薬草ヶ丘その1〈採集の影〉
◇ ◇ ◇
一旦その場から立ち去るために、ギド達は寝起きの格好で買い物袋を持つ謎のマスターを引き連れて酒場に帰って来た。
「変な人に名前教えないでくださいよ……マスター」
「すまんな、これも仕事なんでな」
◇ ◇ ◇
「さぁ! 今日は薬草ヶ丘に行くのよー! 香水とか作っちゃうんだからねー! 張り切っていくよー!」
「……」
「アルス、気になるか?」
「ああ、変な事にならないと良いが…」
「とりあえず、アルスはラミザリアに石鹸使わせてもらって解体屋にいって来い。こっちはミリアムと薬草類の打合せしておくよ」
「……、おぉ。うん」
微妙な反応ではあるが、男性同士の友情はそんなものなのである。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、ミリアム」
「はいはいー?」
「その『魔術大全』に載ってる今集められそうな触媒はどんなのがある?それをこの私の手帳にも写しておきたいんだ。少し教えてくれないか?」
「じゃあ、簡単な所からねー」
「じゃあ集めるのは…これとこれとこれ…位で良いんだな?」
「うん。そんなもんかなー」
◇ ◇ ◇
ギドはマスターから借りた羽根ペンでミリアムの必要そうな素材を自身用の冒険者の手帳にメモしていく。ギドは触媒や素材の取りこぼしを防ぐ意味で、冒険者の手帳の情報と魔法の触媒の情報はパーティ全体で共有しようと考えていた。
「ただいま」
「たたいま」
「おかえり」
「おかえりー!どうだった?」
「どうだったと言われても…」
「ついでにあの小汚いウサキを真っ白くなるまて洗いました。初めは抵抗してましたか、今てはすっかり従順になりましたよ」
「はい、さっきはびっくりさせてすまなかったね」
「ウサギがしゃべった!いや、ウサギの人形がしゃべった!」
「ほら言ったでしょー!こいつ怪しいって!」
「まぁ、待て。こいつは多分使えるぞ」
アルスがウサぴょんを抱き上げる。
「?」
「薬草の種類はわかるか?」
「そりゃわかるよ。ウサギだし」
「集めてこられるか?」
「そりゃ出来るよ。ウサギだし」
「……てなわけだ。使えそうだろ?」
「絶対スパイだよー……」
「多分そうてすけと、暫くしたらこっちの方でフレッシュコーレムにても再加工してみますよ」
「あーたのしみー」
ウサぴょんは口を開かずに話す。
「楽しみなの!?」
ミリアム目が飛び出す。
「楽しみだよー」
◇ ◇ ◇ ◇
「まぁ、結構役にはたちそうだな。拠点に持っていくのは少し考えものだが……」
ギドは何処か苦々しそうだ。
「何らかの死体を集めたら、集めるだけポチ達を強く出来るので、拠点では逆に安全かもしれません。ポチ護衛団が作れます」
「まぁでもさっきの人は多分相当強いはずだから……戦ったら不味かったかもよー」
「なんか変な人だが、ただ者ではないオーラがあったな」
ギドは胸の前でグレープフルーツを2つ抱くような仕草をする。
「魔導具っぽい指輪沢山持ってたから魔法使い系の職業についてると思うよー! あれだけつけてるって事は多分相当強いはずだよー」
「まぁ俺達は俺達の作業を進めるか。買い物は後にして薬草ヶ丘に行こうぜ」
◇ ◇ ◇
薬草ヶ丘…。薬草の精霊が住む丘で、付近に生える植物は全て何らかの薬草やら毒草とされる。しかし、組み合わせなければ効果が出ないものや、効果が微量なもの、毒草とされるものもあるため、知らない草は触らずに、知っている草だけを抜いていくのが町のルール。
町にとって収入源になる土地ではあるが、勿論旨味だけではなく危険も存在する。巨大な蜜蜂や巨大な蚯蚓、巨大な蟻が何処からともなく沸いてくるので、武器無しの長期間滞在には向かないのだ。かといって武器を持ち込むと持って帰る事が出来る薬草の量が減るので、ある程度の戦闘が出来る、又は色々判断の出来る冒険者のお小遣い稼ぎの場となっている。
「今日は食べられる山菜のようなものと香水に使う香草を中心に集めよう。あとはミリアムの触媒だな。
私の手帳にメモを取ってあるので、アルスと私はあっち側、ミリアムとラミザリアはあっち側で採集しよう。
あーでも、さっきの事もあるので、なるべくはお互い見える位置に居よう。多分犬鬼より強い魔物はいないから大丈夫。居ても働刺蜂とか洞窟蚯蚓とかだから、竹の杖で叩いて突き殺すか、いざとなったら攻撃魔法とかで対処出来る」
「男女ペアの方が攻撃力が片寄らなくて良いんじゃないか?」
アルスは腕を組んでいる。
「アルスとラミザリアをセットにしたらさっきのテイムテイムとやらに2人とも拐われそうだから、何となく分けてみた。それに私とミリアムをペアにしたらミリアムの欲しい触媒が判らないだろ?」
「……なるほど、わかった」
「じゃあ、行くぞ」
◇ ◇ ◇
「で、何だギド、話があるんだろ?」
「ああ、確かに話がある。一応聞いておくが、さっきのテイムテイムって奴は俺たちに危害は加えないのか?ってかアルスの姉さんはどんな人なんだ?」
「姉さんは昔から俺の事を溺愛していて、あまり家の外には出してくれなかったんだ。だから家の敷地の竹藪で育ったんだ。竹で弓を作ったりして、な。俺の両親は既に居ないから、多分姉さんは俺を守ってるつもりなんだと思う。でも、このままじゃいけないと思って、船に乗ってこの町までやって来たんだ。そこで、ミリアムとギドと……ラミザリアに出会った。実を言うと……お前達が俺の初めての友達なんだ。だから、出来るなら離れたくない」
「……」
ギドは傾聴している。
「ああ、すまん。危害な、多分多少の危害は加えても手酷い危害は加えないと思う。さすがに姉でも弟の友達を手にかける事まではしないだろう。一応今度、姉に手紙を書いて納得して貰おうと思う」
「……わかった。言いにくい事を話してくれてありがとう。話は変わるが、ここに来た事はあるか?」
「いや、ない」
ギドはニヤリと悪い笑いをした。
「俺達2人のパーティに別れたの理由は2つあって、もう1つはコレだ」
ギドの指差す方向に胴回り3m高さ10mはある大木がそびえ立っている。
「何かわかるか?」
「いや」
「蜂の巣だ」
「ああ、なるほど。キラービーを退治して蜂蜜集めか」
「察しが早いな、作戦はこう、遠距離から狙撃して数を減らして、近付いてきた奴は私が担当する。下手すると乱戦になって2~3発は噛まれたり毒針刺されたりする筈だが、女子がやられるよりは良いかなと思ってな」
「この方法での蜂蜜狩りはやった事あるよ。例の姉さんと2人でな。1つの巣に20匹はいるよな。……そのうちの15匹以上は姉さんが射ってたがな」
「経験あるのか、なら上等。一応遠くに居るうちは石くらいは投げて援護するよ」
「頼りにしてるぞ」
「任せなさい!」
蜂は9月あたりに女王蜂が産卵するので気が立っているとの事。




