かわら版
はい、そうですよね
あなたは恋する相手に忠実な方ですもんね
よくわかってます、私
「…」
「フィルウェム様、ひとつだけお願いがあります」
「あの日奥様が履いていた靴を調べてみて下さい」
「靴の裏に何かついていないかだけ」
フィルウェム様はしばらく考えていたけれど、おいでと言うように頷いた
共に奥様の部屋に行きクロゼットの中の、奥様が階段から落ちたときに履いていた靴を調べた
もしかしてロウのようなものがついているんじゃないかと思ったんだけど…なにもついてはいなかった
「…フィルウェム様、お世話になりました」
私は奥様の部屋で深々とお辞儀をしてその日のうちに屋敷を去った
誰にも挨拶をせずにこっそり裏口から
フィルウェム様、どうぞお元気でという気持ちと、ふん後でひどい目に会って泣くなよ〜という気持ち半分半分で
奥様、一応私は忠告しましたよ
お宅の恋愛体質のボンボンは耳を貸しませんでしたけど〜
心の中で、そう報告して私は故郷に帰るために乗り合い馬車に乗った
実家に帰った私はささやかな貯金と借金で小さな畑を買った
そこに玉ねぎやじゃが芋等を植えて、収穫したものでお惣菜を作り売り歩いている
大きなお屋敷仕込の味付けは村の人たちの人気になり、毎日そこそこの売上がある
御値段もお安めに設定してるからね
この売上金て少しずつ借金を返している
借金を返し終えたらお金を貯めて畑を増やしていこうと思っている
それにしても…
奥様の幽霊、あれ以来ぴたっと私の枕元に立たなくなったな〜
お屋敷を去って半年が経った今、あれって私が作り出した妄想だったんじゃないかなと思うときがある
フィルウェム様に未練があった
もしカデール様が悪者なら…
媚薬か催眠術でフィルウェム様の心を惑わせたという可能性もあるもんね?
きっと私はそこに賭けたかったんだよねぇ…
はっ、肥溜めの臭い漂う畑の真ん中の道でしんみりしている場合じゃない
お得意様のピケティ家のおじいちゃんにお惣菜届けなきゃ
ピケティ家のおじいちゃんは一人暮らしをしている
奥さんは去年亡くなったし娘や息子たちは王宮の召使をしているから
子供が王宮で働いているのがこのおじいちゃんの自慢なのだ
私はじゃが芋と玉ねぎを鳥のスープに少し砂糖を入れたもので煮込んだ料理を持っておじいちゃんの家を訪ねた
おじいちゃんはお惣菜の料金といっしょに息子たちから送られてきたという都会で流行っている平べったい砂糖菓子をお裾分けしてくれた
嬉しいな
ピケティおじいちゃん気前いい
家に帰って妹たちと食べよう
ん?
家に帰る途中私はそのお菓子を包んであった紙が城下町で発行されている、朝日印のかわら版であることに気づいた
ひっくり返して裏も見る
私が勤めていたランズ家のご当主様がお亡くなりになったことを知らせる見出しが目に入る
!!
ああ、フィルウェム様、立て続けにご両親を失い天涯孤独の身になられてしまった
思わず道の真ん中で立ち止まる
「あなたがしょろしょろしてるから間に合わなかったじゃないっ」
ギャッ、顔を上げたら目の前に奥様!また現れた
昼間なのに〜
ああ、やっぱりちゃんと実在するんだ
奥様の幽霊…
いえ奥様、私は自分の職を賭してあなたのボンクラ息子に忠告しましたよ!と言いたかったけど…
めんどくさい
無視しちゃお〜
どう考えてもこの人私の疫病神だもの
私と並んで歩きながら奥様は「それにしてもここはほんとに田舎ね…ルモーネが田舎臭かったわけがわかるわ〜」とかなんか気分が悪くなるようなことを言ってくる
こののどかな田園風景が一気に邪悪な雰囲気に…
すごい破壊力だな
ふん、無視無視
だけど、どうしてこの奥様からフィルウェム様のような優しい方が生まれて来たんだろう?
鳶が鷹を生む…
ん〜ちょっと違うな
女狐が羊を生む…
うん、こっちのほうがしっくりくる
奥様があんまり私に悪態をつくので無視しきれなくなった
腹が立って
「うるさい、消えろ、この不倫妻」と言ったら
はい、消えた〜
そんなことしているうちに隙間風の吹き込む我が家に着いた
父親のいない家というのはどうしてもメンテナンスが行き届かない
お母さんと同じようにお針子の仕事をしようと、運針のお稽古をしている歳の離れた妹二人に貰った砂糖菓子を与えて、私はそれを包んであったかわら版を隅から隅まで読んだ
記事には相続の手続きのため、王宮からの監査団がランズ家に入ると書いてあった
あのおっとりしたフィルウェム様がいろいろな手続きをできるのかしら
それにもし奥様の言う通りカクシェ男爵が良からぬ考えを持ってランズ家に近づいたとしたらご当主となるフィルウェム様の運命は…
気に…なるなぁ
私は翌日ピケティ家のおじいさんに王宮に勤める息子さんに最新のかわら版を送ってくれるように依頼の手紙を書いてとお願いした
そうやって二週間後に手に入れた朝日印のかわら版にはとんでもないことが書いてあった