悪魔に吸い寄せられるのでそこを意識的に外せば自然とついたというべきか、些か主張の激しすぎる左腕の索敵と報復心に自分のことながら呆れてしまった。
まぁ、それはそれとしてだ。穏健派の教会は相変わらず荘厳ではあるが圧迫感はなく。豪奢でもない、受付の位置や礼拝堂の像なども大きさは違えどイースと似たようなものだ。俺は受付に顔を出して銀のロザリオを渡し奥の扉に入れてもらう。そうすれば俺の目の前に広がるのはいつもと変わらない『工房』の一画だった。
そして俺がくるのを待っていたように、豊満な体を清廉なシスター服に押し込んだへんた…ちj…新機関長が居た。
「うふふ…来て早々に神聖派の悪魔狩りに巻き込まれるなんて災難ねぇ?魔人くん?」
「ジョージだ。てかあんたも聖職者ならもっとそれらしくしてろよ」
実際、彼女の身体つきは非常に欲を掻き立てる。シスターとしての服装も最早肉欲を煽るだけのスパイスだ。しかも最悪なのはこの女がそれを自覚してやっているという事だ。
「やぁね、これでも私は聖女さまなんですよ?私以上に敬虔で、清廉で、清らかな聖職者はいない…ウフフ、冗談よ?」
そう、本当に聖女なのだ。英雄や勇者やそこらと同じように息をするように破魔のオーラを生み出しオドとマナ、心力を混合する神の息吹の使い手、祝福の保持者である。それを聞いた最初は恥もなにもかも捨て去って娘の救出を懇願したのだが…
『いいわよ?そのかわり、娘さんの命と引き換えね?』
うっかりぶん殴ろうとしてしまった。きっと彼女ならばするりと全てを片付けてくれるのだろうが、俺が差し出せるのは俺の物だけだ。俺の命も寿命もなんだって差し出して解決するならそれでいい、だが娘は俺の物ではない、たとえば彼女がそれでもいいと言うのならばそうするが、俺にそれは許容できないし俺が許可を出せるものではない、そしてそれをなんに使うのかと聞いてみればこう答えた。
『勿論、私があなたの娘を助けるためよ?あなただって分かってるでしょう?聖女や勇者や英雄やらがどうして軽々しく動けないのか位は』
『…っ!』
そう、奴らは動かない、動けない、動きたくもない、彼らの力は絶大だが世界が滅ぶような危機以外で彼らが戦うことを許容してはならない、彼らに授けられた祝福は神や超越存在からの加護であると同時に不平等な契約に他ならない、その力はそれらの存在の名の下にある故に不用意に使った時の代償は…重いのだ。
まぁ、そんなわけで奴らは役に立たない、きっとあの悪魔がマリアの体を掌握し世界を支配しようなどとすれば彼らは動くだろうがそうなればマリアは死んでしまう。マリアを救うためには悪魔がこの地に降り立つ前にあの悪魔をどうにかして、マリアを取り戻さなければならない、だが今の俺には…
そうやって思考が負の方向に沈もうとすると聖女が手を叩いた。
「はいはい、沈んでないで仕事をなさい、あなたの記憶からもう読み取ったけどこの街の周辺に不自然なマナの流れがあるわ、一先ずそこにいる悪魔崇拝者どもを塵へと帰してきなさい、報酬は…」
「情報よ?」
性根が悪いというか、性格が悪いというか、あんなにイイ体なのに少しも欲情できないのはあの人間性故だろうか?森の中を進みながらニヤつく顔を思い出し頭痛がした。だが頭痛の種はこれだけでは無かった。
この森の奥地に例の悪魔崇拝者どもがいる。それはそうなんだが…俺はこの森がすでに異常なのが見て取れる。マナが多すぎる。多すぎるというか空間内で飽和している。たしかに此処の森は魔獣被害と薬草やキノコなどの魔法薬の材料供給場所であるが、此処までの魔力収束は尋常では無い、マナの異常というよりは最早極大魔法や儀式魔術の爆心地に近いものを感じる。
「まぁ、左腕がこんな風になってるんだ。悪魔はいるんだろうな」
俺の視線の先にあるのはミチミチと音を立てて俺の体から離れ行かんとばかりに惹きつけられる腕、もしかしなくとも既に相手の領域内なのかもしれないが…そんなことはどうでもいい、さっさとカタをつけてあの性悪の掴んだ情報とやらを聞き出すとしよう。
木々によって遮られ光の薄くなった森の中を落ち葉や枝を踏みしめながら歩いて行くとひらけた場所を見つける。そこから吹く風の血生臭さや魔力を捉える左眼の異常なマナの奔流がそこにある全てを物語っていた。右手に銀剣を、左手に教典を持ち様子を伺う。
そこには血染めの服にあからさまに禍々しい短剣を持った虚ろな目の男が1人、その目の前には魔力の奔流と影のような揺らめく巨影、剣を振るその一瞬まで自らの存在を世界からほぼ消失させる効果を持つ中位奇跡、教典という触媒を使ってなんとか発動できるこの奇跡のお陰で気取られてはいないがどうももう間に合わないらしい、男は短剣を自ら心臓へと構えて狂笑する。
「…おぉぉぉ…我が一族の悲願たる神殺し…その一端を担えるのならばこの命惜しくは無い!」
「(っち!)」
俺は男が絶命する前に教典を投げ左手で十字剣を引き抜き魔力の奔流へと躍り掛かる。男の表情は急に現れた俺にではなくその魔力の奔流が傷付けられそうになっていることを嘆くような顔になり、剣はマナの中に紛れる邪悪を捉え、焼き尽くした。だが、やはり何かがおかしい、あのネズミの悪魔の時のように魂を簒奪するあの感覚がない、だが魔力の流れ自体は断ち切れたが森や周囲の様子が平時のものに戻った。
俺は足元を見る。
「…っけ、悪魔崇拝者ってのはわからないもんだが…なかなかにいい商品だ。」
そこにあったのは男の鮮血に濡れ脈打つ短剣とこの悪魔崇拝者どもが使っていたらしい邪教の聖典だった。こいつがあればこんなざまでもあの女から報酬と情報をせしめられるだろう。なんだか気分的にもざわついたままの復讐心も落ち着かない、少しそこらの下級悪魔でも滅しながら帰るとしよう。