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Time and tide wait for no man 或いは結び目


「何処へなりとも、行けばいいと、割り切れるほど私は諦めが良い訳じゃない」

「ああ、知っているとも、シスター」


夕焼け小焼け、とよく言うが実際目に見えるのは夕焼けだけだ。石の礫を踏み鳴らしながら伸びた影を背に孤児院へと戻る。彼女は突然にそう言うが、突然と言うには機関長のお膳立て、いや企みというのは上手く行きすぎていたのだろう。

ロザリオをつけた俺を見る彼女の目はそれほどに判りやすくあった。


「ケリをつけた方がいいのはわかっているんだ。少なからず自覚していたとは言え君を彼に重ねているのはわかってた。」

「そうだな、シスターはいつも俺じゃないだれかを見てた。嫉妬することはないが少し寂しくもあったぜ?」


悪癖、と言うよりはこの真剣な時間と空間が苦しくてのおふざけ、残念ながら彼女からの反応は薄い、何時も狙っていると言うよりは口が勝手に動いているような節があるが今回ばかりは冷や汗が出た。


「…行くのだろう?悪魔狩りに、全てを取り戻さんと勇んで歩くんだろう?」

「…まぁ、そう遠くないうちに行くだろう。なぁに、自分を取り戻しても、娘を取り返してもきっとシスターのとこに挨拶くらいはしにくるさ」

「そうじゃない!」


自らの命、生命の余剰を練り上げそれを自分に付与し化け物と戦うために化け物となる聖職者の肉体強化、鍛え上げられた彼女の肉体と心力は語気を荒げた足踏みだけで地面を陥没させた。

だが、そんな事をした本人は酷く弱々しく。か細く、些細なことで壊れてしまいそうであった。


「きっと、きっと貴方は生きても死んでもあの剣に呑まれている!貴方は貴方が持つ全てを捧げてまで奪われたものを取り返すのか!?」

涙、いやきっと其れは心配の形をした自己嫌悪なのだろう。俺を通して彼を見たように、俺を止めることで過去の罪を、失ってしまった何かを取り戻そうとしているのだろう。その瞳は俺の一挙手一投足を捉えて尚不安げに揺れ、足は震え、涙は止まらず。挙句には俺への敵意すらある。


だが、言わなければならないだろう。俺はあくまで復讐者、奪還者、失った名の持ち主のためで無く。自らの意思と殺意でもって悪魔を殺し、俺と言う全てを取り戻さんとする人でなしだ。


「ああ、きっとそうだろう。俺は悪魔を殺す悪魔になる。」


夕陽が赤く、紅く、空が燃えるように、燃え尽きるように色を変じていく。


「なら!」

「だが!俺は必ず取り戻す。俺は奪われて、奪い返すためにここまで来たんだ。これ以上何かを奪われてたまるか」

其の宣誓は自分への枷である。俺はあの剣、あの復讐心、あの殺意、あの正義の為だけに悪魔を殺す悪魔になる訳には行かないのだ。俺は悪魔に対抗するために人でなしになって、怪物になって、悪魔に成り果てようとも…例え、この身がどのように堕ち、この世のどこにも、何者にも認められなくなったとしても、俺は俺の目的のため、復讐と娘のために力を振るい身を捧げるのだ。


俺は叫ぶ。


「必ず帰ってくる。例えどんな姿に成り果てようと、例え悪魔となろうとも、この命と奪われた全てと共に貴方の前にもう一度現われると!だから信じてほしい、俺が信じられなければ貴方の信じる神だろうが、なんでも良い、それに誓って、俺は俺として生きて帰ってきてみせよう!」


風が吹き、陽は落ちた。まだ残る夕焼けの残り香が空を照らす中彼女の瞳から零れ落ちた物だけが動いていた。


なんと罵られるだろうか、いや、なんといって彼女は俺をどうするのだろうか、何一つ彼女の表情が読めない、それは彼女が夕焼けを背に立っているからか、それとも俺が彼女の顔を見ていないだけなのか…答えらしき物がなかったのはそこまでだった。

超人的な動体視力を持ってしても捉えきれないほどの速さで、一歩彼女が踏み出すと俺の身体に柔らかな衝撃が走り、彼女の顔が近くにあった。


甘いような、刺激的なような、唇と唇の接触が終わるとまだ少し泣いている彼女は言う。


「約束、ですよ?」


俺を通して彼女が何を見ていて、彼女の何を機関長が焚きつけ、機関長が何を俺に期待しているのかは知らない俺だが、きっと敬虔なシスターでもなく、かといって戦士のような勇ましい物でもなく。今の悪戯な少女のような、少し照れて赤みのさした微笑みに花のように可憐な笑みが彼女の本質なのだろうと俺は思えた。

正直、約束を守ることは難しいだろうと考えている。最悪、きっと娘の顔を見てそれを最後に息を引き取れれば万々歳だとすら思っていたのだが、単純な俺は彼女の笑みを見ただけで絶対に生きて帰ろうと思った。


「ま、けどまだまだ約束を守れるほど強くないので剣はお預けです。これから一年だけ、もうそうなれば三年ですがもう一年だけ私に時間をください、私と…私の知る限り最も長く、そして強かった十字剣使いの業の全てを教えましょう。なにせ、まだ私を倒せてませんからね!」

「…ふむ」


俺は少し先を行きながら喋る彼女を呼び止め唇を奪った。

それだけで彼女の顔は真っ赤に染まった。


「今なら倒せそうだが?」

「…!もう!知りません!」


まるで子供のように、拗ねたように照れながら走り去る彼女の背を見る。時々こちらを見て下を出す彼女はやはり魅力的だ。


だが、俺の左腕が囁いている。もう、時間は無駄にできないだろう。今までのそれが無駄という訳じゃないが、後七年、彼女に時間を明け渡してさらに強くなれたとしても残り時間は減って行く。一刻も早く。彼女の元を巣立たねばならない、そして娘の待つ腕の示す先に、悪魔を殺し、自らの感性に引きずられることもあるだろうがまっすぐと行かねば間に合わない…


最後の一年が始まる。

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