閑話 忘れ去られし英雄の歌
マイルジョッカーとフラックレイディとの激戦の後……ほったらかしていた酒場の後片付けをするマスターが呟く。
「ギド達のパーティーに極端に前衛が居ないのは…。あるいは存在を消された仲間達が居たと言う事か……」
「そうだ、彼等にはミカエル・ファルル・セイカンと言う仲間が居た。しかし、それを認識できるのは世界で私達2人だけなのだ」
酒場のマスターの前には見覚えのある。いや、見た事の無い男が座っていた。男は羽根の付いた帽子を深々と被っており、長旅の作り上げたボロボロのマント、1m程のハープの入った布袋を背負って居た。
「貴方は…」
「元々は名も無き吟遊詩人、それから…預言者ウルムドとも呼ばれる予定だった者だ。しかし今はマスターとあの子達にしか見えない、ただの吟遊詩人だ」
ミカエル「こんばんはマスター」
ファルル「よっ」
セイカン「お久し振りです」
「お前達だったのか…居なくなっていた子ども達は……」
ミカエル・ファルル・セイカン。彼等は確かに酒場に遊びに来ていた子供達だ。
ミカエルは裏山で魔法剣士の修行をして居るところをギド達にスカウトされて仲間になったと伝えていた。若いのに火炎剣・流水剣・毒撃剣の三種類の基礎魔法剣に、1段階梯上の大炎剣を使いこなしていた有能な子だった。
ファルルはこの街の子供でギドとは元々知り合いだった。豚鬼戦の後ラミザリアと合流した際に母親の勧めで仲間に入った。軽盾と小剣を器用に使う子だった。
セイカンは他の街からやって来たバリバリの重戦士で、ギドのパーティでは唯一の全身鉄装備で、鋼鉄の盾と戦斧を駆使して盾役をこなしていた。残念ながら戦果はほぼ無くて、これからと言う所での退場となった。
マスターは胸ポケットに入れていたトーチストーンを手に持って眺める。そしてカウンターへ置く。
「マスターがその石を持つ限り私達は此処に居られるのだ。その石は私達の存在を繋ぎ止めてくれている楔となる」
預言者=吟遊詩人ウルムドは帽子を外してカウンターに置き、マスターの持つトーチストーンを眺める。
「なるほどな」
これ迄の情報を繋ぎ合わせて、合点のいったマスターはウルムドにショットグラスに入った1杯のウイスキーを差し出す。
ウルムドは受け取って飲み干し、拭いたばかりのカウンターにショットグラスを逆さにしてトンと置く。マスターは嫌な顔ひとつせずにそれを回収し、その下を拭く。酒場のルールとして「注文にないショットグラスのウイスキー」は吟遊詩人に対する歌の注文だ。
「英雄の歌を歌おう。誰にも語られる事のない忘れられし英雄の歌を、さぁ語り合おう。この辺境の酒場にて……」
赤色の風に吹かれて
鈍色の雨に打たれて
歩幅を合わせて簡単だよ
向かい合って 足踏みして
歩幅を合わせて簡単だよ
向かい合って 足踏みして
彼らは目に見える客ではないが、確かにそこに居た。
―――そしてこれからも。




