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非常識と戦います  作者: mabo2
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3

 魔法やそれに類する系統の事件を、警察が解決しようとすると――つまり数で掛かるような方法をとると、死傷率が非常に高くなる傾向がある。

 そういった常識の埒外(らちがい)にある力は、大抵が『対多数』に有効なものだからだ。また、それに対抗する術を持たない人間では、数で押しても有効な手にならないことが多い。

 そのため、基本的には少数精鋭――こちらも同様の力を持った能力者を向かわせるのが対処方法のデファクトスタンダードとなっている。

 では、例えば――相手が十数人ほどで固まって活動している場合、同じ人数の能力者を確保できるのか?


 ――とても難しい。


 能力者は常に枯渇しており、優先順位が低いと見なされた案件は、後へ後へと先送りされる――それが、既に犠牲者を出すようなものであっても、だ。


 *


「正直、今回の話は渡りに船だったんです」

 大雑把に歩道に乗り上げて停まっている車の中。川見さんは、大体の調整が終わった頃、そう切り出した。

「どれだけ小物であろうが、頭数だけは揃っているものですから。複数人の能力者をアサインするなど、針に糸を通すような日程調整になります。三か月後か、半年後か――このまま放置という目すらありました。その点、あなたには本当に感謝しているんですよ」


「はあ。どうも」と、助手席に座ったぼくは投げやりに言ってから、サイドミラー越しに後ろを見る。真後ろの後部座席に座った侑夕は、何の感情も浮かんでないような表情で沈黙していた。


「上はまだ旧態依然とした考えでしてね。犠牲を嫌い、必ず相手と同数ほどの能力者が捕まらなければ、取り合おうともしない。放置の方がよっぽど被害が大きいというのに、ね。結局、自ら動いた結果に対しての恐れしかないのですよ」

 と、煙草を懐から取り出して、はたと気付いたように、すぐにしまう。一日に一箱以上ペースの、なかなかなヘビースモーカーのようだが、その程度の気遣いはあったらしい――ちなみに車内には煙草の残り香が充満している――彼は話を続けた。


「ある程度の被害出るということを許容すれば、別に能力者は必須ではない。例えば、今回の場合。相手は十一名、全員が能力者です。さあ、我々はどんな手段を取るか?――簡単だ。撃ちまくればいい。警察が一人、二人、数人、無関係な人間が十数人殺される。だが、たかが(・・・)その程度です。それで勝てる。短距離の境界制御――空間転移程度しか芸がないことは分かってますからね。銃の射程から逃れることは不可能でしょう」


 その言葉に、ざわりと胸騒ぎがしたが、抑え込む。今、肝心なことは、

「……つまり、ぼくらが失敗した場合は、ハチの巣になる運命ということですね」


 その問いかけに、川見さんは僅かな時間、無言になったことで肯定の意を示した。ぼくは「はぁ」と息を吐いて、

「ところで、さっきまでの仮面が外れていますが、大丈夫なんですか」

「ん?――ああ、二間さんの前でしたからね。どうも、あなた方は軽んじているようですが、今や彼抜きでは、ここら一帯の警察組織が成り立たなくなるほどのキーマンですよ」

「へえ」


 意外――というほどでもないが、それほどまでに影響力があるとは思っていなかった。素直に感嘆の声を上げると、運転席から横目にぼくを見やる目が、通りすがった車のライトを怪しげに反射していた。


「その彼の一番の愛弟子、しかも全く魔的な力を持たない人物とは、いかほどかと思っていましたが――なかなか図太い神経をしているようだ」

 口の端を吊り上げ、ニヒルに笑う川見さんからは、先ほどまでの爽やかは微塵も感じられない。

 そこまで露骨に態度を変貌させられることに半ば感心している僕に、


「あなたの計画とやらについて質問があります」


 と言った、川見さんが何を言わんとしているかを理解して、ぼくは肩を(すく)めた。


「通常、警察はあなた方能力者のやり口について、介入することはほぼありません。そこは私達の領分ではないと自認してますし、下手を打ては足を引っ張りかねない。彼らは彼らで、自身の能力に対しての自負があるのか、計画と呼ぶことを躊躇うような力業を、体裁だけ整えて出してくることが多いですが――ここまでふざけたものは、さすがに初めてです」


「それはすみませんでした」と飄々(ひょうひょう)と答えると、彼はぼくを凝視(ぎょうし)するように圧を強めた。


「そもそも、あなたが、さも当然のように能力者(そちら)にいる事そのものが異常なのですよ――大方、二間さんに口添えでもさせて、捻じ込んだんでしょうが」


 川見さんは、質問と言いながら、ただ確認するような口調だった。ぼくは答えずに押し黙る。


「部下の中には、作戦への不満を大っぴらに言いふらす者も少なからずいましてね。同調する人間が出ないよう、手回しをするのに苦心しました。こんな無駄な徒労感に苛まれるのは、もうこりごりです」


 川見さんは本当に疲れたように、眉間にしわを寄せて、呻くように言った。


 ――ふざけただの、捻じ込んだだの、不満だの、こりごりだの、散々な言われようだが。

 ぼくの彼らに提案したものは、誰もが舌を巻く奇策でも、あっと驚く名案でもなく――割と普通なものだ。

 つまり、大抵の能力者達のように、到底計画と呼べないような、大雑把な予定だけを伝えただけ。


「無能力者の、まだ子供に毛が生えた程度の小娘が、曲がりなりにも能力者と呼ばれる男達に、正面から無計画に喧嘩を売りに行く――それだけでも馬鹿げているというのに、屈強な警察の男共には、そのおこぼれだけを拾えというんです。正義感に訴えても、道理で考えても、これほどおかしいものはない。私は、彼らの並々ならぬ自制心に感服しますよ」


 ねちねちとした嫌味に、やはりぼくは黙ったままやりすごす。


 ……仕方なかったのだ。今回の急なことに、ぼくの側にも、二間さんの側にも動かせる手駒が無く、警察というジョーカーを切るしかない場面で、他に取れる手段がなかった。かといって、彼らに完全に任せるような方法をとれば、無事に魔道具を回収できる見込みもない――彼ら論理で言えば、魔的存在は例外なく絶対悪なのだ。


 胸中で言い訳するぼくに対して、川見さんの嫌味言はまだ続く。


「他にも突っ込みたいところは多々ありますが。一番は、彼らが直接、あなたに取引を持ちかけたという魔道具――『雪の紋章』とか呼んでいましたか。辺り一帯の魔的干渉を全て無効化するとのことですが――そんなものが本当に実在するのですか」


 と言う川見さんに、返答を期待されていたかは分からないが、今回は答えた。


「ええ、もちろん。当然、それが彼らの手に渡っていることも、今現在所持していることも調査済みですよ」


 だが、川見さんは眉をひそめて、


「私は配属されてから、十数年ほどこういった事件に関わってきましたが――そのような規格外の存在は、噂ですら聞いたことが無い」

「そうですか。でも、ぼくは昔、実物にも触れています。もっとも、不完全な起動だったらしいので、実際に力を発揮しているところを見たわけじゃないですけど」


「仮に」と、川見さんは詰問するように身を乗り出して、「奴らが持っているとして。どうやって奪うつもりだ? 何の力も持たない小娘が、能力者にどう立ち向かうつもりだ」


 ぼくは肝が据わってきたのか、やれやれとおどけて見せた。

能力者(ぼくら)のやり方に口を出すのはご法度、なんでしょう? それに奪うとは人聞きが悪い。ぼくはそれを譲って貰いに、ここに来たんです」


 しばらく、ぼくを睨みつけて。川見さんは鼻から息を吐きながら、自分の座席に深く腰を掛けた。


「……どうも、色々ご迷惑をお掛けしたようなので。答えますと、どうやらそれは女性にしか扱えないようなんです。川見さんが知らなかった事を考えても、そのことを彼らが知っているとは考えにくい。まあ、なんとかなるんじゃないですか?」


 と、ぼくが軽い口調で放った言葉に、答える声は後ろから聞こえた。


「そこの人間にそんなことを聞いても無駄です。頭は悪くないですが、考えなしですので」

 辛辣な一声を当然のように無視していると、「くくくっ」と引きつった笑いが聞こえた。


「まあ、いいでしょう。あなたの計画通り――私たちは私たちの勝ちを追求することにしましょう。お望み通り、あなた方がどうなろうと、我々警察はその一切責任を負いません」

 言いながら、川見さんは唐突にドアを開けて、

「でも――あなたとの付き合いは長くなりそうですね――開始は三十分後。お互いうまくいくように祈っておきましょう」

 と、不吉な予言を残して車から降り、ばたんと戸を閉じた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 クラブの受付には、係員らしき制服姿が、群がる人々に二列に並ぶよう声を上げていた。繁盛しているのか――もしくは既に人員が入り込んでいるのか、列はほどほどの長さを保ち続けていた。


 ぼくと侑夕は、その最後尾に普通に紛れ込む。大学生の女友達――という設定だ。

 順番は割とサクサク進み、すぐにぼくの番になった。IDチェック、手荷物検査――財布などは侑夕のポシェットに入れさせてもらっているため、ぼくは手ぶらだ――を何事も無く済ませる。


「あの、鍵についてるこれはなんですか?」と、ポケットから出したキーリングに、じゃらじゃらとぶら下がっていたものを、ボディチェック係の女の子に尋ねられた。

「これはお守りで、旅行先で買ったパワーストーンなんです。綺麗でしょ?」

「そ、そうですね。でもちょっと大きすぎるような……」と、引きつりながら笑みを浮かべる女の子に、「おっきいほうがご利益がある気がして」と言いながら、拳大の半分ほどの赤い石のようなもの(・・・・・)を懐にしまって、先へと進む。


 安くない料金を支払って、紫と赤の落ち着かない照明の中、細い通路を歩いていくと、がらんと開けた場所に出た。


 手前側にドリンクカウンター。椅子はなく、立ったままという方式らしい。最奥にステージがあり、その上で下着かと思うほどの露出をした女性が二人、大音量の音楽に合わせて、くねくねと扇情的に体を躍らせていた――周りに満員電車と見紛うほどの、人、人、人。飛んだり、跳ねたり、ケミカルライトをぶんぶんと振り回したりと様々だ。その運動量と混雑の熱量で、暖房器具を真横から当てられたような錯覚がある。


「……うへぇ」


 思わず、独り言ちる――人が多い所は嫌いだ。反射的に身がすくんでしまう。別に何か悪い思い出もトラウマもないはずなのだが。人様にあまり言いふらせない生態をしているからだろうか。と。


「お、君可愛いねー! なになに、そこのクールビューティさんと二人で来た、の……いやなんでもないっす」

 入るなり、一瞬で話しかけてきたタンクトップ姿のチャラついた男を、また一瞬で追いやったのは、同じくボディチェックやらを終えてきた侑夕だった。

 油断なく――いや余裕なく、目につくもの全てを睨みつけている。


「どしたの侑。こういうところ苦手なの?」

 と、騒音に負けないよう、耳元で大声を出して尋ねるが、彼女はぼくに目を合わせず、しきりに辺りを見回したまま、


「苦手ですが、それどころじゃありません、維咲()! いつどこから敵が現れてもおかしくないんですよ! 何呑気にしてるんですか!」

 と、完全に叫んでいた。つい今しがたまでの冷静さは、場の空気に飲まれてか、無くなっているように見える――昔から、ここ一番でパニックになる傾向があったが、それだろうか。冷静な時とそうでない時の切り替わりが激しすぎる。

 ぼくは溜息をついて、侑夕の真ん前に立ち、背の高い彼女の頬に手を伸ばして、両の掌で挟むようにした。


「むぎゅう」

 と言ったわけではないが、無理やり口を尖らせられた侑夕が不満そうにぼくを見やっていた。ぼくはその顔の可笑しさに思わず笑みを漏らしながら、ひとしきり、むにむにと頬っぺたをいじっていると、


「…………」

 侑夕はしばらく黙り込み、またしばらくして、バツの悪い顔を浮かべる。それを見て、ぼくはゆっくりと手を放した。柔らかい生暖かい感触が残った手を合わせながら、カウンターの方へ足を向ける。

「カシスオレンジ一つ!」

 ステージ周りとは打って変わって、ガラガラのカウンターで突っ立っていたバーテンダーの男に、受付で貰ったドリンクチケットを渡す。


 侑夕にも、顎でしゃくって促しながら、ぼくはカウンターにもたれて、改めて室内を見渡す――と、ふいに思い至り、先ほど注文したバーテンダーに「ここってVIPルームみたいなのってあります? 十人ぐらいは入れるところ!」と聞くと、


「ああ、――に向かって――にあり――」


 あまり声を張ってくれなかったため、何度か聞き直して、ようやっと「ステージに向かって左奥にありますよ!」と聞き出すことが出来た。


「ありがとうございます」

 会釈して、ついでにグラスを受け取る。若干申し訳なかったので、軽く笑みを浮かべてみると、バーテンダーさんは赤面した。いい気分。


「さて」

 口にして、同じくカシスオレンジを手にした侑夕に目配せする。きょとんとした彼女に、一方的に近づいて、グラス同士をぶつけた。

 やはり音は聞こえなかったが――一口だけつまむように飲んでから、ぼくは奥へと歩き出した。


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