救済団
パブ『うさぎ娘のその後』はフィルウェム救済団の拠点になっていた
ここの老店主もケベスじいさんからツケを回収できなくて困っていたところ、フィルウェムに少し水増しして立て替えて貰らったことがある
それは隣に若い女が開いたバーに客を取られ、経営状態が悪化し酒屋への支払いが滞っていた時期だった
フィルウェムが肩代わりしてくれたお金で店主は自分が溜めていた酒屋のツケを払い、なんとか信用を保つことが出来き、こうやって今も商売を続けられている
その後、フィルウェムはケベスおじいさんに持っているお金の範囲内でお酒は飲むようにと諭した
そして一度だけお忍びでこの場末の店に来たこともある
そんなわけでフィルウェムに恩を感じていた店主はこの場所をランズ家の使用人が立ち上げた救済団に提供していた
営業に差し障りのない時間帯に
その『うさぎ娘のその後』にカデールは現れたのである
こういうの掃き溜めに鶴って言うのかなあ…
今日はこの人の美しさがより一層際立って見える
ウェーブのかかった艶のある黒髪、透明感のある白い肌、この上なく可愛らしい黒い瞳のカデール様
ああ、一瞬でフィルウェム様が心を奪われてしまったのも、わかるなあ…ムカつくけど
店に入ってきたカデールを見てルモーネはそう思った
カデールは皆に挨拶したあと昨日よりメンバーが一人増えていることに気づく
「ルモーネ…あなたも心配して来てくれたのね…」
「こんなことになってしまって」
「まさかランズ家がほんとうに不正に関わってるとは思わなかったの、私」
「お見合いはお父様のご命令でいやいやしたんだけど私はフィルウェム様を本当に好きになってしまって」
「お父様はもともとランズ家に入り込む為に私をフィルウェム様と婚約させて、いろいろ調べ終わった後に婚約を解消させるつもりだったみたい」
「私、お父様に今後ランズ家とはかかわらないと約束してしまったの」
「それを条件にお父様はフィルウェム様救済のために全力を注ぐと約束して下さったから」
そう言って私の手を取ったカデール様の手はとても冷たかった
「だからここには来てはいけないんだけど、フィルウェム様のお友達が上流社会で減刑を求める嘆願書に署名を集める運動を始めたことを皆さんにお知らせしたくて」
「ああ、私はもう行かなければ」
「約束を破ったことがお父様に知れたら、お父様はフィルウェム様の救済に力を貸してくれなくなるわ」
「皆さん…どうぞ彼をよろしく…」
そう言って小さな絹のハンカチで涙を拭いながらカデール様は出ていった
わずか三分の滞在だった
私の指先には大人たちの思惑で出会い恋に落ち、それなのに理不尽な出来事により婚約者と引き裂かれてしまった若い令嬢の悲しみが残っているような気がした
嘆願書…
「ねえ、私たちは私達で嘆願書に署名を集めましょうよ」
「確かフィルウェム様は小さい頃、いくつかの慈善事業団体に匿名でお小遣いを寄付してたって聞いたことがあるの」
「その団体の人たちに事情を話せばきっと嘆願書に署名を集めるのに協力してくれるよ」
「フラワさんならその団体名をしっているかもしれない」
そう言った賄い担当のヨングさんの提案に皆頷いた
思わず私は叫んでしまった
「デンファレ!お願い!お城に忍び込んでフラウさんからその団体名を聞いてきて」
デンファレは、はい?っという顔をして叫んだ
「ええっ!なんで私?!」
「神があなたに与えたたった一つの武器、お色気がお城に忍び込むのに役立つからよ!」
そう言った私の後に大合唱が起こった
「行けっ!お色気爆弾デンファレ!!!」
その声の中には奥様の声も混じっていたのだけれど、それに気づいたのは当然私だけだった
その晩私は賄い係のヨングさんの狭いアパートに泊めてもらった
私は住み込みで働いていたけど、ヨングさんはこのアパートからお屋敷に通っていた
ヨングさんは三十半ばの独身女性だ
私達は小さなベッドに枕を2つ並べてポソリポソリと二人で会話した
「ヨングさんすみません泊めてもらっちゃって」
「いいよ気にしないで、こんな時だし」
「それにルモーネにはよく賄い作るの手伝ってもらったし」
「私もヨングさんにお料理を教わったおかげで田舎でお惣菜屋をやってられる」
「ヨングさん仕込の味が大好評なんですよ」
「そうかね、じゃあ良かった」
「…ねぇ、ルモーネ…」
「フィルウェム様を恨んではいけないよ?」
そう言われてドキリとした
私がフィルウェム様に解雇された理由は仕事仲間にはまだ話していなかったから
…こういうことってなんとなくわかっちゃうんだなぁ
けれどヨングさんが言いたかったのは解雇のことではなく、その前の心変わりのことだったみたい
「私もねぇ若い頃に好きだった人がいたの」
「別に恋人だったわけじゃないのよ?」
「だけど心の中にはその人がいつもいて、他の人を好きになれなかったの」
「気がつけばこんな年になっちゃった」
「人の心って自分でもどうにもならないからね」
そう言って少し笑った後「さあ、明日に備えてもう寝よう」と言いヨングさんは枕もとのランプの灯を落とした
そして翌日
私たちはこの世の男どもカッコ門番とか兵士とかカッコ閉じるにお色気と言う武器がどんなに有効であるかを知る
十時の集合時間にきっちりデンファレはフラワさんからもらった、走り書きを手に『うさぎ娘のその後』に表れたのだ
私達はその小さなメモにぎっしり書かれた団体数の多さに驚いた