釣り針の先の釣り針のような桜エビその3
再び距離をとったフラックレイディが集中と共に詠唱を始める。
「天よー!!!」
ヴァーテブラルはフラックレイディの詠唱から、今から発動する魔法に当たりをつける。
「まさか極大魔法を遣うか……。それならば倒されずともダメージは覚悟せねばなるまいですな。グブブブブブブ……」
「地よー!!!!」
フラックレイディは両手の甲を頭上で交差させ、右手を右下に左手を左下へ降り下ろす。
「冷ややかなる全ての者よ! 燃え盛る全ての力よ……!!!」
フラックレイディは右手を手のひらを前に向けて左上に、左手も手のひらを前に向けて右上に振り上げる。
「今五亡の力を借りて破壊の聖杯を満たさん。破壊光渦!!!!!!」
フラックレイディは両手を交差するように前に突き出し、先ほど両手で描いた五亡星魔方陣が猛烈な光を帯びて輝き出す。発動まではまだ少しの猶予があるように見える。
「我は求める無限なる後悔。鉛の犬歯に砕かれよ、去れ、集え、霧散せよ、集え。共鳴解除」
「グブブブブブブ!! 流石に魔法防御を解除された状態で先程の極大魔法を受けては死んでしまいます。解除位は避けさせてもらいますよ……!!」
フラックレイディの目が輝き、唇が呟きを漏らす。
「逃がさんよ、&ドーン」
ドーンと言う呟きと共にヴァーテブラルの居たテーブルマウンテンの周囲400mが爆散した。
フラックレイディは異世界から召喚された者の知識を吸収しては殺し、自身の知識と保険を強める事をして強くなった。その知識の中には現代日本人のもつ火薬爆発物等の知識があった。このドーンと言う爆発はMPの介在しない不思議な液体爆弾の爆発がもたらしたものだった。不意の爆発により逃げ場を失ったヴァーテブラルは共鳴解除を全身に浴びてしまった。
そこに時間差で放たれる光線系極大魔法……破壊光渦がヴァーテブラルの身体を貫く。貫くばかりでなくバラバラになったヴァーテブラルの身体を消し去るように太くなる光線がテーブルマウンテンそのものを破壊し尽くしていく。ヴァーテブラルの居た辺りは幅5m程の深い轍の道が向端の崖まで出来ており、周囲は爆弾の炎によって燃え迫る地獄となっている。山全体にも大筋の亀裂が入り、いつ崩れてもおかしくない状況になっていた。
「これ……。横薙ぎに撃たれたらミナトの町は壊滅……全滅じゃない……でしょうか?」
ラミザリアは皆を見てそう呟く。
「なんてこった……テーブルマウンテンが吹き飛んでテーブルの形をなしていない……」
アルスはラミザリアの問いに答える事なく山の形を心配する。
「魔法で山が吹き飛ぶだと……!?」
ラミアエキドナは目を閉じる事を忘れていた。
フラックレイディがテーブルマウンテンに拠点を構えたのは、強大な外敵の迎撃が行い易いと言う合理的な理由からであった。それは山全体に葡萄の汁が染み込む小さな穴が多数あり、そこに大量の液体爆弾を仕込むことが出来るからだった。液体爆弾は炎による反応ではなく、フラックレイディの合図による混合に反応し爆発する特殊なものであるので、万が一にも巻き込まれる心配はなかった。その形による山全体の地雷化により、魔公爵……何れは魔王クラスの敵との戦闘に備えての物であったが、今回は惜しみ無く使った。それだけの相手だったからである。
ヴァーテブラル「ふぅ……。今の一撃は見事。我が命の7つ程は今の一撃で吹き飛んだ……」
ヴァーテブラルは再生と言うより復元と言うレベルでの回復を行っているが、余裕は無いように感じられる。
「残りは幾つだ? あと笑う余裕も何処かに行ったみたいだな……。フェニックスハント!」
フラックレイディの背後に、吹き飛んだ山に燻る炎が集まり始める。
「またあの炎の体当たりをするみたいねぇ……」
「さっきよりも吸い込む炎の量が多いですけれどー! ヴァーテブラルさん死んじゃったらもしかして私達も死んじゃう?」
ミリアムの問いに答える者は居なかった。各々が人生で最も激しい戦いであろう戦いの観戦に脳の認識機能全てを奪われていた。冒険者故の好奇心と言えば良いだろうか、ここまで来たらば己の生死等風前の灯火程度にしか思われないのだ。
先程の魔法剣はテーブルマウンテン上部の山火事を吸収して威力を高めていた。今回は爆弾による爆発から立ち上る炎を吸収して撃たうとしている。恐らく、先程のフェニックスハントの倍以上の規模の炎の一撃となるだろう。魔法防御を大分削られたであろうヴァーテブラルに防ぐ手立てがあるのかを……各々が嬉々として眺めていた。
「吹き飛ばした後は存在ごと消してやろう!!」
魔法としては不死鳥の体当たりとは言うものの、大天使機動飛翔を付与し、テーブルマウンテンの上部を吹き飛ばした爆炎を吸収した魔法剣は……もはや魔法剣と言うより燃え盛る爆撃機の特攻を彷彿とさせるものとなった。
ギィイイイイイイイイェェェェェェェ!!!!!!
不死鳥の金切り声のような空気を切り裂く音と共にフラックレイディはヴァーテブラルへ向かって滑り出す。その次の瞬きの後にはテーブルマウンテンの上部は猛烈な土煙と爆音と共に碎け散った。爆風により山頂付近に植えられていた葡萄の木は全滅しているようにも見える。衝撃波は環状に広がり、少し離れていたギド達をも襲う。ミリアムは咄嗟に鏡壁の巻物を使ったが、即座に割れてギド達は吹き飛ばされた。
結果としてそこはテーブルマウンテンですらない岩山となった。テーブルの片側は完全に崩れ、森も8割が焼け野原と化している。家庭崩壊して脚の折れた昭和のちゃぶ台と言えば良いだろうか。
転がっているギド達の前にフラックレイディが舞い降りる。
「やぁ、君達。私の全力戦闘を見てくれたかい? 今のところあれ以上の破壊力を持った攻撃は出来ないんだ……。開発中の魔法や技術はあるけれど、どれも実用化迄は至らないし、残りの魔法も中魔法が20~30程度しかない。MPも殆んど無い」
ギド達は突然現れた怪獣大戦争の片割れに唖然としながらも、武器を構える。
「それでも…私は死ぬまで貴女と戦うつもりです」
ラミアエキドナは皆の一歩前に出てそう言った。
「短い人生だったわぁ」
その後ろにテイムテイムが続く。
「(首さえ狙えれば……!)」
ギドはその影に隠れるようにして機会を窺う。
「いや、君達は私と戦う事はない。恐らくマイルジョッカー辺りじゃないかな? 君達の相手は、彼女なら…君達全員でかかれば少しは相手になると思うよ」
「グブブブブブブ……。先程の一撃で計16回私は死にました。危うく死にすぎて復活できないかと思いましたよ……」
「ヴァーテブラル! さん! 生きてたー!?」
「ああ、そうなのよ。駄目だった。これから私は死ぬ。まぁ、人生最後の会話をしたかっただけだよ」
「では……失礼します。告死・轢死・窒息死・心停止・変死・対魔死・馬開発永久凍結・即死……死にましたね?」
ヴァーテブラルの無詠唱即死魔法の呟きにより糸が切れたように倒れるフラックレイディ。そこに、ヴァーテブラルが進み出て瓶に入った液体をかけて祈る。
「この者の魂を浄化し、次に生まれ変わる時には変異なき身に生まれるよう祝福したまえ。ヌンヌン」
何処からともなく現れたカラスの魔物が集まってフラックレイディを取り囲む。30分もしないうちにフラックレイディは、フラックレイディが居た跡となり、多少の血溜まりを残して姿を消した。
あれだけの派手な魔法合戦の結末にしては些か地味なものとなったが、それがよりヴァーテブラルとフラックレイディへの畏怖を強める結果となった。




