グレーターグリント
「本当に来たのか、正直な奴等だな」
相変わらずだらしなく佇む酒の精霊が面倒臭そうに言う。
「ありがとうございます。しかし、灯りがあるだけで大分違いますね」
アルスは松明を壁に掛けつつ部屋の椅子に腰掛ける。
「そこの女達も今日は足元がしっかりしておるの」
心無し酒の精霊の目線がエロ親父っぽい様子が見える。
「褒めてくれてありがとうございますー!」
「良く見てますね」
ギドの目線も鋭くなる。細い目はさらに細くなった。
「まぁ、ここはミナトの町の冒険者育成所みたいなもんだからな。町の冒険者達は俺が育てたようなもんよ」
「じゃあ……ジュリアス・サルバドールって知ってますか?俺の親父なんですが……」
「知ってるぞ」
ギドは返答にドキリとして不思議な感覚に包まれる。
「グリントさんってのも知ってるー? 不良中年のー!」
「勿論、知ってるぞ」
「……スカーレットと言"う人は……冒険者でずか?」
(スカーレットはラミザリアのお母さんだったか……)
ギドは右上に視点を寄せて唇を湿らせた。
「知ってるも何も……ジュリアスとマユキ、それからグリントとスカーレットの2組の夫婦は悪魔狩りの悪魔ってクランの現役冒険者だぞ。
ってかグリントの野郎は一昨日挨拶に来てたぞ。首都のお偉いさんに雇われて魔王討伐の手伝いをするんだと、あの夫婦達は今首都に居るんじゃないか?」
硬直するギド。
「マユキってあのギドのお母さんの……?」
アルスはラミザリアと出会った日のギドの母親を思い出す。
「ええええええー! ギドのお父さんとお母さんとグリントさんとラミザリアのお母さんって同じクランの冒険者だったの!?」
ミリアムは大袈裟に叫ぶ。
「あのグリント……さんが……?!」
アルスも驚愕する。
「ん?お前達聞いてないのか?あいつらはあれでも対悪魔系最高の討伐クランだぞ」
「母はネクロマンサーでしたので……理解できま"す」
「サラブレッドだな……」
「ハイブリッドぉー……」
アルスとミリアムは良くわからない事を言っている。
「結成したのはお前達より若い頃で、素手で下等悪魔をぶっ倒したと言う小話からレッサーグリントって4人組のクランから始まったんだ。今のお前達と一緒だな。
はじめは鞭使いのマユキ、戦士のグリント、双剣士のジュリアス、魔法剣士のスカーレットの4人からスタートしたんだ。前衛だけの物凄いバランスの悪いクランだったが、
今や
ナインテイルのマユキ
凶戦士グレーターグリント
アサシン=ジュリアス
フォビア=スカーレット
とか言われてるからな。世界に名を馳せる有名人だよ」
「知らなかった……」
ギドは年中家に居た母と、今言われている母の共通点を探すが、心当たりが全くなかった。現実感0の浮遊である。
「ちなみに一番強いのは……誰ですか?」
アルスの質問はギドの知りたい事でもあった。
「そりゃあナインテイルのマユキだな。物凄い鞭で悪魔をボコボコにする恐ろしい女だよ。今の所世界で一番強い鞭を使うらしいぞ」
「ギドのお母さんが……? 信じられない……」
「次はグリント、凶戦士の仮面ってのをつけたら素手ですら爵位悪魔と渡り合うらしいぞ。爵位悪魔って言っても魔騎士とか魔男爵程度だが……とにかく強い」
「信じられん……」
アルスは皆を代表して感想を漏らす。ジョビジョバー
「ジュリアスは隠密だから潜入や斥候として活躍しているらしいな。悪魔から隠れる事が出来るのはこの世界でジュリアスだけと言われている。戦闘になったらしつこくて容赦ないらしいな」
「結構さっぱりした人かと思ってた……」
ギドの父親は家庭と言う枠ではレアキャラだったので、あまり理解はない。初めて聞く他人からの父の評価にスプーンで頭を殴られるような衝撃を受けた。
「その鎧の元の持ち主よねー」
ミリアムの目線は硬革鎧に向かっている。
「あとはスカーレットな、フォビアってのはネクロマンサーの最高の称号だな。悪魔関連の狩り全部のサポートを行っている。あれの恐ろしい所は死神の鎌と凶戦士の斧の2刀流装備で、あの3人にひけをとらない近接戦闘が出来るって事だな」
「家にありまじた、その武器。近くに居るだけで吐き気がしま"した」
「エミリさんとシンゴさんって人は知ってます?」
ミリアムは目を輝かせる。
「知らん。お前の父母か?」
「はい。シーカヤックの農民なんですけど……」
「そんなん知らんよ。外国の農民の事なんぞ知るか」
「ですよねー。アルスは聞かなくて良いのー?」
「ミリアムと同じく100%冒険者じゃないから聞く事はないよ」
「ぁうー、何か私が馬鹿みたいじゃない!」
◇ ◇ ◇ ◇
その後少しの世間話をしつつ、酒の精霊が話を仕切り直す。
「まぁ、魔王なんて強さの桁が違うから、多分何年も準備するんじゃないかな? もし会いたいならまずハジメの町の町長に会いな。あいつもグリント達を知ってるから、そこで紹介状を書いてもらうといい。首都の貴族と会うには最低でも町長クラスの紹介状は必要だからな」
「ありがとうございます。思いがけない話が聞けました、今後の方針を決める際に生かしたいと思います」
ギドは深々とお辞儀をする。
「頑張れよ。ところでつまみは持ってきたか?」
「もっと銀杏を持ってきました」
ギドは背嚢の革袋に入った銀杏を酒の精霊の皿に広げた。
「またかよ……節約マンだな。悪くは無いが、次からは違うの持ってこいよ。あと油とカンテラ返せ」
「すいません、これ油です。1瓶ですが。あとこれ、お借りしたカンテラと、竹で作った杯です。良かったら使ってください」
アルスは裏山で作った杯を取り出した。
「まぁ、気は利くみたいだな。許してやろう」
ギド達は酒の精霊に樽を満タンにして貰うとすぐに立ち去った。思いがけなく聞いた知り合いの(家族の)真の姿―――。興奮がおさまらないのだ。
樽がちゃぷちゃぷと音をたてている。
ギド達は酒の精霊に丁寧にお礼をし、辞去する。
通路に入ってすぐに背後から声が聞こえる。
「あと、わかってるだろうが、あいつらの身内ってのは信用できる一部の奴以外には言うなよ。理由はわかるな? わかったらとっとと帰れ」
パーティは裏山への帰路についた。
「凄いねー!」
「しかし、これは迂闊に話せないな」
アルスは片目を瞑った。
「何でー?」
「ラミザリアのお母さんがラミザリアに死霊術師だって言うなよって言ったのと同じ理由だよ。特に対悪魔なんてのは恨みを買う可能性が高い。ギドやラミザリアを守るためなんだよ」
「……だからか、」
ずっとうつむいていたギドが顔を上げて呟く。
「父が毎年1回しか帰ってこなかったのも、父が手帳を残したのも、グリントさんが銀貨をくれた事も、みんな同じ事だったんだな。
私を、私達を守るためだったのか……。
母の事、ずっと一緒に住んでいて、わかってたつもりだったけど……。とんでもなかった。私はまだまだ子供だったんだな……」
「私は、お父様“とお母様“に愛されて育っていまじた。わかってはいだのですが、ここまで愛していだだいでいたなんで……」
「おい、なんか居るぞ」
「待って、何か居ます」
頭の中が回想モードに入っている2人を除いた2人が同時に立ち止まる。
視線の先には光る2つの目が浮いていた。
「誰……!?」
ミリアムは暗闇に問う。
返事はない。
……悪魔だろうか、誰もがそう思い、ミリアムは持っていた松明をかの方向に投げる。
とたんに浮かび上がるスライムの核2つ。双子の目玉焼きのように重なって光を反射していただけだった。




