10 不遇な臨時雇用
どれぐらいしていたろうか、他のお姉さんが入って来て、慌てて起こされるお姉さん。
「アンタ、何してんのさ。お客に揉ませたりして」
「あうっ、ああぁぁ、気持ち良かったぁぁ」
「ちょっといい加減にしなさいよ」
「ああ、ごめんごめん」
「てかアンタ、あたしらみたいなプロを寝かせちまうなんて、大したもんじゃないのさ」
「父さん推奨、母さん絶賛」
「だろうねぇ。ねぇ、うちでアルバイトしない? 」
「相手は? 」
「アタシ達よ。これでもプロだからお客さんは揉み解すんだけどね、やっぱりどうしても肩が凝るのよね。かと言って同業者に頼むのも何だし。それで今は仲間内でやっているんだけど、専門の人が居ればありがたいと思っていたのよ」
「長時間じゃなければ良いよ」
「それはもちろんよ。それで、何時ぐらいが良いかな」
「えとね、朝一番にここに来るので良いかな」
「そうねぇ。うちらの仕事は朝までだから、寝る前のマッサージはありがたいわね」
「じゃあなるべく早く来ます」
「うん、じゃあお願いね」
「分かりました」
◇
「どうだい、あの子」
「アタシから言うのも何だけど、良い子だわ」
「旅行者かと思えば親が居るって言うし、ちょっと毛色が違うわね」
「そういう人も稀に現れるとは聞いたけど」
「あの子がそうなら大歓迎ね」
「そうね、それに、あの子、きっと善意よ」
「そうよねぇ。アルバイトと言う割にお金の話をしなかったし」
「じゃあ決まりで良いわね」
「賛成~」
「賛成~」
「大賛成~」
「まあまあ、それは今後の働き次第よ」
「そうね、ちゃんとしてくれるなら大歓迎よ」
◇
ううむ、アルバイトと言われて引き受けたのは良いが、バイト料は何も言われなかったな。
まあ別にそんなの貰わなくても稼ぎが別にあるから問題は無い。
なにより入浴し放題って事だし、そいつでチャラで構わないよな。
ただ、インナーなのが残念だけど、足が伸ばせて泳げるぐらい広いのはありがたい。
よし、明日からアサイチで風呂に入って、アルバイトやって採取して、帰って朝食の後は調薬と錬金ってか。
うむ、充実した日々になりそうだ。
おっと中古武器の相談もしないと。
下取りをした武具関連の価格は本当に安くて、サービスの一環になってはいるものの、そのまま屑金属として処分される事も多いらしい。
道理で屑金属には武器っぽい破片が混ざっている訳だ。
店で相談するとジャンク屋に売るより高く買ってくれるなら構わないと言われ、キロ単価50Pならありがたいと言われた。
それと言うのも使えなくなった武器の金属は妙に脆くなっていて、そのままでは流用出来ないらしいのだ。
なのでジャンク屋に売り渡し、そこから金属精錬の会社に渡り、再度溶かして分離精錬の後に武器に使える金属になるらしい。
どうやら怪物の体液が金属を劣化させているらしく、段々と脆く切れなくなっていくとか。
なので最初は研いで使っていても、そのうち刃がボロボロに朽ちたみたいになってしまうとの事。
そうなってはもう捨てるしかなく、屑金属として捨て値でも買ってくれるならありがたいと、ジャンク屋に売る事になっているらしい。
巷の鍛冶屋でも精錬は可能だが、どちらかと言えば鉄工所のような場所なので、それなりの形になった武器の形を整えたり研いだりするのが主な仕事らしい。
やはり精錬は専門の会社に任せ、型に流し込んで成型された金属を買い付け、それを製品にして売るようになっているらしい。
中世っぽい剣と魔法の世界とは違うが、リアルっぽい世界なのでリアル準拠になっているのだと思われた。
そんな訳で包丁なども成型品から拵えるらしく、ついでなので包丁も購入しておいた。
今は調薬と錬金だけしかやってないけど、料理もそのうちやりたいしね。
ちなみに成人になると成人の証のカードを所持するようになり、包丁などの刃物はそのカードが無いと買えないようになっている。
一般のプレイヤーには関係が無いようだけど、ハンターカードが無いと武器が買えなくなっており、調理スキルが無いと包丁は買えなくなっている。
なので成人カードには取得スキルのうち、表示を希望するスキルが表記されていて、錬金以外のスキルを表記させている。
だから包丁も問題無く買えたのではあるのだが。
もちろん、NPCにも成人カードはあるようで、主婦の皆さんは漏れなく調理スキルを持っているようだ。
母さんの調理スキルはLV.8なので、毎日美味しい料理を味わっている。
LV.8と言えば食堂の調理人クラスなので、もしかしたらかつては調理人だったのかも知れない。
今では専業主婦になっていて、だから料理の献立も豊富で、飽きの来ない食事は楽しみのひとつだ。
◇
早朝は5時起きで銭湯に向かい、その足でマッサージになって終わったら風呂。
風呂の中での柔軟体操が実に調子良く、気分最高になって採取に出掛ける。
早朝の中央公園では朝露を浴びた良質な薬草がかなり生えていて、スコップで土ごとプランターに入れていく。
10個全て終わるのに30分もあれば充分なぐらい、良質な薬草がたくさん生えている。
やはり様々な種類があるのがどうにも邪魔だが、薬草ばかりが多生している場所を見つけたので、今後はここで採取しようと思っている。
それにしても他に調薬師は居ないのか、独占状態なのがありがたい。
家に戻れば朝食の時間。
父さんはもうお弁当持参で家を出ており、最近はどうにも忙しくて肩が凝るらしく、オレのマッサージは欠かせないものとなっている。
今夜もやって欲しいらしく、その話のついでにアルバイトの話になっていく。
「でもいくらお馴染みとは言え、タダでお風呂というのも珍しいわね」
「そこはほら、オレにはマッサージの腕もあるし」
「あらあら、そうなのね」
「気に入ってくれてね、交換条件だって」
「それなら分かるわ。キルちゃんのマッサージの腕前は凄いもの」
「それってリクエストだったり? 」
「あら、お願い出来るかしら」
「任せといて」
今日はしばらく母さんのマッサージだな。
熟睡になった母さんを置いて、工房で回復薬作りとなる。
無菌とまではいかないものの、道具の減菌すらやるぐらいでかなりの高性能になる事が分かっている。
もとより純水を使うせいで性能が高くなっているのに、更に減菌までしているから手間も凄い。
《回復薬・改》
上質品。
上質な薬草と上質な水を用いた回復薬。
減菌処理の為に効果が高くなっている。
300回復。
本当にさ、細菌処理にまで手が入っているって事はやはり滅菌もあるんだろうな。
だけど個人の工房で滅菌はさすがに難しく、何とか減菌ぐらいが関の山なのさ。
それでも滅菌処理装置もある事はあるらしく、そのうち金を貯めて設置も考えている。
でも滅菌処理装置が数百万、生産ラインが数千万だからまだまだ先の話だけどね。
生産ラインと言っても小規模なもので、滅菌処理装置と組み合わせて使うらしい。
そんなカタログを見せられても、資金はまだまだ全然足りないよ。
それでも錬金術で拵えたインゴットは良質になるらしく、それを売れば将来は明るいさ。
1トンの屑金属から鉄が10キロ前後、後は殆どが銅でその他の金属が微少って割合になっている。
MPが尽きればその日は終わりにしているので、日々少しずつの精錬になっている。
今回は11トンの屑金属なので、鉄のインゴットもかなりの量になるだろう。
1本が20万で売れるなら、22本あれば440万Pになる。
銅も売れるからもっと高くなるはずだ。
まあそんな皮算用も良いが、しっかり精錬しないとな。