巨乳テイムテイムその3〈融和〉
「おおお降りてきたよー! どうする!? ベべべ猛毒撃で殺したゃう?」
「焦るなミリアム。アルスの姉さんに危害を加えてどうする」
「ああああ、そうだよねー! そうだよねー!」
希にテンパって恐ろしい事をする奴がいる。浮気の現場に踏み込まれて全裸でベランダで飛び降りる奴がそれである。着地からして上手く行く訳ないのに、である。足の裏に突き刺さる小石、車に入ろうとして鍵が無い。結局相方を裏切って逃げたと言う罪の上塗りと恥を忍んで部屋へと戻るのである。
「ここの洞窟に住んでるのぉ?やっぱり君達だったのねぇ……?そして何時間ぶりかしらぁ…?また会ったわねぇ」
「アルス、帰るわよ。お姉ちゃんの事心配させて……」
「そうよそうよぉ」
「この度はうちのアルスがご迷惑をお掛けしました。些細な事で家を出ていってしまった弟を……パーティに入れて面倒を見てくださってありがとうございました。皆さんのご厚意に感謝いたします」
「いえいえそんなー……ってあれ?何か聞いてたのと違う……?」
「ああ、申し遅れました。私はラミアエキドナと申しまして、そこのアルスの姉です。聞いていた形と違うと言うのは……家族の事はなかなか話しづらいこともあるでしょうから、アルスが何かを大袈裟に伝えてしまったのでしょう。
……帰るわよ、アルス」
蛇の目線と言うのか、爬虫類の様な瞳に一瞬怒気を孕む。
「帰りたくないよ、姉さん。俺はもう子供じゃないんだ。1人でもやっていけるよ……!」
ラミアエキドナはヒュッ……と2階程の高さの岩からスマートに飛び降りる。何か過去に何処かから飛び降りた経験があるのだろうか。ゆらゆらと正中線を捉えさせない独特の歩方で近付いてくる。
「やっていけるわけないじゃない。アルスはまだまだ弱いのよ?ほら、傷だらけだし……傷だらけだし……柔革鎧もまともに着られてないじゃない……ボタンが外れてるわよ……ボタンボタンボタン…心配したんだから…心配したんだから…ボタンボタンボタン……」
「?」
ミリアムの頭から記号が飛び出す。
「心配心配心配……ぁあっ!可愛い!アルスちゃん!フンハフンハフンハフンハっ!」
「およよ?」
ミリアムの頭から複数の記号が飛び出す。
「そこまでぇ……。まぁ、見てわかると思うけど、このお姉ちゃんはアルスの事が超超好きなわけぇ、だから帰って来てやってくれないかなぁって言いたいんだけどぉ……。アルス君はギド君とかラミザリアちゃんとか好きみたいよぉ、k……」
「アルスちゃんが私以外の誰かと…?誰かと?誰かと?仲良くしてるの?仲良くするの?仲良くするんじゃなくて…好きなの?好きなの?」
ミリアムの頭に「!」が出現する。
「好き好き好き好きなのなのなの…のののnnnnn……」
ゆっくりと近付いてくるラミアエキドナに対してギドは無言でアルスの前に立ちはだかるが、そのさらに前にラミザリアが割って入る。
「………ラミアエキドナさん、この指何本に見えます?」
「……ぁ、3本じゃないかしら?」
ラミザリアは5本の指でいわゆるパーを出している。
「アルス、お姉さん昔からこうだった?」
「いや、お袋が亡くなった辺りからこうなった」
「これ、アルスのお母さんの霊が入ってますよ……?」
「はぁ?」
出会いから余裕を崩さなかったテイムテイムのまばたきが止まらない。
「へ?」
ギドも首を傾げる。
「なにそれ怖い!」
ミリアムはよく分からないので白目を剥いた。
「ほい」
ラミザリアはラミアエキドナの肩を払う。
「……ぁ。あれ?」
ラミアエキドナの瞳孔が収縮するのが見てとれる。
「私……?」
「良かったですね。お母様がアルスの事を心配しすぎて取り憑いていましたが、アルスはもう大丈夫と伝えたら成仏してくれました。もう多分普通のお姉さんに戻りましたよ」
「「「「「えええええええええ!!!!!」」」」」
◇ ◇ ◇ ◇
まさかの超展開に、場が収まらなかったので、一旦句切って一同落ち着いて話し合う事にした。
「つまりぃ、ラミアエキドナがおかしくなってたのはぁ、アルスが居なくなったからじゃなくてぇ、元々ラミアエキドナのお母さんが亡くなった時からおかしかった。それでもアルスが手元に居たからまともそうに見えてたけどぉ……アルスが居なくなっておかしくなったって訳だねぇ」
「恐らくそうです」
「そうかもしれません…。ありがとうございます。あと、すいません」
「ラミザリア、私からも礼を言う。本当にありがとう。確かに母もすごい心配性だった」
「いえいえ…私は普段役に立てないのでこれくらいなら……」
「さておき、もしかして……この拠点の裏側の洞窟に居たのは…テイムテイムさんとラミアエキドナさんですか?」
「そうです……。何と言うか、私ビーストテイマーをしておりまして…、はじめはこっち側の洞窟に泊まっていたのですが、門番の豚鬼ちゃんが何者かにやられちゃって……」
「ぁっ」
「……ぁ!」
「……姉さん……それ俺達です」
「ああ、そうよぉ。あなた達が私達の門番をぶっ殺して拠点を奪ったのよね。やるぅ~……」
「あの豚鬼……結構な強さだったと思うけど……。よく倒したわね……、お姉ちゃん嬉しいわ……!!」
「すいません……門番だってわからなくて……」
「分かるようにわざわざフル装備にしておいたんだけど……、あなた方はわからなかったみたいねぇ」
「うすうすは……違和感はありました。豚鬼や犬鬼は拾った防具を着ける事がありますが、ミドルメイスはともかく190cm極太サイズの鎧は……滅多な事では落ちてませんからね……」
アルスは斜め下を見ながら言い放つ。目線の先に飛蝗が飛んでる。
「いや、気付いていたなら言ってよ……」
ギドもその飛蝗を目で追う。
「ってかそうならそうと酒場のマスターやら解体屋さんも変だって言ってくれれば良いのにー!」
「あらぁ、酒場のマスターならとっくに気付いて調査してたわよぉ。その時にギド君の事聞いちゃったのぉ。あのマスターは普通に優秀よぉ、あんた達みたいに未熟じゃないんだからぁ」
「そうなの!?」
飛蝗が飛び立つ。
「うそー!」
ミリアムの服に激突する。
「あんた達がバッカスの洞窟の帰りに明かりが足りなくて酒の精霊からランタン借りた事もぉ、グレーターグリントの関係者ってのも知ってるよぉ。マスターが言ってたわぁ」
「ええー!!」
ギドは唖然とする。
「あの方々はこの辺では有名人ですからぁ。あと、マスターや解体屋の方はあなた達の事を相当に心配してますよ。影から守ってやってくれって言ってましたしぃ」
結局影も何も今見つかったんだけど。
「だからウサぴょん持たせてサポートしたんだけどぉ、役に立ったかしらぁ?」
「あー、かなり役に立ちましたー!」
「チンドレイク高かったのよぉ……」
「あれ買った物だったんですか!?」
ギドは驚愕する。
「当たり前でしょお、あんな高い触媒、あんなところに生えてないわよぉ」
確かにあんな高価なものがあるのなら薬草ヶ丘には冒険者が泊まり込みで探すはずだ。
ギドは少し反省した。これまで自分がどれだけの人々に支えられていたのかが身を持ってわかった。
仮に1人で生きていける収入をコンスタントに稼げたとしても、食料の生産や運搬、家屋の建築、衣服の修復等、必ずと言って良いほど人には頼っているのだ。真の意味で1人で生きていくとは並大抵ではない。話がそれたが、一人前とは、その感謝を持って歯車を回し得る者であって、1人で生きていける収入を得たものではないのだ。
……そう言う哲学者がいるとかいないとか。




