ハードレザーアーマーから始まる旅路
ギドにとって、父との想い出は無いに等しかった。何故ならば父は冒険者だったからだ。冒険者は主に“町の外”で活動する者の蔑称でもある。冒険者は一度町の外に出ると2・3日帰らない事も多い。それどころか長期の遠征や不測の事態が起これば半年や1年以上帰ってこない事もざらにある。
父が帰ってこない理由を訪ねるギドに対して、母は「冒険者なんだから仕方がないじゃない」と口癖のように言っていた。
しかし、そんな父もギドの誕生日には必ず家に帰って来た。
逆に言えばギドにとっては誕生日にだけいる人と言う認識なのだが、父と過ごす誕生日は悪くないものだった。
そして、父はギドが14歳の頃に亡くなった。……少なくともギドは母からそう聞いていた。毎年必ず来てくれる誕生日。15歳の誕生日に父は来なかった。その時の寂しさがギドを精神的に大人にした。
15才の誕生日の翌日、ギドは父の思い出を探して父の部屋に入った。父の部屋には元々物が少なく、整然としていた。
しかし、ギドの目に留まるものが1つあった。それは部屋の隅に掛けられた硬革鎧。駆け出しの冒険者の証しとも言えるそれは、父が冒険者であったという証拠のようなものだった。
手にとって見てみると、革は店で売っている硬革鎧より色濃く変色し、多くの魔物の爪の跡が生々しく刻まれていた。
所々の金具は鈍色の細かな糸で編まれた如く傷が付いており、肩から右の脇腹までは三条の大きな爪痕が残っている。魔物に引き裂かれたのであろうその傷口は丁寧に縫われて膠で埋められている。
日々町の外で戦闘に明け暮れる普通の冒険者にとっては、硬革鎧の寿命はどんなに長くても1年程しか持たないと言われている。
理由は簡単で、そこまで強い防具ではないからだ。人間と同程度か少し弱い程度の犬鬼や土鬼の引っ掻き傷ならばいくらでも耐えられるが、人間より力の強い豚鬼による刃物を使った攻撃や、鳥女の爪で切り裂かれるのであれば、大根の皮程の防御力しかない。
ふいに強敵と出会って攻撃を受けたならば、命こそ助かっても直ぐに使用不能になってしまうのだ。故に寿命は短い。
しかし、その軽さと安さから、金属鎧を着込んで行くまでもない近所に狩りに行く場合や金欠の際、また音を嫌う場面ではよく使われていた。
しかし、ここまで使い込まれる事は殆んどない。それは、そもそも硬革鎧を着続けると言う事は硬革鎧を壊すような強い者と戦闘をせず、弱い者しか相手にしてこなかったというように取られるからだ。
母は父は勇敢な冒険者だと言っていた。しかしそれは、子供に言い聞かせるための話ではなかったのかと思う。
「着てみたらどう?」
後ろから母が話しかけてきた。いつのまに部屋に入ったのだろう。普段は明るい母の表情は複雑だ。言いたくて言えない事があるのだろう。
母として言いたい事は「冒険者として父の後を歩みなさい」、母として言いたくない事は「側を離れないで欲しい」と言う所だろうか。恐らくもっと複雑な感情が背景にあるのだろうが、ギドにはわからなかった。
そこでギドがした事は、母の背中を押す事だった。
ギドは母の目の前で父の硬革鎧に着替える。ギドのために買ったと言われても違和感のないくらい身体に馴染む気がした。
普段着の上から革のベルトを通し、胸甲を固定する。その胸甲に肩当てを固定して、佩を腰のベルトに差し込むと着装は完了。右腰には護身用の短剣が付属している。
父も左利きだったのか。これ迄知らなかった父の情報がギドの身体に流れ込んで来た。
傍らに置いてあった革の帽子も鎧と同じ色の革になっており、特ににおいもなく良く手入れされている様に見える。
実際に着てみると典型的な冒険者の格好そのものだった。腰に鉄製のショートソードなんかを下げていたら完璧だったかもしれない。
「父ちゃんみたいだねぇ」
母はふいに後ろからギドを抱き締めた。
ギドは――
複雑な想いを胸に、母にこう言い放つ。
「次の……次の母さんの誕生日迄には帰ってくるよ!」
ギドがそうであったように、きっと母もギドの事を分かってくれている。ギドはそう考えて母を抱き締めた。同時に母からも強く抱き締められる。身にひしひしと伝わってくる感情から父とギドへの愛を感じた。
それから、簡単な身支度をした。決断が鈍る前に旅立たねばならなかった。
「え、今日出るの!? 早いね!」
「善は急げ!」
母に元気さをアピールしつつサカサカと準備した。
「旅立つのは善なの!? まぁ、良いけど」
先程と違って母の反応は鈍い。
◇ ◇ ◇ ◇
ギドは密かに冒険者に憧れていた。町に広がる2m程の石壁、その外の世界は鍛えられていない人間にとっては常に死と隣り合わせの場所だと言われて育っている。
しかし、その壁の向こうにはまだ白紙の地図が広がっているのだ。それを自分の目と足で確かめたい。また、その旅を通して自分自身の力を確かめたい。そう言った想いは青少年特有の事だけではないだろうと思う。
◇ ◇ ◇ ◇
ギドは普段着の着替えを2セット、竹の水筒と石鹸1個と布タオル2枚、小さな手鍋、小物入れ布袋×5を長さ60cm×底45cmの円底革袋に仕舞った。革袋は背嚢として使える革ベルトも付いている。ポケットには昼食のパンと財布、財布には3,000Gが入っている。
あと、母が羊皮紙で作られた10枚綴の手帳を2つと羽ペンを差し出した。一つは父が使っていた物で、1つはギドの物らしい。どうやら、ギドの誕生日に帰って来られなかった父の最後のプレゼントは……この手帳らしい。
そして、父の遺品の手帳は、冒険の手引き書のようになっていた。恐らく、父はこれを私が使う事を望んで書いていた様に感じる。先程の、母の複雑な表情はここから来ているものもあるだろう。
手帳は、羽ペンが潰れないように表紙の裏側にペンを収納する事が出来るようになっていた。冒険者の為の手帳と言って良いだろう。
目を通すと、冒険に必要な道具やその作り方、危険管理の方法が書かれていた。
「冒険の前に必ず作っておく物。
撒き菱×20個入の腰袋。
閃光玉×1個
季節の軟膏×2個
季節の傷薬×2個」
当面の目標はこれを揃える事に設定しておこう。
「撒き菱は逃走する前に撒く。20個も撒けば、敵が踏む可能性もある。しかし、目的は敵を傷つける事ではなく、追いかけるのを躊躇させたり、足元に意識を集中させて、逃走するための数秒間を得るためだ。生き残る為には必ず必要な物となる。
撒き菱は無くなり次第いかなる場合があっても撤退する事。撒く数は必ず20個。持ち歩くにかさばるために1つのみ運用する。必ず最終手段として使う。
閃光玉は逃走の際に撒き菱と併せて使うか、敵の目潰しとして使う事も出来る。
怪我や火傷をした際はまず水か軟膏で傷口を洗い、傷薬を塗り込む。そのあと軟膏で被い、出血が止まらないようなら包帯を巻く。
獣や魔物の爪や牙の傷には、雑菌や魔素が付いているため必ず傷口を傷薬で被う事。1つは自分用で1つは味方用もしくは予備として、必ず2つ以上持つ。
骨折が疑われる場合は添え木をして固定し、なるべく動かない。炎症を抑えるためにその箇所付近に傷薬か抗生傷薬を塗り込む。
腱が痛んだ場合は救護院に行って治療。その際は父母の名前を出して持てる財産をなげうってでも治療を優先させる」
――成る程、怪我をした際の手引き書か。
次の頁からは簡単なクラフトが載っていた。
「木の撒き菱……木を3本交差する様に結んで作る。どの面が落ちても上にトゲが来るように結ぶ。竹の場合は鋭利に加工しやすい」
「栗の撒き菱……10~11月。栗のイガに爆裂キノコを詰める。踏むと軽く爆発してとても痛い」
「閃光玉……発火キノコを丸めて、麒麟蔓の蔦で縛る。そこに爆裂キノコをくるんで麒麟蔓の蔦で縛る。更に閃光キノコをくるんで麒麟蔓の蔦で縛る」
「臭散玉……干した粉末玉葱に擂り鉢で擦った銀杏若しくは干した粉末生姜を加えて、爆裂キノコに練り込む。麒麟蔓の蔦で周囲を固めたら完成。臭いを頼りに追跡するウルフ系の魔物から逃げ切る際に使う」
「煙玉……発火キノコと閃光キノコに枯れ葉を混ぜて麒麟蔓の蔦で縛る。目眩ましに使える」
「ツルムラサキの軟膏……6~10月。ツルムラサキを刻んで、蓬を擂り潰したペーストと月桃の葉を擂り潰したペーストを混ぜ合わせて作成する。作成後3日以内に消費する事」
「ワラビの軟膏……2~5月。ワラビを木の灰で茹でて、刻む。刻んだワラビを1日置く。ネバネバする水だけ採取。粉末緑茶と蓬を擂り潰したペーストを混ぜて作成する。作成後4日以内に消費する事。ワラビはついでに食べておけ」
「スライムの軟膏……スライムの粘液に擂り潰した蓬ペーストと粉末緑茶か月桃の葉を擂り潰したペーストを混ぜて作成する。作成後1ヶ月~2ヶ月は使用可能」
「根布の軟膏……茹でた根布を刻み、水笹アロエのゼリーを加えて煮詰める。冷めたら柑橘類の絞り汁を加えて完成。火傷に効果がある。1週間程で使いきると良い」
「傷薬……蜂蜜(ない場合は木の蜜や花の蜜でも良い)若しくはスライムゼリーと生きた青苔を混ぜ合わせる。青苔にはペニシリンと言う成分が含まれているので、雑菌の増殖を完全に封じる。塗れば傷に効果があり、速効性がある。飲めば微毒・腹痛・骨折等の体内の炎症に効果がある」
「抗生傷薬……傷薬より少し強力な傷薬。スライムゼリーと蜂蜜に生きた青苔を混ぜ合わせ、最後に柑橘類の絞り汁を少々加える。作ってから1週間目~2週間目が最も効果がある。その前後1週間は普通の傷薬よりちょっと効く程度」
「銀杏の包帯…普通の包帯と銀杏の葉のセット。包帯を巻く際に銀杏の葉を傷口に当てると殺菌効果がある」
…………。
キリがないので途中で見るのを止める。
まずは書かれている通りに冒険に必要な道具を揃えよう。町でしか買えない物を集めつつ、残りは裏山で集めよう。ああ、裏山に行くなら先に武器を買おう。
「気をつけて行ってくるんだよー! 夕飯までに帰ってきなよー!」
「さっきのシーン台無し……」
◇ ◇ ◇ ◇
◆ 見送る母がギドの背後で笑った事に気付いたのは、隣の家に背中を預けて立っていた中年の冒険者だけだった。
第1話は多少改稿しましたが、基本は変えてません。
処女作としての思い入れもあるので、多少のアラは勘弁下さい。