助けなきゃ
私は小金を貯めていると言う噂のあるピケティおじいさんに頼み込んで、小さな畑を担保にお金を借りた
そして急いで家に帰り数日分の着替えを旅行鞄に詰め込んだ後、走って乗合馬車の停車場に向う
ここから一度近所の町に行き、そこから中堅の都市の行きの乗合馬車に乗り換える
次にその都市から城下町に向う馬車に乗る
結構時間も交通費もかかるのだ
私は停車場で乗合馬車を待っているときにひどくイライラしてきて思わず叫んでしまった
奥様め
「何がカクシェ男爵の悪巧みを止めてくれよ」
「全ては自分でまいた種じゃない!」
…だってカクシェ男爵やカデールが金庫や書斎のあたりをわざとゆっくり歩いてキョロキョロ見回してるからてっきり水の権利書を狙ってるのかと…
奥様にしては小さな声で反論してきた
「もうっ、ご両親のせいで罪のないフィルウェム様が身代わりで罪を償わなきゃならない事態になっちゃったじゃないですか」
いつの間にか乗合馬車をを待つ私の隣にいた奥様は、私、不正のことは知らなかったのよぉとすすり泣き始めた
…ほんとかなぁ?
お願い…ルモーネ
フィルウェムを助けて
「…もうっ、ただの田舎娘の私に何ができるというの!」
だけど、このままにはしておけない
心変わりされて傷ついたけどあの人は初めて口づけを交わした相手だ
「…頑張ります、頑張りますから今はとりあえず消えてっ」と言ったら、素直に奥様はすっと消えた
田舎を出て三日後、私は城下町に着いた
けれどランズ家のお屋敷は封鎖されていて中に入ることはできなかった
使用人仲間のみんな、どこに行ったんだろう
私一人じゃ何もできない
意地悪だけど切れ者のフラワさん
黒いものも白と言いくるめられる弁の立つサブ執事のトウルさん
そのお色気で十分おえらいさんにハニートラップを仕掛けることができるであろうデンファレ
あの三人に会いたい
フィルウェム様を救うのに役にたちそうな気がする
どこに行けば会える?
あの三人のプライベートは知らないけれど…えーと庭師のベケスじいさんの行きつけの店の名前ならわかる
確か…
確かパブ『うさぎ娘のその後』
前につけの取り立てに来てた、おじいさんなのかおばあさんなのか判断がつかない老店主から逃してあげたことがある
場所は飲み飲み横丁三丁目だったかな?
とりあえずそこに行ってみよう
うなぎの寝床のように間口が狭く、奥行きの長いその店はどこまでも小さい飲み屋が続く横丁の東の端から二軒目にある
『うさぎ娘のその後』の薄汚いドアを開けてルモーネは驚いた
カウンターに沿って椅子が八つしかないその細長い空間は昼間なのにぎっしり人で埋まっていた
十五人はいる
その人たちはルモーネの顔を見て
「ルモーネ!!」
「あんたっ!」
「いきなりいなくなって!」
「フィルウェム様が大変なことに!」
口々にそう叫んだ
そこにはルモーネの仕事仲間が集結していた
お色気娘のデンファレもいる
もちろんベケスじいさんも
「ごめん、みんな!いろいろ謝るのはまた今度!」
「ねえ、フラワさんは?トウルさんは?」
そう訪ねたルモーネにデンファレは言った
「お城で取り調べを受けてるわ、ランズ家の不正について知っていたかどうかを」
「口裏合わせをしないように今は別々に拘束されてるの」
うわ、あの二人はいないのか
痛いな…
そこに集まっていたお屋敷の使用人は地元採用…つまり実家が城下町の者たちだけだった
ルモーネのように地方から来た人間は職を失い滞在費が払えず、フィルウェムのことを心配しながらも泣く泣く故郷に帰っていったのだ
集まっていた彼らの口からはどうしよう、どうしたら良いのと言う言葉しか出てこなかった
フイルウェムに優しくしてもらっていたのはルモーネだけではなかった
ケベスじいさんは当主が植えた東洋の珍しい草を、雑草と間違えて抜いたとき、それをかばって子供時代のフィルウェムは、自分がいたずらで抜いたと代わりに罪をかぶってくれたし、字が読むのが得意じゃないデンファレに恋文が届いたとき、誰にも内緒でその内容を読んで聞かせ返事を代筆してやっていた
みんな多かれ少なかれフィルウェムには世話になっている
だからこそ必死に助けたいと思う
それが空回りを生む
全然知恵が浮かんでこない
とりあえず今の状況をデンファレがルモーネに教えてくれた
「カデール様がフィルウェム様との婚約を解消するのを条件にお父様のカクシェ男爵がフィルウェム様をかばって下さったの」
「男爵さまの説得で王様が処分を軽くしようと心が動いたところで、フィルウェム様が城を抜け出してしまって…」
「一週間ほどでご自分から戻られたんだけど、それで王様の心象が悪くなって減刑の可能性が無くなってしまったの」
…フィルウェム様は頭が悪いわけじゃないんだけど…
損得勘定ができないところがあるからなぁ
おっとりしている割には前後見境なく行動しちゃうとこもあるし
そういう人じゃなければ留学から帰っていきなり使用人にプロポーズとかしないよね…
バカだなぁ、どうしてそんな大事な時に私の所に来たりしたの?
…今は…涙を堪えなければならない
「それでカデール様が泣く泣くフィルウェム様との婚約を解消したのが無駄になってしまったのよ…」
そうデンファレが言い終わった時、『うさぎ娘のその後』のドアが開いた
そしてドアを開けた本人が部屋に入ってくるより先にその人のまとういい香りが流れ込んできた
噂をすれば影
訪問者はカデール様だった